4話 祖父

 私の祖父、川島孝三郎かわしまこうざぶろうはその昔「川島組かわしまぐみ」のトップ、つまりは○クザ屋さんだった。


 これはあくまで噂だが、川島組は地域に密着した、地域を守る・・・とにかく世間一般が抱くようなイメージの『ソレ』ではなく、あくまで地域の治安を守ることを主として活動していた組織だったらしい。


 社員・・・組員の仲も良かったようだ。みんな家族ぐるみの付合いでそれぞれの子供や孫を交えた交流も多かった。引退して何年も経つ祖父のことを、いまだに慕っている真田さんを見ればそれも頷ける話ではある。


 しかし二十年ほど前に問題が起こった。後継者問題だ。

 祖父には息子がいなかった。すでに還暦を迎えていた祖父はその後継者として娘ムコである私の父を指名した。

 それまで銀行に勤め、まっとうな道を歩んできたそんな父に何ができるのか? 組を任せて良いのか? 反対した人は多かったらしい。中でもその先頭に立ったのが当時の専務、品田しなださんだ。彼と父は真っ向から対立し、組織は半分に割れた。


 そんな状況を危惧きぐした祖父は、先祖代々から伝わる短刀『村雨錦むらさめにしき』を父に託した。いわば後継者としてのあかしにしき御旗みはただ。

 これを持った者が真の後継者、暗にそれを意味している。


 祖父の威光もあり、一応組織はまとまった。品田さんもその『村雨錦』の前ではひれ伏すしかなかったのだろう。


 そんな矢先、父が亡くなった。交通事故だった。

 それからは大混乱だったらしい。


 こうなった上はやはりと、品田さんを推す派閥が大半を占める中、会長だった祖父は例のその短刀『村雨錦』を実の娘である母に託したのだ。

 祖父がなぜそこまでして品田さんを認めなかったのか、それはよく解らないところではあるが、最大派閥のトップに立つ品田さんと『村雨錦』を持った母。混乱の原因はまさにそこだ。


 これは後で聞いた話であるが、母はその短刀を品田さんに差し出す腹づもりだったらしい。しかしそれを許さなかったのが会長である祖父だ。

「組の象徴」である前に、代々伝わる我が家の形見かたみでもあること、そしてその「象徴」としての役割は終わったのだから、品田は気にせず組織を運営すれば良い。私や娘はこの世界から消えるから、と。


 祖父はいまだ不満を残す品田一派をなんとか説き伏せた。実質上、引退していた祖父だったが昔の威光、鶴の一声でその場は収まった。


 こうして祖父と母、そして私、三人での暮らしが始まった。


 品田さんは品田さんで晴れて組織のトップに立ち、組織の名前も『品田組しなだぐみ』に改組した。喫茶鳩時計きっさはとどけいの近くにでんと構える品田御殿しなだごてんは彼の所有だ。

 またしばらくは平穏な日が続いた。・・・かに見えた。


 そんなある日、今度は私の母が亡くなった。自○だった。



 その夜、私が襖越ふすまごしに聞いたのは珍しく祖父に詰め寄る真田さなださんの声だった。


「あの短刀たんとうを品田に渡しましょう」


 断片的に聞こえてくる彼の言葉は少し苛立っていた。


『短刀を狙って品田組の誰かが母に圧力を掛けていた可能性がある。母が自○したのもきっと何かに追い詰められていたものに違いない』と言うのがその主旨だ。


 しかし祖父は頑として受け付けなかった。


「反対派にうらみを買う筋合いはない。短刀はもはや何の力も持っていない。あれは単なる形見、遺品でしかない」


 そう言うと表向きは自分が再び引き取ったことにし、母の所有していた短刀をひっそりと今度はこの私に託したのだった。私が中学二年の時の話だ。


 私は両親を失い、祖父と二人の暮らしを始めることになった。

 一人寡黙に本を読む事、それが私の支えだった。

 それは辛く寂しい毎日ではあったが、それでも祖父の愛情、そして母親代わりに家事を手伝ってくれた叔母さん、その二人に囲まれてどうにか私は崩れずに中学生活を過ごす事ができた。それ以来、学校での保護者面談などには決まって叔母さんが来てくれた。


 またしばらくは平穏な日々が続いた。

 そして高校生になった私は凛花りんかと出会った。

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