23話 絞られる犯人候補

 自分のスマホを覗き込む私に、少し苛立ったように凛花が聞いて来る。


「メール? また若菜さんからか?」

「違う、太刀川君からよ」


 そう言って私は読み終わったメール画面を凛花の方へ向ける。


「太刀川!? アイツが・・?」


 慌てて画面を覗き込む凛花。蛍光灯のあかりを受け、彼女の後ろ頭のキューティクルは今日も輝いている。

 そんな彼女が読み終えた頃を見計らって呟く。


「少しだけど事故の様相が分かってきたようね」


 太刀川からのメールに書かれていたのは、押収された飯島さんのカメラに写っていたモノが分かった、と言う事だった。


 彼が意識を失う前に撮影していたと思われるもの。それは数枚の満月と、それに照らされた満開の月下美人の写真だった。

 しかもその画像データ、撮影されたのはいずれも深夜零時半前後、そのわずか十分足らずの時間帯で彼は十数点の写真を残していた。ラストの月下美人を撮影した時刻が零時三十五分、それが最後だったらしい。

 これは警察にもコネを持つ、太刀川の父親を経由してもたらされた情報だ。


 そこまでの内容を読んで凛花が顔を上げる。


「これってよ、この時間・・・つまり零時三十五分までは飯島さんは元気だったってことだよな」

「恐らくそうね。メールにも『いつもの叔父さんの写真の感じだった』って書いてあるから、本人が撮影したモノと考えて良いと思う」

「だとしたら、この写真を撮影した直後にガケから落ちたってことかな」

「まあ、推測だけどそうなるわね」

「だよな。満月の写真は十枚もあるのに、月下美人の写真は一枚だけと。あんなキレイな花の撮影をたった一枚でやめるなんて不自然だしな」


 そう、確かに凛花の言うとおり、の素人からしたらなんの変哲もないであろう満月の写真は十数枚もあるのに、素人見でもキレイな月下美人の写真はたった一枚しかなかったらしい。まだ撮影の途中だったと考えるのが普通だろう。


 ここで私たちは顔を見合わせる。

 一連の事故・・・若しくは事件が起こった時刻、これは太刀川からの情報を見る限り午前零時三十五分過ぎ、そう考えても良いのかもしれない。

 そして、もしこれを『事件』と仮定した場合・・・。

 飯島さんが何故こんな時間に撮影に出たのか? この時間にアリバイのない人はいないか? その辺がキーになりそうだ。


 そう頭の中で整理していると、目の前の美少女が口を開く。


「じゃあよ、この時間にアリバイのないヤツを調べるのが先決じゃね?」


 どうやら彼女も『事件』として取り調べる気でいるらしい。私も今回はからも事件の可能性は高いと考えている。


「そうね」


 私は早速ノートを広げると、彼女の言うとおり、まずは全員のアリバイ、つまりみんなが零時半頃に何をしていたか・・・分かっている情報だけが頼りではあるが、順番に書き出すことにする。

 もっとも聞いただけ、あるいは本人が主張しているだけの情報がほとんどなので、信憑性には欠けるが、何かの参考にはなるだろう。

 私は凛花に目配せすると、ペンを握り、名前と現在分かっている情報を羅列する。


私、凛花 ・・・ F棟で爆睡中(お互いが証人)

太刀川  ・・・ E棟で爆睡中(真冬君が証言)

真冬君  ・・・ E棟で寝ていたが寝付けなかった(本人談)

飯島さん ・・・ 月見の丘で撮影中(写真のデータから)

浅見さん ・・・ C棟に一人(証人なし)

音田さん、若菜さん ・・ G棟(若菜さんの部屋)で整体マッサージ(本人のメールより)

雪乃さん ・・・ 施錠された管理棟ゲストルームで休養中(証人なし)


「こんな感じね」

「ああ、ザックリだがな」


 私たちは今書いたノートを見つめる。


「こうやって見ると、意外とアリバイのないヤツは少ないな」

「でも、証拠がないものがほとんどだけどね」

「まあ確かに。それに『共犯で行なった』となればこのアリバイもアテにならなくはなるけどな」

「そうよね、私たちだって警察がコレをみて『二人でやったんじゃないか』と言われても反論できないワケだからね」

「まあな。・・・でもよ」


 そう言うと凛花は少し真剣な顔で言う。


「今回の件が事件だった場合、問題は動機だろ? 飯島さんに何かの恨み、もしくはしがらみがあるヤツがアヤシイってことになる」

「まあ、そうよね」

「だとするとおのずと絞れるんじゃねえか? まずオレと玲、あと真冬はほぼゼロだ。なんたって飯島さんとは一昨日が初対面だったんだからな。確かに夕方、酔った飯島さんに少しだけ絡まれたけど、アレくらいじゃ動機にはならん」

「まあ確かに自己弁護になるけど、そこまで考えたらキリがないわよね。私たちはもちろん、真冬君もなしね」


 私はそう言うと、三人の名前の前に×印を書き足す。


「ってことは、その真冬が証言している太刀川もシロってことになるな」


 確かに真冬君が言うには、夕べ飯島さんの部屋から戻った太刀川は、すぐにベッドに入って爆睡していたと言っている。

 飯島さんとギクシャクし、真冬君から『殴打していたのでは?』との誤解を受けている彼だが、それもほぼ払拭された今、彼も容疑から外していいだろう。私は太刀川の名前の頭にも×印を付ける。


「やっぱ大人組だよな、犯人がいるとすればよ」


 考えれば至極当然のことだ。もし飯島さんが被害者だった場合、永年の付合いだった大人組の誰かが加害者である可能性が高い。いくら『一緒にキャンプに来るほど仲が良い』と言ってもウラには何があるか分からない。それが人間関係だ。


「そうね、大人組を疑うのは当然よね」

 私はそう言いながら被害者である飯島さんの名前にも×印を付ける。


「うーん、この四人か・・・」そう言いながらノートを見つめる凛花。


 私のノートに×印のないのは四人。

 浅見さん、音田さん、雪乃さん、若菜さん。

 この中に犯人がいる可能性が高い、凛花に言わせるとそう言うことだろう。私もほぼ同感だ。


 このうち、音田さんと若菜さんは一緒にいたことになっている。しかし、二人が共犯だってことも充分、考えられる。そうなると・・・。


 その時、再び私のスマホが振動した。太刀川から新たなメールが届いたらしい。

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