第48話 私と未来と水族館。4
そのあとは、いろんな水槽を見たり、レストランで昼食をとったりして過ごした。
「ちょっとお手洗い行ってくるね」
「うん。そこで待ってる」
昼食をとった後に、私はトイレへ向かった。
手を洗いながら、鏡を見てみた。
一応身だしなみが崩れていないかのチェックをして、ハンカチを取り出し、手を拭く。
鏡に映った私は、楽しそうだった。
(この瞬間はいつまでも続いてはくれない…)
無性にさみしくなってしまった私は、早く広哉のところへ戻り、気持ちを前向きにしようと、トイレを後にした。
「お待たせー」
「よし、じゃあ次どこ見よっか」
そう温かく尋ねる広哉のおかげで、私の心は少し軽くなったのだった。
私たちは最後に、この水族館で一番大きい水槽の前を訪れていた。
「うおっ、イワシすごいな」
「ほんとだ、立派な群れだね」
広哉が目の前のイワシを前に歓声を上げ、私も答える。
悠々と泳ぐ魚たちを前にすると、なんだか、私が狭い世界で決められたレールの上を走るように生きている、という現実を突きつけられているように感じる。
今までにも何度か、保健室という狭い空間でしか過ごせていない高校生活にやりがいを見いだせなくなってしまったことはあった。
でも、目の前の大きな水槽を見ると、やっぱり私はちっぽけなんだと実感させられてしまう。
難しいことを考えていると、眠くなってきた。
「ふあ、ふぁ~」
「くぁ、ふぁ~」
あくびが被って2人で笑いあう。
楽しい時間の終わりを、私は強く、強く感じていた。
「ねぇ、私たちってさ、水槽の中にいるみたいだと思わない?」
寂寥感に包まれた私は、自分でも予期していなかったことを口走ってしまった。
「どしたの急に」
広哉が
「変な意味じゃなくてね。学校とかに縛られて、閉じ込められて。魚たちと同じだよね」
自分でもうまく言葉にできなくて、うやむやにしてしまった。
私がうつむいていると、広哉は冗談めかしたことを言って、空気を和ませようとしてくれた。
でも、その時の私は、右耳で聞いたことをそのまま左耳から垂れ流すだけ。
ほとんど、いやまったく内容が入ってこなかった。
私たちはそのまま、帰路に就いた。
最寄りが一緒だと知った時はうれしかったはずなのに、今はもう、同じ電車に乗ることすらためらわれるほど、
(南條君は何も悪くないのに…)
ひたすらに自己嫌悪。
風香と出会うことがなくて、みんなと同じように教室に毎日登校するような高校生活を送っていたら、何か違っていただろうか。
広哉とは出会っていなかったかもしれない。
でも今の私には、広哉と出会わない方が、彼に迷惑をかけないで済むから、その方がよかった。なんて思えてしまう。
現に、車窓に反射する彼の横顔は、日中の楽しそうなそれとはほど遠い。
(ごめんなさい、本当に…)
心の中で謝罪する。
それが彼に届かないことを知っていながら。
いつの間にか最寄り駅に着いて、改札で広哉と別れた。
今日はまだ明るいから、家まで送らなくても大丈夫と言って、駅で別れることにしたのだ。
本当は、罪滅ぼしのため、これ以上迷惑をかけないため。
去り際に彼が見せた笑顔は、紛れもなく社交辞令。
もう、今までのように優しくしてはくれないのかもしれない…
自分に失望しながら、私は斜陽に照らされた家路をたどった。
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