21話 図書室で

 夏休み終盤の図書室は相変わらず閑散としていた。

 もっとも現在は朝の八時。開門と同時に夏休み中の校舎に入った私は、職員室で図書室のカギを受け取ると自ら解錠して中に入った。なので先客はもちろんいない。


 普通であれば司書のかおるこ先生がこの時間には開けているのだが、職員室の先生によれば今日は急用ができたとかで少し遅れてくるらしい。


 私はいつもの場所、一番奥の角の席に腰を降ろす。

 するとほぼ同時に図書室のドアが思い切り開いた。凛花だ。


「おはよう!」

「おう!」


 ツカツカと一番奥を目指して歩いて来る彼女。遅刻常習犯の彼女が定刻に現れるなんて、やっぱり探偵としての血が騒ぐのだろうか。


「でよ!」


 イスに座るのももどかしいとばかりに彼女が聞いて来る。


「『太刀川は犯人じゃない』ってどう言う意味なんだ?」


 そう、昨日帰りかけに私が残したそのセリフ。家に帰ってからも凛花からメールで尋ねられていたのだが、既読スルーしていた。


「それよりも凛花の方から図書室に集合しよう、なんて珍しいわね。いつものようにモグモグバーガーでなくて良いの?」

「あん? あ、ああそれか」


 そう言うと浮かせたままだった腰を一旦、イスにどっかりと降ろす。


「いや、今日は図書室一択いったくだな」

「なんでよ?」

「そりゃあアレだよ。コレは一応『学園ミステリー』だろ? だったら一度も学校が出て来ないのはマズイ」

「そ、それだけの理由?」

「いや、これは大事な問題だ」

―――そうかなあ。まあいい。


「それより真冬君は?」

「ああ、アイツか。アイツは知恵熱が出た」

「知恵熱?」

「ああ、昨日から考えすぎたんだろうな。今日はダウンだ。それより!!」


 そう言うと再び越しを浮かせて睨みつけるように私を見る。


「はいはい、なぜ太刀川君じゃないか、だったわよね」


 そう言うと私は思っていることを凛花に伝え始めた。


「まずは真冬君が見たと言う飯島さんを殴った光景。確か棒状の何かを何度も振り下ろしていたって言う」

「おう。見間違いじゃないって昨日も言ってたぜ」

「うん、でも彼の言う『棒状のモノ』が何かは見てないのよね?」

「ああ、そう言ってたな」

「本当に『棒状のなにか』が存在したのかしら?」

「なんだよ、そこからかよ。でもそれって単にカーテンでぼやけて見えなかっただけだろ? 両手で振りかぶって何度も振り下ろしていた、って言うくらいだから当然、何か持ってたんだろうよ」

「そうかしら」

「じゃあ何だって言うんだよ。剣道の素振りでも練習してたとでも言うのかよ。アイツ、そんな趣味ないぜ」

「そう、それよ!」

「それ?」

「そう、彼の趣味。太刀川君、ゲームが大好きだったわよね」

「ゲーム? あ、ああ、そうらしいな。実際、今回だってキャンプ場までゲーム機を持って来てたくらいだしよ」

「それよ!」

「それ? ・・・どれ?」

「昨日、真冬君と太刀川君の荷物を片付けているとき、彼のバッグの中にあったのよ、メタメタクエストのゴーグルが」

「ゴーグル? 掛けると3Dの空間が現れるって言うゲームのアレかよ?」

「そう、そしてそのゴーグル、飯島さんのバッグからも顔を覗かせていたわ」


 私は昨日の早朝、若菜さんと飯島さんを探したとき、彼の部屋で目撃したそのゲーム用具を凛花に説明した。


「あ、確かに飯島さんのバッグにもそんなのが入っていたな・・・」


 そう、彼女も若菜さんと一緒にその時、そこに居合わせた。それを思い出したのだろう。


「じゃあよ、ソレって太刀川がホンモノの棒じゃなくて、なんかその・・・仮想の棒? それを振り回してたってことか?」


 3Dゲーム専用ゴーグル、それを掛けた人だけに見える幻の『棒』、彼はそれを振り回していた。それを窓の外から見た真冬君はあたかも現実の棒状のモノを振り下ろしているように勘違いした、そう言うことではないだろうか。しかもあのキャンプ場はWi-Fi完備。オンラインで誰かと対戦していたと言うことも考えられる。


「なるほど、それはあり得るな」


 そう頷く凛花に続ける。


「それに太刀川君の態度よ」

「態度?」

「うん。昨日の朝、飯島さんが倒れているところを発見した時の彼、覚えているわよね」

「ああ、すげえ狼狽うろたえ振りだったな、大の男がよ」


 少し嘲笑を交えながら目の前の美少女が言う。―――それを言うならあなたも大概だったけどね。


「それがどうした? ヤツが犯人ならあんなにうろたえない、ってか?」

「そうね、まあ演技したって言われれば反論はできないけど、真冬君に言わせると前の晩、部屋に戻ってきた彼はイビキを立てて眠ってたらしいわ。さすがに人を殴ってすぐにイビキを掻いて眠れる、そんなヤツじゃあないと思う」

「あはっ! そうだよな、なんだかんだでアイツ、小心者だもんな!」

「それに一輪車の跡」

「ん?」

「彼が一輪車で飯島さんを丘の上まで運んだなら、その跡が残っていたはずよ」

「あ、そっか。昨日の夕立のせいで丘の上とかもぬかるんでいた」

「そう、そしてそんな跡は一切見当たらなかったわ」

「確かに! 少なくてもオレたちが辺りを見に行った時にはなかったよな」


 一応、友人の容疑が張れつつあることに安堵したのか、相棒の表情も少し明るくなる。


「まだあるけど、太刀川君については一旦、ここまでね」

「なんだよ勿体ぶって。まあいいや。じゃあよ、昨日真冬が言ってた音田さんはどうなんだ? 夜中に徘徊していたって言う。太刀川が違うとすると、ヤツがアヤシイってことになるのかよ?」


 そう聞いて来る凛花に対し、自分のスマホを取り出しながら答える。


「いいえ、彼も違うと思うわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る