9話 柳都祭

 柳都祭りゅうとさい当日は、最高の秋晴れに恵まれた。

 この時期にしては暑すぎる感は否めないが、校外からの来場者のことを考えたら、お天気は良いに越した事はない。それが我が文芸部の機関誌売り上げにも少なからず影響するはず・・・? だからだ。


 玄関で一緒になった凛花りんかと靴を履き替えていると、すでに内履きに履き替えたあかりちゃんが私たちに気付く。


「あ、先輩! おはようございます!」


 いつものように元気溌剌はつらつの彼女。これまたいつものように額にはうっすらと汗が滲んでいる。その姿にとても一年違いとは思えない眩しさを感じる。


「よっ、あかり! そう言やお前のクラスは何やるんだっけ?」


 凛花りんかが外履きを片付けながら尋ねる。


「私のクラスは『かくれんぼ中』ですね」

「かくれんぼ中?」


 聞き慣れない単語に思わず聞き返す。


「あ、はい、よくテレビでやっている『逃走中』ってあるじゃないですか。あれの隠れんぼバージョンなんです」

「へえー、楽しそうね!」

「そうなんですよ。制限時間内でオニに見つからずに隠れ続ければ勝ちってルールで。飛び入り参加もオッケーなんで川島かわしま先輩もどうですか?」


 キラキラした目で私を誘ってくれるあかりちゃん。


「残念! 私、文芸部に付きっきりにならなくちゃなのよ。だからムリかな~」

「そうなんですね! じゃあ凛花先輩、どうですか? 賞品も出るんですよ」


 廊下に上がった私たちは普通教室棟に向かって歩き出す。


「かくれんぼは自信あるけどよ。でもどーせあかりが『オニ』をやるんだろ? さすがに逃げ切れる自信ねーな」


 『あの』凛花でさえも一目置くあかりちゃんの身体能力・・・。いや、隠れんぼに身体能力は関係ないかしら? するとそんな凛花の言葉を受けて、少しつまらなそうに眉をひそめてあかりちゃんが言う。


「それが聞いて下さいよ! 今回、私は逃げる側なんですよ。みんなが『お前がオニだとみんなすぐ捕まっちゃうから』って言うんです。ヒドイですよねー!」


 うん、やっぱ身体能力も影響するわよね。


「ははは、だろうな。それは賢明な判断だな」そう言ってなだめるようにあかりちゃんの肩をポンポンと叩く凛花。こうやって見ると彼女も少しは先輩っぽく見えるわね。

「ところで凛花先輩のクラスは? カフェでしたっけ?」

「そ、ぎゃくメイドカフェな」

「わあ、面白そうですね! 私も行ってみようかな~」

「まあ、そう言ってももてなす男子のレベルが低いから、面白いかどうかは知らんけどな」

「そうですかね。でも行ってみたいです!」


―――ウチの男子ってそんなにレベル低いかなあ? ふと数人の顔を思い浮かべる私に構わず、あかりちゃんが続ける。


「でも私『殺戮さつりくの教室』も行ってみたいんですよね。前々から大評判ですし!」


『殺戮の教室』―――確か三年の三組と四組が合同で開催する催し物で、要するにお化け屋敷だ。おそらく今年の柳都祭においてダントツの一番人気になるだろう。なぜなら・・・。


「先輩、知ってます? 昨年はホンモノのお化けが出たらしいんですよ!」

「ホンモノのお化け?」

「はい、居るはずのないお化けが出たらしいんです! 一緒に行ってみませんか!?」


 そう、そのウワサは一部ではかなり広がっている。なんでも昨年の同企画で、五人いたお化け役の生徒が、何枚かの写真で六人に増えていたとかいないとか・・・。そんなウワサから今年は始まる前から一番人気間違いなしとも言われている。


「お化けか・・・」


 急に静かになる凛花。そんな彼女に対し、あかりちゃんは相変わらず満面の笑みで話し続ける。


「あっ、でも凛花先輩、お化けなんて子供っぽくて却下きゃっかですか!?」

「お、おう、そうだな・・・ガキっぽくて却下だな・・・」


 うつむき加減に答える凛花。私たちはいつの間にか階段下まで来ていた。


「あ、じゃあ先輩、私こっちなんで!」


 そう言うと私たちにぶるんぶるんと手を振りながら、一年の廊下に消えて行くあかりちゃん。そんな彼女を、階段に足を掛けながら見送る凛花に聞いてみる。


「お化け屋敷だってさ。凛花、行ってみたら?」


 男勝りで向こうっ気が強い彼女。そかし、そんな彼女が一番苦手なのがお化けや幽霊などの心霊現象だ。意地悪な問いかけに瞬時に私を睨み返す凛花。う~ん、美少女のそんな顔、需要ありすぎ!


 私は少しイジワルを言ったお詫びに、彼女の機嫌を直そうと話題を変える。


「それより凛花、一年生のクラスで『縁日屋台えんにちやたい』ってのをやるらしいわよ」

「はぁ? 縁日?」

「そうよ。そこのくじ引きコーナーで商店街にある喫茶店、鳩時計はとどけいのパフェチケットが当たるらしいのよ。後で行ってみたら?」

「鳩時計のパフェか・・・」


 ゆっくりと階段を上がりながら、ブスくれていた凛花の機嫌が直って行くのが可笑おかしかった。

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