第3章 雲行き

11話 謎の人物

 お風呂から上がると「トイレに寄って行くから」と言う凛花を残し、私はバンガローに向かって歩き出す。

 少しボヤケて見えるが、相変わらず満月が眩しい程に輝いている。


 するとバンガロー棟の奥、A棟の方から誰かが近付いて来るのがわかった。スタスタと早足で近寄る足音。

 怪訝に思い、つい足を停めると暗闇から出て来たその影は、私のそばで急に立ち止まる。


「・・・川島さん・・・だよね?」


 逆光と裸眼のため、顔はよく見えないが大柄な男の人だ。


「は、はい・・・そうですけど・・・」


 そう言う私の言葉が終わらないうちに、少し高圧的な感じで話し出す。


「ちょっとこっちに来てくれ」

「えっ? こっちって?」


 戸惑う私に構うことなく、私の手を奪おうとその右手を差し出して来る。


―――!!!!! 


 私は咄嗟に捕まれそうになった左手を引っ込める。

 ちょうどその時、管理棟から凛花が出て来た。


「おまたせーっ! ・・・って、あれ?」


 するとその声に驚いたのか、その男は慌てた素振りで口調を変える。


「や、やっぱり人違いだ!」それだけ言い残すと、そそくさと今来た方へ戻って行く。

「どうした玲? 知り合いか?」

「いや、そうじゃなくて・・・」


―――誰? 私の名前を知っていた上で『人違い』・・・?


「オイ、もしかして不審者か!?」

「そ、そうじゃないの・・・お風呂・・・そう! お風呂の時間を聞かれたの!」

「風呂?」

「う、うん。男性のお風呂は何時からか、ですって」

「ふ~ん、そっか・・・」


 少し不思議そうな表情を浮かべる凛花。彼女には私の手を掴もうとしたあの男の動作も見られただろうか。


「お、お風呂って言えばさ、気持ちよかったね、温泉!」

「え、あ、そうだな。確かに! 湯船に浸かったのなんて久し振りだしな」


 私は話題を逸らしながら、自分たちの部屋へ歩き出す。


 そのずっと左手の方、菅野さんが『今日は空室だ』と言っていたA棟からは、カーテン越しの灯が洩れていた。



=====


「九時になった。もう、そろそろだぞ。さきから外の様子を窺っているようだ」

「わかってるわ」

「そろそろ出て行くはずだ。しっかりな」

「ええ」


=====



 部屋に戻り、自販機で買ってきた飲み物を飲む。凛花は腰に手をやりながら、閉店間際の売店で買ってきた牛乳を一気に飲み干す。


「かぁ~っ! やっぱ風呂上がりはコレだな!」


―――うーん、安定の感!


 そんなほっこりした空気をその凛花自らが変える。


「それよりよ、さっき風呂のことを聞いて来たオッサン、なんかってたよな」

「え、あ、ああ、さっきの人?」

「なんかオレの姿を見て逃げていったような・・・」

「そ、そうかなあ・・・」


 やはり凛花も感じていたか。


「やっぱ、少しアヤシイ気がする!」

「そうかなあ、そんな感じじゃなかったと思うけど」


 私は心とは全く別のコトを言う。


「一応、みんなに言っておいた方が良いんじゃね?」

「大丈夫よ。そんなことをしたらみんな不安がるでしょ! 折角、楽しい気分なのにさ」

「そっかなあ・・・」

「それに部屋にはこうやってカギも掛けているし、朝まで二人でいるんだから安心よ!」


 凛花に言われるまでもない。あの男は誰なのか? さっきからずっと考えていることだ。心当たりは・・・ないわけではない。ないわけではないからこそ、凛花やみんなには言えない。


「でもよ、もし急にこの部屋に来たらどうする? ノックとかされても無視すんのかよ?」

「そうね。まあ、無視するか、その時こそみんなを呼べばいいんじゃない」

「そうかなあ・・・。まあ、玲がそう言うならそうするけど・・・」


 ちょうどそんな話をしていた時だった。

 世の中は不思議なもの、ミステリーとは都合の良いモノ。


『コンコンコン!』


 私たちの部屋をノックする音が聞こえてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る