1週間の始まりと日常の終わり
第49話 柚希がいない日
2人で出かけた翌日、俺はいつも通り登校する。
昇降口で上履きに履き替えて階段を上る。
月曜日ということもあり、俺の周りで階段を上っている生徒たちはみなそろって気だるげだ。
そんな空気の流れに逆らうように、そして本当に人の流れに逆らって階段を下りてくるのは、おせっかい養護教諭、指田理子。
彼女は俺の姿を認めると、
「あ、広哉。日曜日どうだった?」
と気さくに話しかけてくる。
俺としては気恥ずかしいのでやめてほしいのだが、無視したり鼻であしらったりすると、ちゃんと受け答えするまで追ってくるので、嫌々ながら、理子に校内で話しかけられればちゃんと話す、ということにしている。一応。
「どうって…楽しかったですけど、まぁ普通です」
帰り際に柚希が見せた変わった様子が頭にちらついて、理子にそのことを話そうか一瞬迷ったが、俺はやめておいた。
俺の嫌な予感は外れで、今日からまた普段通りの元気な様子を見せてほしいという願いも込めてのことだった。
「ふーん、そっか」
理子はちょっと残念そうに言った。だが直後、声色を明るくして、
「まぁ楽しかったんならよかった。そんじゃ、また昼休みにでも顔出してよ。柚希ちゃんと二人で待ってるから」
と言い残し、去っていった。その方向を見るに、彼女のホームグラウンドである保健室へ向かったのだろう。
正直に言うと、保健室に行きづらく感じていた。
昨日のことで、別に柚希から明確な拒絶をくらったというわけではなかったが、なんとなく顔を合わせにくいなと思っていたのが原因だ。
そのせいで、理子に言葉を返すことができなかった。
「おはよ、なんか久しぶりだな!土日あんま連絡返してくれなかったじゃんか、どうした?」
教室に着くと、泰正が俺の机へやってきて、心配そうに、でも明るく尋ねてきた。
憂鬱なはずの月曜日になぜそこまで元気なのか知りたい。
「あー、寝てた。ごめん」
「なんだよそれ!まぁ、寝る子は育つって言うからな。よく寝るのはいいことだ」
俺が苦し紛れに冗談めかして言うと、泰正も乗ってくれる。
ほんと、いい友達だ。
こういう時に神妙な面持ちで話を聞いてくれるのがいい友達、と考えている人もいるようだけど、俺は泰正のように、無駄に(?)明るい友達も必要だと思っている。
(まぁ泰正だって、真面目に聞いてくれる時もあるしなぁ)
「土日しっかり寝た広哉には、今日の授業張り切っていってもらわなきゃな!」
「え、勘弁してくれ…」
俺たちは軽口をたたき合って、担任が来るのを待った。
昼休み。泰正は野球部のミーティングがないらしく、久しぶりに弁当を一緒に食べることにした。
俺たちはクラスの女子のように、机をくっくけて楽しく食べるなんてことはせず、俺の机に泰正の椅子を持ってきて、一つの机を2人で使うという形で昼食をとっている。
だから多少狭く感じることもあるのだが、それはそれで楽しいからよしとする。
そんなことを考えている時だ。スマホの通知がポロンっと鳴ったのは。
画面を確認すると、そこには理子からメッセージが届いた旨の通知が。
連絡先を交換して以来、なんだかんだでメッセージは来ていなかったので、今回が初めてということになるわけだが、いったいどんな内容だろうか。
気になってアプリを開くと、その上の方に、理子からの言葉が短く記されていた。
それでも、彼女が伝えたいことを表すのには十分なもの。
『今日、柚希ちゃん休みだから。昼休みは好きに過ごしてね❤️』
最後のハートマークなんて気にならないほど、柚希のことが気になった。
(休みがちとかの話も聞いてないし、やっぱり昨日のことが原因だよな。やっぱ俺がなんかしちゃったかな…いずれにしても心配。何かできることを考えないと…)
日曜日の午後に柚希から感じたあの違和感は、やはり本物だったようだ。
俺が真剣かつ動揺した表情を浮かべて百面相をしていると、
「おいおいどうした広哉、そんな気難しい顔して」
「あぁ、いやちょっとね。古賀さん、今日休んでるらしくて」
「前話してたあの美少女か、会ったことないけど。それは心配だ」
俺が打ち明けると、泰正も心配そうな表情を浮かべる。
ほんと、どうしたものか。
彼女に何をしてあげるのが正解かわからないもどかしさを誤魔化すように、俺は冷凍食品のミニハンバーグに箸を伸ばした。
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