18話 真田さん

「それよりよ、話を整理するとヤツはれいが一人の時を狙って図書室に入って来たんだろ?」

「多分ね」

「じゃあなんであかりが図書室にいることがわからなかったんだ?」


 確かに言われればそうだ。彼はゾンビの格好をして学園祭開始当初から図書室前にいた。私がその後、高倉たかくら先輩の観客の様子を見るために扉を開けた時も、お昼休憩で部屋を出たとき、そして戻ってきたときにも彼はそこに突っ立っていた。


 今思えばそれは私と交替でミズキがお昼休憩に入る、またはその他の理由で私が一人切りになる機会をうかがっていたからに他ならない。私を監視するために四六時中、そこに立っていた彼がなぜあかりちゃんの存在を知らなかったのか。

 その時、それまで黙って聞いていたあかりちゃんが口を開く。


「でも私が来た時はいませんでしたよ、あのゾンビの人」

「いなかった?」

「はい。私、玲先輩が戻ってくる二~三分前に図書室に入ったんですけど、その時は廊下には誰もいませんでした」

「となると・・・どうなるんだ?」

「うう~ん、わからないけどトイレにでも入ったんじゃないかしらね。いくら図書室を完全に監視するって言ってもさすがにトイレくらい行くだろうから」


 図書室の前、ゾンビ男が立っていた目の前には男子トイレがある。彼が一瞬、用を足しにトイレに入った瞬間にあかりちゃんがそこを通り過ぎた。その直後に出て来た彼は私が休憩を終えて図書室に入ったのを確認する。その後ミズキが「あとはお願いします」と言いながら図書室を出て行くのを見て、中には私しかいない、そう考えたのではないだろうか。


「まあ、そんなトコか・・・」


 凛花りんかも腕を組みながら静かに頷く。


 その時、私のスマホが鳴った。真田さなださんからだ。

 私は席を外すとトイレの前で電話口に出た。


『もしもし玲ちゃん? 取り調べは終わった?』

「えっ? なんで知っているんですか?」

『実は・・・実は私もあの時、玲ちゃんの学校の近くにいたんだよ。それでね・・・』

 そう言うと彼は少し話しずらそうにその口を開いた。


 彼は今日の学園祭が部外の人でも自由に出入りできることを知っていた。そして以前、私が話した内容から、今日、例の男が学園に来る可能性があることも予想していたらしい。そう、私の持つ『村雨錦むらさめにしき』を奪うために。


 だが私に見つかって余計な心配を掛けたくないと学園内には入らず、校外で様子を覗っていたのだ。


 そんな折、事件が起こった。

 急に校内が騒がしくなると、そこから飛び出してくるゾンビ姿の男。後ろからは「そいつを捕まえろ!」と言う怒号も飛んでくる。瞬時にそれと気付いた真田さんは彼を追った。


 そして校門の角を曲がったところで彼を取り押さえた。その時は何人かの通行人も彼を手助けしてくれたらしい。

 そう、なんと校外でヤツを取り押さえた通行人と言うのは真田さんのことだったのだ。


『それより玲ちゃん、ケガはないかい?』

「はい、私は大丈夫です。ですが・・・取られました」

『ん? 取られた? どう言うことだい?』

「はい、私が持っていた『村雨錦』をあの男に奪われたんです」


 私は短刀にまつわる一連の出来事を話す。奪われはしたが、それはレプリカだった事、しかし警察によると彼は何も持っていなかったと言っていた事も。

『そうか。でもおかしいなあ、確かにヤツはあの時、何も持っていなかったが・・・』

 電話越しの彼が首を傾げているのが見えるようだ。


―――やはり真田さんも短刀、見ていないんだ。


『となると・・・』

 それだけ言うと真田さんは口をつぐんだ。そしてしばらくの無言の時間を経て「用事を思い出したから気を付けて帰るように」とだけ言うと、一方的に電話を切ってしまった。


***


 私が席に戻ると、頼んだメニューと一緒に凛花のバッグがテーブルの上に置かれていた。


「なに? テーブルの上にバッグなんて置いて」


 すると彼女は得意げな顔で応える。


「この中に例のが入ってるんだよ。ホンモノのアレがな」

 そう言うとそのバッグをポンポンと叩く。


「ちょっ! ここで出さないでよね!」

「わーかってるって! こんな危ないモノ、そうそう人目にさらすかよ」


 そう言うとそのバッグを再びテーブルの下に降ろす彼女。


「でよ、今日はオレが玲を家まで送って行くから。そこで返すわ」

「大丈夫よ。それこそこ、このトイレかどこかで返してくれれば」

「いや、そう言うワケには行かねえな。いくらゾンビ男が捕まったって言っても、また他のヤツに狙われるかも知れないからな」

「それはそうだけど・・・」

「それにあのレプリカが消えた原因もまだ解っちゃいない。用心に越したことないだろ」


 彼女は時折こう言った『男気おとこぎ』を見せる。


 勇ましいと思ったら実はビビリ。そのクセ面倒見が良くて姉御肌なところもある。友達のためだったら後先考えず行動するところも。

 とにかく、いまだに良くわからない美少女だ。


「わかったわ、じゃあお言葉に甘えようかしらね」

「おう! 任せておけ!」


 そう言うと彼女は手にしたトリプルモグモグバーガーに向って大きな口を開けるのであった。

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