30話 モグモグバーガーふたたび


 私と凛花は「家まで送ってあげるから」と言う若菜さんを断って雪乃さんのアパートを後にした。後は雪乃さん自身が決めることだ。私たちの出番、推理ごっこはここまでだ。


 最寄りの駅に向かう途中、商店街の中に白地に緑の看板を見付ける。

―――へえー、ここにもあるのね、モグモグバーガー。


 すると隣の凛花がさも当たり前のように指を鳴らす。


「さて、いつもの場所でいつものヤツ、聞かせてもらおうかな」


 そう言って私の左手を掴むと店内へと引きずり込もうとする。そう言えば彼女が口を開くのはいつぶり?? 超が付くほど大人しくしていた彼女、そのストレスはかなりのものだったのだろう、捕まれた左手に強力な力を感じる。


「そうね、ここで解決編ね」


 そう言うと私たちは仲良く、店内に入った。


***


 注文のコーラを口に含むと凛花が待ちきれないとばかりに口を開く。


「で、今回の一件だけどよ、オレの思ってる事を言っていいか?」


 どうやら彼女も探偵側に回りたいのだろう、目をキラキラさせて私の様子を覗う。


「そうね、じゃあお願いしようかしら」

「おう! そうこなくちゃ!」そう言うともう一口コーラを飲み込む。

「まず飯島さんは浅見さんに襲われた。ここまでは良いよな?」

「待って、その前に『あくまで私たちの推論だけど』って付けさせて」

「あへっ? 誰に向けてだ? ・・・まあいい。飯島は浅見に襲われた。やり方はこうだ。まず写真好きな飯島に電話を掛けて『今日は満月がキレイだ、それに月下美人も満開だったぞ、撮影するなら今夜がいいぞ』とかなんとか言って彼を誘い出す」

「うん」

「そして例の丘のどこかに身を隠し、彼が来るのを待ち構える。一方飯島は当初、若菜さんが部屋に戻るのを見計らい、夜這いを掛けるつもりだった。しかしそこには先客がいた。浅見に仕向けられて訪れていた音田さんだ。仕方なく彼は音田さんが帰るまでと撮影をするためにあの丘に向かう。そして満月下の月下美人を撮影中に浅見に左後頭部を殴打されて気を失い、そのままガケの下まで転がり落ちた。・・・と」


 そこまで一気にまくし立てる凛花。今までの鬱憤を晴らすかのような大きな声に、隣の席の中学生がこっちをチラ見してくる。


「うん、私もそんな感じだったんじゃないかと思う」


 私は極力声を抑え、凛花の意見におおむね同意すると、ジンジャードリンクのストローをクルクルと回しながら付け加える。


「なんで夜中にまで撮影に行ったのか? 私が浅見さんをアヤシイと思ったのは『あの』チラシなの」

「チラシ?」

「うん、管理棟のパンフ置き場に置いてあったでしょ、写真コンテストのチラシが」

「ああ・・・そうだっけ?」

「もう! 着いた日に一緒に見たじゃない。まあいいわ。そしてバーベキューの最中、浅見さんはそのチラシを持って来て飯島さんに見せていた」

「ああ、それなら覚えている! 管理棟から戻った浅見は、俺たちに絡んでいる飯島さんにチラシを見せて自分たちのタープに連れて行った。あの時のチラシか!」

「そうよ。そしてそのチラシ、飯島さんの部屋にも落ちていたわ」


 私は朝方、凛花、若菜さんと三人で飯島さんを探すため、彼のバンガローを調査した時の事を思い出して言う。


「ああ、そう言えばカメラの備品類に紛れて、色んなモノが散乱してたな」

「うん、そしてその中にもあったのよ写真コンテストのチラシがね」


 そう言って私はスマホを開くと部屋に散乱するモノに紛れたチラシの画像を凛花に見せる。『村民フォトコンテスト 賞金総額20万円』それを覗き込んだ凛花の表情が若干曇る。


