第2章 柳都祭

7話 柳都祭前日

 迎えた土曜日、この日はいよいよ翌日に控えた柳都祭りゅうとさいの最終準備だった。

 一応、カレンダー上は休校日なのだが、ほとんどの生徒が登校してきていた。


 私も午前九時過ぎ、いつもより少し遅れて生徒玄関に入ると、早くもその窓際には各イベントのポスターが貼られていた。


縁日屋台えんにちやたい 1-6へ 金魚掬いもあります!』

殺戮さつりくの教室 3―3、4合同 あなたはこの教室から生きて出られるか!?』

高倉貴美子たかくらきみこピアノ独演会 10:00~ 14:00~ 音楽教室 主催:ファン有志』等々。


そんな中、優子が我がクラスのポスターを貼っているところだった。


『逆メイドカフェへおいで下さい! 2-7 ご注文はサンドですか』


「おはよう優子! 遅れてごめんね!」

「ああれい! こっちは人が足りてるから大丈夫よ。それより文芸部ぶんげいぶはどんな感じ?」


 所属の部活などでイベントがある生徒の中には、私のようにクラスの役割を免除されている生徒も多い。文芸部自体の仕事はそれほどないのだが、なんせ部員が総勢三名、しかもそのウチの一人はどうしてもクラス行事に出なくてはならなく、結局二人で取り仕切ることになっている。


「うん、なんとか。ごめんね、優子たちにばかりやらせちゃって」

「ううん、全然! ヒマな男子がゴロゴロいるから、こき使ってやるわよ」


 そんな会話をしている私たちの横を、ドラキュラと狼男おおかみおとこふんした男子が通り過ぎて行く。きっと三年のお化け屋敷の衣装だろう。


「じゃあ、悪いけど甘えちゃうわね」

「うん! 玲も頑張ってね!」


 そう言う優子に手を振り、私は一旦、自分の教室へ向う。途中、浴衣姿の女子に何人かすれ違った。きっと一年の縁日屋台えんにちやたいの準備なのだろう。今年は浴衣なんて着なかったな、そんなことを考えながら階段を上ると、上からなにやらガタイの良い女子が降りてきた。


 まず、私の視界に飛び込んできたのは、短いフリル付きスカートの裾からはみ出した足に黒々と生えたすね毛。


―――えっ!?

 慌てて顔を上げるのと同時にその彼女から声を掛けられる。


「お、おう川島かわしま

―――た、太刀川たちかわ君!?


「お、おはよう・・・」

「どうだ? 似合うかな?」


 そう言うと両手を広げ、自分の衣裳を見せびらかす素振り。そこにたたずむむのはメイド姿に身を包んだ大柄な男子・・・私の目がオカシくなっていなければ間違いなく太刀川君だ。


「これよ、ノンキホーテで買ったんだぜ。意外と似合うだろ?」

「そ、そうね・・・」

「でもよ、なんか川島に見られるとテレるな・・・」


 急にモジモジし始めた彼を追って、もう一人の『女子』が降りて来る。


「どうしたの?」


 こちらはすらっとした長身に長い手足、ストレートのロングヘアーに少しだけ隠れた顔。色白の肌に大きな二重の目、長い睫・・・まるでモデルのような彼女は・・・真冬まふゆ君!!


「あ、川島さん! おはよう」そう言いながらも顔を赤らめる彼女・・・いや彼。

「お、おはよ・・・」


 私の目が真冬君に釘付くぎずけけになっていたのが癪に障ったのか、少し声を大きくして太刀川が真冬君に言う。


「オイ、行くぞ!」

「あ、うん。川島さん、じゃあまた後でね」

「うん、頑張って・・・」


 階段を降りていく彼等に軽く手を振ると私はあらためて自分たちの教室に向った。


***


 教室でみんなに挨拶だけ終わらせた私は特別教室棟の印刷室に急ぐ。刷り上がった文芸部の機関誌『やなぎの下で』を図書室まで運ぶためだ。


 印刷室の扉を開けると、すでに二人の女子生徒が来ていた。我が文芸部の期待の新人、ミズキちゃんと舞子まいこちゃんだ。


 ここで我が文芸部の紹介をしておこう。

 先述したとおり、部員は私を含めて三人。

 一人はミズキちゃん。一年生のイマドキ女子だ。

 もう一人は舞子ちゃん。これまた一年生の・・・こちらはどちらかと言うとおとなしめな女子。


 今年の柳都祭文芸部はこの三人で運営するのだが、舞子ちゃんは一年六組のクラス行事『縁日屋台』の手伝いがあるため、準備の時だけ文芸部に関わることになっている。


 二人とも、昨日刷り上がったばかりの機関誌をペラペラとめくっているところだった。


「あ、玲先輩! おはようございます!」「おはようございます」

「おはよう! 二人とも早いのね」

「はい、早く先輩の小説が読みたくて!」


 雑誌に指を挟んだまま、顔を上げてミズキちゃんが言う。


「そうね、私もミズキちゃんと舞子ちゃんのお話、楽しみだわ」

「私は・・・自信ないです・・・」


 これは舞子ちゃんだ。


「大丈夫よ。舞子ちゃんは才能あるから、みんな楽しんで読んでくれるわ」

「ええ~っ、先輩~、私はぁ~!?」

「もちろん、ミズキちゃんのお話も面白いわよ。前に見せてもらった作品、良かったと思うわよ」

「やったー! なんか楽しくなって来ました!」

「そうね。じゃあ、みんなで運ぼうか」

「はい!」「はい」


 私たちは三つある段ボール箱をぞれぞれ一つずつ手に取ると、図書室へ向った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る