17話 四度目のモグモグバーガー

 結局、警察はそのまま帰って行った。私は犯人確定のため、連絡が来たらあかりちゃんとともに出頭しなければならないらしい。まあ、口ぶりからするとしばらく先の話のようだけど。


 一方、事件を受けて学園祭も途中で取りやめることになった。最後に行なわれる予定だった『ミス柳都りゅうとコンテスト』を楽しみにしていた男子たちからは、かなりのブーイングがあったらしいが、このような状況で開催できるとでも思っていたのだろうか。本当に男子ってエッ○で幼稚だ。


 ・・・と、なんで私がこんなにやさぐれているか? そりゃそうよ、だってあんなオモチャの拳銃にビビって大切な両親の形見を失ったのだ。更に私の気を重くしているのはそのことを警察に隠していると言うこと。こうなった以上、いずれは言わなければならないのは解っている。しかし、私は咄嗟とっさにそのことを警察に隠した。しかもあかりちゃんをも巻き込んで。

 それに・・・。


 それに捕まったあの男は短刀を持っていなかったと言う。これはどう言うことだろう?

 悔しさと後悔、不安、疑問。

 いくつもの思いにモヤモヤとしながら私は帰り支度をしていた。


 そんな私に、凛花りんかが話しかけてくる。

「用意できたら行くぞ」


 すでにカバンを肩に掛けながら彼女が私を見る。


「行くって・・・どこへよ?」

「決まってんだろ、解決編はモグモグでだ。あかりも待たせてある」

「ちょっと待ってよ。モグモグは良いけど、まだ全然解決してないんですけど!」

「まあ、そう言うなって! れいの出頭が終わるまで事件は終わらないけど、まあ解決した部分もあるからよ」

「部分、って何よ? それに「私が出頭する」とかやめてくれる? まるで私が何か事件でも起こしたみたいじゃない」

「まあまあ」


 そう言う彼女の態度は少し癪に障るが、このまま家に帰る気分にもなれない。一度モグモグで事件を整理してみるのも良いかもしれない。それにしてもいつの間にあかりちゃんまで誘ったのよ。


***


 モグモグバーガーに着くと、すでに入り口ではあかりちゃんが待っていた。


「おうあかり、お疲れ! 先に入っていればいいのによ」

「あかりちゃんごめんね、なんか巻き込んじゃって」

「あ、いえいえ。それに私も今来たばかりですから」


 こんな時も彼女は明るく元気だ。その明朗さにこっちの心も少しだけ軽くなる。

 

 カウンターで注文を終えると、凛花に続いて二階に上がる。

 窓際のいつもの席に腰掛けると早速凛花が当時の様子を聞いて来た。あの時、図書室にいなかった彼女は当然、何がおこったのか詳しく知りたいだろう。私とあかりちゃんの話を興味深そうに聞いていた彼女は、私が話終わるとしばらく目を閉じていたが、やがて顔を上げると静かに呟いた。


「オモチャの拳銃ね・・・」


 そう、オモチャの拳銃。今から思えば男は私を殺す気などなかったのだ。単に彼の目的はただひとつ・・・そう『村雨錦むらさめにしき』だ。『アレ』さえ手に入ればそれで良い。もし万が一、大事おおごとになったとしてもアレを奪って逃げ切れさえすれば自分の勝ち、それにもしかしたら私がこうして世間の手前、短刀を携帯していたことを隠すかもしれない、そんな計算もあったのかもしれない。

 そしてその目論み通り短刀は彼の手に渡り、私はそのことを伏せている。しかし・・・。


 しかし警察の話では、彼はその手に何も持っていなかったと言う。

 なぜ―――?

 私はあらためてこの手を離れてしまった『村雨錦』の事を思い、大きな落胆に包まれていた。

 そんな表情を見かねたのか、凛花がいつもの調子でおどけてみせる。


「それにしても名探偵さんにケガがなくてよかったぜ。なあ?」


 そう、確かに一時のことを思えば命あるだけで御の字なのかもしれない。でも今の私にはとてもそんな気持ちにはなれない。消えた『村雨錦』、両親の形見・・・。

 元気付けようとしてくれている凛花にどうしても返す言葉が見つからない。


「なんだよ、まだ気にしてんのか?」

「そりゃそうよ。この前も話したけど、私にとっては命の次に大切な短刀なのよ。奪われただけなら取り返す算段もできるけど、消えてしまったとなってはね・・・」

「そんなに大事なのか?」

「・・・・。だから言ったでしょ! アレは単なる短刀じゃないのよ、私のお父さんとお母さんの・・・」

「形見だって言いたいのか?」

「そ、そうよ」

「アノ『ニセモノの』短刀がか?」


―――えっ? ニセモノ? どう言う意味?


「いいじゃんか、どーせレプリカの短刀なんてどこに消えたってよ」

「ちょっと待ってよ! どう言う意味よ??」

「だからアノ3Dプリンターで作った短刀がそんなに大事なモノなのか、って言ってんだよ」

「ど、どう言うことよ!?」


 私が驚いた顔をすると彼女は今までにない一番の笑顔を作ると、さも得意そうに重ねてくる。


「こんなこともあろうかと思ってすり替えておいたんだよなー、玲の短刀」

「すり替えた? いつ? どこで?」


 私は凛花が言っている意味がわからず、真剣な顔で尋ねる。きっと結構間抜けな顔をしていたんじゃないかと思う。後々、凛花にはこの時のことを持ち出されてはバカにされる。


「そんなん決まってんじゃん! この前、借りただろアノ短刀」


 そう確かに五日ほど前、凛花に貸した。と言うかたった一時いっときとはいえ、無理矢理奪われたのだ、目の前のこの美少女に!


「あの時、真冬に頼んだんだよ『3Dプリンターでこのレプリカ作れないか』ってな」

「・・・・」

「そしやら真冬、二つ返事で受けてくれたぜ。しかも現物を借りてられるのは放課後までの二時間だけだったのによ」

「真冬君が・・・」

「そうさ。あの日の午後の授業、アイツ休んでいただろ。現物見ながら設計図を書いてたらしいぜ。やるよな!」


 確かにあの日彼は急に午後からの授業を休んでいた。放課後には教室に戻ったので、どこに行っていたのかと思っていたがまさか・・・。


「その機械にもよるけど、3Dであれだけデカイ物体を出力するのには数時間かかるらしいな。でも逆に設計図さえ作っておけば、指示ボタンを押すだけで後は勝手に作ってくれる。真冬は二時間でその設計図を作り上げたんだよ」

「まさか・・・」

「そんで作り終わったレプリカの短刀を、この前、玲がトイレに行ったスキにすり替えておいたってワケ」

「そんな・・・」

「そんなって、アレ? もしかして玲、気付かないで持ち歩いてた??」


 頭の整理が追いつかず、ゆっくりと顔を上げた私の目の前に、勝ち誇ったような満面の笑みを浮かべる美少女の姿があった。

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