第4章 真相究明

19話 真冬君の証言

 帰りの車の中、来るときのはしゃぎ振りからは想像もできないほどみんな寡黙に座っていた。


 真冬君の衝撃発言。


『飯島さんは転落して頭を打ったんじゃない。もしかしたら太刀川君に殴られたのかも』


 彼は何を持ってそんなことを言い出したのか。浅見さんが迎えに来たため、取りあえず後で詳しく話しを聞くことにした私は、荷物を詰め込んでこうして彼と車に乗っている。


 頭部に瀕死の重傷を負っている飯島さん。確かに普通に考えたら、わずか二~三メートルのガケから滑り落ちたと言うよりも、真冬君の言うように誰がやったのかは兎も角、何者かに頭を強打されたと考えるのが現実的かもしれない。


 真冬君はあれ以来、ひと言も言葉を発していない。

 雪乃さんは雪乃さんで相変わらず押し黙ったままだが、時折、運転する浅見さんの横顔を覗っている様子が私の席からも垣間見れる。

 凛花も何かを考えているのか、それともただ寝不足で眠いのか、窓ガラスに寄りかかるように目を閉じている。

 そんな中でも浅見さんだけは普段とあまり変らず私たちに話掛けて来た。しかしこの状況下、その会話はどれも長続きするものではなかった。


***


 浅見さん以外、ほとんど無言の四人を乗せた車は柳都りゅうと市内に帰って来た。「家まで送るよ」と言う浅見さんを断って、私たちは駅前で降ろしてもらうことにした。もちろん、真冬君から話の続きを聞くためだ。


 駅前のロータリーで私たちを降ろした浅見さんは、雪乃さんだけを乗せて去って行った。これから太刀川家まで車を返しに行くらしい。

 最後までほとんど口を聞かなかった雪乃さん、対照的に異様に元気な浅見さんが気になるところではあった。


 駅前で降りた私たちは、モグモグバーガーに入る。いつもはここで解決編なのだが、今回はまだ少し時間が掛かりそうだ。

 当初、そこに真冬君が加わること不思議そうにしていた凛花だったが、私が「真冬君が今回の件で話があるらしい」と言うと、急に探偵の顔になった。彼女にとっても一連の事は気になっていたのだろう。もしもこれが『事件』ともなれば彼女の大好物だ。まあ彼女の場合、その割にビビリではあるのだが・・・。


 カウンターで注文を言うと二階の窓辺、定位置に私たちは陣取る。

 店内は昼下がりの中途半端な時間と言うこともあり、比較的空いていた。


 私たちとテーブルを挟んで対面に座った真冬君、最初こそ黙っていたが、紙コップの水を一口啜ると早速話を始めた。


「実は・・・実は二人に言っておきたいことがあるんだ」


 私は数時間前に彼から聞いた件が頭をよぎる。


「ああ? 何をだよ?」

「僕、見たんだ」

「何を・・・見たの?」


 すると彼は顔を上げ、意を決したよう表情で言う。


「昨日の夜、太刀川君が飯島さんを殴っているところ・・・見たんだ」

「はぁ? 太刀川が飯島さんを!?」


 初めて聞く凛花が驚くのも無理はない。今回の件は一応、「事故」と言うことになっている。警察の取り調べがあったり不自然な点もいくつかあるが、太刀川が加害者と言わんばかりの発言に、先ほど同じ話を聞いた私でさえ、あらためて衝撃を受けるほどだ。


「ど、どう言うことだ!? ・・・ってそれ、いつのことだよ!?」


 一呼吸置いたあと、凛花が言う。それに対して一瞬、怯えたような顔を見せた真冬君だったが、すぐに元の表情に戻ると一気にまくし立てるように話す。


「昨日の夕方、太刀川君、ふて腐れて帰ったでしょ。その後もずっと口を聞かなかったんだ。僕は飯島さんの言葉に気を悪くしてるんだと思って放っておいたんだけど、そしたら七時過ぎに太刀川君、急に部屋から出て行って。で、お風呂にでも行ったのかと思い、僕も少ししてからお風呂に行ったんだ。けどそこには太刀川君いなくて・・・。それで!」


 そこで一旦、言葉を切るとまた水を一口啜る。


「それでお風呂の帰りに見たんだ。飯島さんの部屋で太刀川君が飯島さんを殴るのを!」


 息を切らしながらそこまで言うと、彼は少し気が抜けたようにまた俯いた。

 しばらくして凛花がそんな彼に聞く。


「殴るって、拳で殴りつけているのを見た、ってことかよ?」

「ううん、そうじゃないんだ。なにか棒のようなもの・・・レースのカーテン越しだったから良くは見えなかったんだけど・・・。あの体型や仕草、あれは間違いなく太刀川君だった。その太刀川君がなにかを両手で振り下ろしていたんだ、何度も何度も。きっとあれは棒状のなにかで・・・」


 話している途中で急に自信がなくなってきたのか、真冬君は「なにか、なにか」を連発している。


 バンガローには彼が言うように、窓にレースのカーテンが掛かっていた。そのレース越しに彼が見たもの。太刀川が両手でなにかを振り上げそれを振り下ろす。何度も何度も。でもそれが『なにか』はイマイチ自信がない。なにか棒状のようなものだった気がする、と言ったところのようだ。


「両手で棒のようなモノをねぇ・・・。そんでその先に飯島さんがいたと」

「ううん、飯島さんを確認したわけじゃないんだ。窓の外からだと、座っていただろう飯島さんは見えなかったから・・・」

「でもよ、そんなことしてたんなら、なんでお前、止めに入らなかったんだ? ヤバイだろ?」

「違うんだよ、その時はそんなことしているなんて思わなかったんだよ。きっとふざけて・・・プロレスごっこでもしているのかなぁって・・・」


―――プ、プロレスごっこ? 普通、そんな連想する? 相手は社会人と高校生よ!

まあいい、真冬君は素直で良い子だけど、感性が個性的である点は認めざるを得ない。

 取りあえず私は黙って話の続きを聞くことにした。


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