20話 太刀川犯人説
「なるほど。二人はふざけていたと思ってたのが、翌朝になってこんな事になっていた。それでもしかしたら太刀川が殴ったんじゃないか、と思ったってわけか」
凛花は私のサックから勝手にジンジャードリンクのペットを取り出すと、それを飲みながら真冬君の話を要約する。
「うん。それにそれだけじゃないんだ。太刀川君、しばらくして部屋に戻って来たんだけど、なんか興奮しているって言うか、汗もびっしょりだったんだ。おまけに口ではハアハア息を荒げているし。挙げ句の果てに『もう寝る!』って言ってベッドに入っちゃったんだ。今考えるとアレも殴ったあとで、息を切らしていたのかと・・・」
―――うーん、要するに彼が言いたいのは、何らかの原因で太刀川が飯島さんを思い切り殴った。それが原因で息が上がっていたし、興奮もしていた、そう言いたいのだろう。しかし―――。
「でもよ、仮にそんなことがあったとして、飯島さんは丘の下で倒れてたんだぜ。これはどうやって説明するんだよ」凛花が真冬君に詰め寄るように言う。
「そ、それは・・・わからないけど・・・」急に弱気になる真冬君。
私も思うことはあったのだが、取りあえずこのまま二人の意見を聞いた方が良いかもしれない。そう思って黙っていると手元のブザーが鳴った。どうやら『モグモグしあわせセット』が出来上がったらしい。
***
注文したメニューを受取り、再び二階の席に着く。すると先ほどまで真冬君の証言に否定的だった凛花が指を鳴らす。
「そうか! 閃いたぜ!」
そう言うとコーラで口を湿らせた彼女は、私たちに向かって言う。
「あのキャンプ場には大きな一輪車があったよな」
そう、確かに管理棟の脇に置き去りにされていた一輪車、昼間、太刀川が炭や薪を運ぶために使っていたものだ。その一輪車を使ったって言うのだろうか。
「それに飯島さんを乗っけて、丘の上まで運んだんじゃねえか?」
小柄な飯島さんに大柄な太刀川。決してムリな話ではないだろう。しかも力仕事をして部屋に戻った太刀川は息を荒げる。一応、話は繋がる。
「そうか、だから太刀川君、あんなに息を上げていたのかも・・・」
「なぁ、可能性はあるだろ!? アイツ、夕方に飯島さんから言われたコトを恨んで・・・」
得意そうではあるが残念そうでもある、そんな微妙な表情で凛花が更に続ける。
「事故じゃなくて事件、そしてその容疑者は太刀川。・・・なあ玲、これってあり得るんじゃねえか?」
凛花が私の方を向く。それに対して言葉を選んでいると、不安そうな顔でこっちを見ていた真冬君がまた新たなことを言い出した。
「でも・・・でもそれだけじゃないんだ」
「ん? それだけじゃないって、まだ太刀川を疑う証拠があんのか?」
「そ、そうじゃなくて・・・僕、他にも見たんだ」
「他にも?」
「う、うん・・・」
そう言うと再びうつむき加減になった彼はボソボソと話し出す。
「それとは別なんだけど、昨日の夜中、僕、そんなこともあってなかなか寝付けなかったんだ。それで二時頃だったと思うんだけど、トイレに行ったんだ。そしたら・・・」
「そしたらなんだよ。太刀川がいなくなってたとでも言うのか?」
「いや、違うんだ。トイレから出た時、外をふらふら歩いている男がいたんだ」
「男の人? 太刀川じゃなくてか?」
「うん、あれは音田さんだった。間違いない」
「音田さん!?」
私たちは無意識に重なったセリフとともに、真冬君の顔を見つめる。
「うん、音田さんがウロウロしていたんだ。そのうち、僕の方に向かって歩いて来て」
「それで?」
「それで僕と一瞬目が合うと、今度は慌てて自分のバンガローの方へ戻って行ったんだ」
「引き返した、ってこと?」
「引き返したって言うか・・・」
「ただ単にトイレに行きたかっただけじゃねえのか?」
凛花が疑うような表情で真冬君の顔を見る。
「それはおかしいわ。今の話だとトイレに行こうとしたのに、真冬君に会ったからやめた、ってことになるわよね」
「うう~ん、やっぱ出たくなくなったから部屋に戻った、とか・・・?」
「それも違うと思うんだ。だって僕が最初にその姿を確認したのは音田さんのバンガローとは別の方向・・・そう、ちょうど市之瀬さんたちの部屋の方向から歩いて来たんだ」
「私たちの部屋の方?」
「うん、それは間違いない」
真冬君はそこだけは確信がある、とばかりに声に力を込める。
「するってえと・・・どうなるんだ?」
その時、テーブルの上に置いた私のスマホが鳴った。
―――病院から?
私は慌てて席を外した。
***
席に戻ると凛花が心配そうな顔で私を見てくる。
「どうした? なんかあったのか?」
「うん、おじいちゃんの病院から電話があって。これから大学病院の先生が往診に来られるから、一緒に話を聞いて欲しいって」
「ああ、じいさんのか」
「うん。だから・・・悪いんだけど、この話の続きは後でいいかなあ」
飯島さんの一件が事故ではなく事件だとしたら、この私たちが解決しなければならない。太刀川や音田さんの容疑についても。しかし、病院から呼ばれた以上、そっちが先決だ。私は二人に申し訳なく思いつつ、荷物をまとめながら言う。
「お、おう、別に構わないけどよ」
「真冬くんもごめんね」
「うん・・・」
不安そうな表情を浮かべる真冬君に私は言う。
「大丈夫、きっと太刀川君は犯人じゃないわ」
「え?」
少し驚いた表情の真冬君と凛花。それを無視するようになったが、私は自分の代金をテーブルに置くと、急ぎ病院に向かった。
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