6話 放課後の図書室

 放課後、隣のトイレに寄ってから図書室に入ると、そこにはすでに凛花りんかの姿があった。いつものように、一番奥の席に陣取った彼女は私が近付くと「ほらよ、コレ、返すな」と例のものを返して来る。


「もう! 誰にも見つからなかったでしょうね!?」

「ああ、そんなヘマはしないさ」


 すぐに彼女から返却された『例のモノ』をバッグに仕舞う。


「もう、あなたがそのまま持って帰るんじゃないかって気が気でなかったわよ」

「返すに決まってんだろ。こんな物騒なモン持って帰れねえよ。オレが狙われてしまうわ」

「ならいいけど! もう二度と貸さないからね!」


 私は半分怒り口調でそっぽを向く。


「それよりさ、ここに入ってくる前、音楽教室からピアノの音が聞こえてきたけど、アレ誰がいてんだ? めっちゃ上手かったんだけど」

「・・・ああ、あれね。弾いているのは高倉たかくら先輩よ」

「高倉? 例の『ミス柳都りゅうと』か?」


 三年の高倉貴美子たかくらきみこ先輩―――

 今週も行なわれる柳都祭りゅうとさいのミスコンにおいて昨年まで二年連続、美少女の証である『ミス柳都』の称号を手にし、またピアノを弾かせればソロで関東・甲信越大会に出場できるほどの文武両道・・・まあミスコンが『武』かどうかはわからないが、とにかく天は二物を与えた典型的カンペキ女子だ。


「そうよ。先輩、今回の柳都祭で独演会どくえんかいをやるから、その練習をやっているのよ、きっと」

「ふぇ~、ピアノ独演会かー。しかし学園祭の催しものに個人開催があるなんて異例だな」

「そうよね。なんでも先生サイドから先輩に打診があったらしいわよ。今回の目玉行事にしたいから是非って」

「フン! どーせエロ教師どもが鼻の下を伸ばして決めたんだろ」

「その辺は解らないけどね」


 私は適当に相槌あいづちを打つ。


「でもよ、それって差別なんじゃねえか?」

「さあね。でもあの腕前じゃあそれもうなずけるけどね」


 図書室の扉は防音になっているためここまでは聞こえてはこないが、一旦廊下に出ればその優雅で美しいピアノの調しらべが廊下中に響き渡っている。その優美さ、力強さは素人の私が聞いても他の生徒との違いは明らかだ。


「ん? じゃあよ、今年は出ないのか、ミスコン!?」

「ああ、ミス柳都りゅうとの方? そうね、そっちは遠慮したらしいわよ。もともと彼女自身は乗り気じゃなかったのを、ファンクラブの男子たちが無理矢理出させたって話だからね。未練はないんじゃない」

「そっか、それは知らなかったな・・・」


 そう言うと少し悔しそうな表情を見せる凛花。


「それがどうかしたの? ・・・ははーん、もしかしてあなた、高倉先輩が出ないなら自分にも勝機があったと思ってるんじゃないでしょうね」

「ば、ばか言え! オレはそんなもん興味ねえって!」


―――本当にそうかしら? でもね・・・。


 言いたいことは沢山あったがそれ以上は言い返さなかった。


 とにかく当日は高倉先輩の演奏会のある時間帯だけはここの廊下もにぎやかになりそうだ。

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