「ん? でもよ、このチラシと浅見がどう結び付くんだ?」

「うんそれでね、そのチラシなんだけど初めて管理棟で見た時は、まだインクの臭いがしたのよね」

「インクの臭い?」

「そう、刷ったばかりの印刷物によくあるインクの臭いよ」

「それは気付かなかったなぁ」

「でね、思い出したの。浅見さんが事務機器の会社で営業をしているって話」

「そう言や、自己紹介で言ってたな」

「うんそうなの。事務機器の会社ならチラシやパンフの印刷くらいお手の物よね」

「自分で作ったってのか?」

「それでね、私、そのチラシの先、つまり写真コンテストの主催者ってとこに電話を掛けてみたの」

「おお、そしたら?」

「繋がらなかったわ。『この電話は現在使われておりません』だって」

「ウソの情報、ウソのチラシってことか!?」

「恐らくね。きっと写真コンテストのチラシを作ったのは彼自身。きっと高い賞金額をうたい文句に飯島さんが興味を持つようにと、飯島さんの目に触れさせたのね」

「ちっ! 用意周到だな」


 思わず顔をしかめる凛花。しかしすぐにまた不思議そうな表情を私に向ける。


「待てよ。けどそうなると浅見は最初っから飯島殺害を狙っていたってことかよ?」


 そう、そこが一番肝心なところであり、実際には良くわからないところでもある。

 私はさっきの自分の言葉「あくまで私の推論だけど」と予防線を張ると、凛花に『個人的見解』を話した。


 浅見は雪乃さんに好意を持っていた。そして雪乃さんが飯島さんとは別れたがっていることも知っていた。そしてその相談に乗るうちにお互いの気持ちも近付いて行った。ここまでは確かだろう。

 一方でそんな雪乃さんをずっと苦しめている飯島さんに憎悪の念も抱くようになる。

 しかし雪乃さんと飯島さんはすでに婚約関係にある。そう簡単に別れることは難しい。


 雪乃さんと仲良くなれて飯島さんと後腐れなく別れられる方法、しかも飯島さんに対する憎しみも晴らすことができる方法。そして万が一の際には自分が不利にならいような・・・。

 そこで思いついたのが今回の計画だ。


 今回のキャンプの日程を決めたのは飯島さんと浅見だ。その中で浅見が写真映えのする満月の日を選び、それに併せたかのようなチラシも作る。まあ、月下美人が咲いたのは偶然かどうか解らないが。


 その上で雪乃さんに「浮気の現場を押さるため」と計画に乗せ、協力者のフリをする。途中で計画の軌道が変っているとは知らずに浅見の言う通りに動く雪乃さん。


 一方、「雪乃さんと仲良くなる」「飯島を目の前から抹消する」そして万が一の場合には『その雪乃さんに罪をなすりつける』ための浅見の計画は予定通り進んで行った。


 凛花の言うとおり、丘の上で待ち伏せしていた浅見は背後から力一杯、飯島さんを殴った。そしてその弾みか、突き落とされたのか、とにかく飯島さんはガケ下に転がり落ちた。

 もしここで確実な犯行とするならば、浅見は飯島さんの息が絶えているのを確認すべきだったのかもしれない。しかし彼には他にやらなければならないことがあった。ひとつ、殴りつけた石をちょうど良い具合に彼のそばに自然に置くこと、ふたつ、飯島さんのスマホに残る着信履歴から、自分のものだけを削除すると言う作業が。

 深夜の作業、おそらく誰かに見られることはないだろう。しかし彼は急がなければならなかった。そう、若菜さんの部屋を訪れている音田さんがいつ戻ってくるかわからないからだ。それまでには自分も部屋に戻らなくてはならない。

 暗闇の中で証拠を残さずに作業を行なう。おそらく着信履歴の削除には、倒れている飯島さんの指紋認証か何かでスマホのロックを解除したのだろう。そして、自分の指紋を付けることなくこれまた彼の指先を利用してタップする・・・。慣れない作業だ、恐らくそれなりの時間が掛かったであろう。焦りもあり、彼は飯島さんが息絶えているのを確認する余裕がなかったのか、それとも傍らに微動だにせず倒れている彼を見て、すっかり息絶えているものと思い込んだのか。

 いずれにしろ普段とは違う精神状態の中、浅見はその二つの作業を終えるのに必死だった。


 そこまで話すと私はすっかり酸の抜けたジンジャードリンクを一口啜る。凛花も同じようにもはや砂糖水となったであろうコーラに口を付ける。

 しばらくしてそんな彼女が口を開く。


「雪乃さん、警察に行くかなあ」

「そうね・・・。でもきっと大丈夫よ。自分が利用されていたんだって、少し冷静になればわかるはずだもん」

「そうだな、若菜さんもいてくれるしな」

「そうね」


 私はそれだけ言うと言葉を切った。


***


『恋は人を狂わせる』


 前回、萌絵もえがサドル事件を起こした際に頭をかすめた言葉だ。

 今回、人を狂わせたのはいったい誰の恋心だったのだろう。


 悩んでいた雪乃さんに声を掛けてきた浅見。

 そんな彼を庇うために彼女が口を噤む・・・そんなことないよね。


 目の前の美少女はズズズッ! と行儀の悪い音を出しながら、最後のコーラを飲み干していた。

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