19話 私の家で

 あかりちゃんと別れて家に着いた時にはもう夕方近くになっていた。

 猛暑のあいだ、泣き続けていたセミも今はその鳴き声を変えている。


 居間に入ると、そこにはさっき電話で話したばかりの真田さなださんが来ていた。何やら祖父と話し込んでいたらしい。


「やあれいちゃんお帰り。今日はお友達も一緒かい」

「あ、真田さん。ただいま」

「お邪魔しています」


 凛花りんかの言葉もその場のおごそかな雰囲気に合せ、自然と丁寧なものになる。


「お帰り。凛花ちゃんもいらっしゃい。いつぞやは私のお見舞いに来てくれてありがとうね」

「あ、いえいえ。・・・足の具合はどうですか?」


 これまた珍しく社交辞令を言う凛花。


「ああ、おかげさまで絶好調だよ! 中畑並にな」


 そう言って凛花にウインクする祖父。―――きっとそれ、伝わってないわよ。

 そんな中、話を切り出したのは真田さんだった。


「玲ちゃん、例の消えたレプリカの謎、わかったよ」

「えっ? 見つかったんですか?」

 私は食い気味に彼に尋ねる。

「うん」

 そう言うと彼はまた昼間、ゾンビ男を取り押さえた時のことを話始めた。


***


 ゾンビ男を追っていた彼は校門の角を曲がった時、一人の女性とすれ違った。どこか見覚えのある顔ではあったがその時はゾンビ男を捕まえるのに必死で彼女に構っているヒマはなかった。しかし捕まえたゾンビ男は短刀を持っていなかった。


 「短刀を持って逃げた」と言う私の発言とそれを持っていなかった彼、そして捕まえたその男の顔、更にすれ違った見覚えのある顔・・・真田さんの中でその女が誰か思い出すのに時間は掛からなかった。


 まず捕まえた男。私たちの中での通称「ゾンビ男」、その正体は品田組しなだぐみの若頭で名前を南雲昭なぐもあきらと言うらしい。古巣の後輩を捕まえた真田さんはすれ違った女の正体もそこから判明することができた。南雲の内縁の妻、高野享子たかのきょうこだと。


 あらかじめ校外で待ち構えていた彼女は、生徒玄関から出て来た南雲とすれ違う。その際、彼の持っていたレプリカの短刀を受け取ったのだ。そうとは知らずに南雲を追いかける真田さん。それを尻目に彼女は悠々とその場を立ち去った。

 これがレプリカ消失の真相とのことだった。


「でもよ・・・」


 話の一部始終を聞いていた凛花が思わず口を挟む。


「あ、でもですね、それって確かなんですかね?」


 急に口調を変える彼女に真田さんは目を細めながら答える。


「ああ、確かだよ。げんにここに、ほら!」


 そう言うとテーブルの片隅にあった袋から布製の包みを出してくる。―――村雨錦・・・のレプリカを入れていた包みだ!


「どうしてここに!?」


 驚く私に凛花も続く。


「その高野って言う女から奪い返したんですか!?」


 私たちの驚く顔に、にこやかな笑みさえ浮かべる真田さん。


「まあ、簡単に言えばそんなトコかな・・・」


 そう言いながらその包みを軽く撫でる素振り。

 そこで今まで口を開かなかった祖父がゆっくりと顔を上げた。


「玲・・・お前にも色々と怖い思いをさせてしまったな」

「あ、いえ・・・」


 そう言うと祖父は立ち上がり、その包みの中からレプリカの短刀を取り出す。


「こいつのせいで玲がそんな危険な目に遭うなんてな。私もガンコになり過ぎていたようだ」


―――こいつのせい、って言うか、ホンモノは今、凛花が持っているんだけどね。


「それで考えたんだ。やはり今後は私が『村雨錦』を持つ事にする。そしてもし私に何かあった時には真田に引き継いでもらう。このことは再度、対外的にも周知するつもりだ」

「ええ、そうね・・・」


 それが最適解だろう。しかし少し寂しい気持ちがあるのも確かだ。

 確かに『村雨錦』を持つと言う事は危険なことではある。しかし同時に私にとってそれは両親と一緒にいることでもあるのだ。

 常に持ち歩いていた形見の短刀、それがこの手から離れるのは寂しい。


「じゃあよ・・・あ、じゃあこれはじいさんに返せば良いんだな」


 そう言うと凛花はバッグの中から『村雨錦』が入った袋を取り出す・・・ってその袋、のキンチャクじゃない! そんな袋に入れてたの!?

 しかしそんな凛花を祖父が制する。


「ああ、それはそのまま玲が持っていれば良い。母さんたちの形見がなくては寂しいだろうからな」

「えっ? どう言うこと?」


 見事に私と凛花の声が重なった。

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