10話 お風呂たいむ

 時刻は午後八時を回っていた。

 私は洗面用具と着替えを小脇に抱え、凛花とお風呂に向かう。


 九時になると管理棟内の売店や屋外の照明の一部が消灯されるらしいが、アタマの上には街中で見るそれとは全く輝きの違う満月と満点の星空、きっとある程度照明が落ちても辺りが見えなくなると言うことはないだろう。


 お風呂は管理棟の一階にあった。

 脱衣所の近くまで来ると、硫黄いおうの独特な匂いが漂ってくる。小さなお風呂とのことだが、どうやら天然の温泉が湧き出ているようだ。


 浴室が一つしかないため、時間を区切って男女交代制で使用するらく、午後九時までが女性専用、それ以降十二時までは男性が使用すると言うルールらしい。


 「しかし若菜さんの格好、ありゃだよな」


 脱衣室で服を脱ぎながら、またもや凛花がその話題を出して来る。どうしても彼女のアタマからは、若菜さんの豊満なボディが離れないらしい。


「あんなセクシービーム出されたら、男はイチコロだぜ。音田って人がガン見してたのもわかるわ」

「あなたもさっきからその話ばかりね」

「玲は気にならないのかよ。真冬だってチラチラ見ては顔を赤くしてたぜ」


 そう言いながら私の反応を窺って来る。―――ま、真冬君がどんな反応してった関係ないでしょ・・・。


 そんなことを思っていると、凛花はもうその話題は終わりとばかりにお風呂の引き戸を開けると簡単にカラダを洗い流すなり、すぐにザブン! と湯船に浸かる。


「もう! ちゃんと汚れを落としてから入りなさいよ!」

「ちゃんと落としたし! それより玲、おまえメガネ掛けてこなくて大丈夫なのか?」

「あ、メガネ? うん、少しぼやけるけど、そんなに強い近視じゃないから」

「ふ~ん、そうなんか」


 そう、私の視力は裸眼でも全く見えないわけではない。もっとも黒板の字などは良く見えないから、普段は掛けているけど。こうやってお風呂に入る分にはさほど困るほどではない。


「じゃあよ、せっかくのオレのピチピチの肌も良く見えないってことか」

「別に見たくもないしね」

「またまたぁ~、そうムリすんなって! なんだったら見えない分、少しくらい触らせてやってもいいんだぜ」

「結構です!」

「ほー、じゃあオレが代わりに玲の胸、触らせて貰おうかな~」

「ちょ、ちょっとー!」


~~~ガラガラ・・・~~~


 ちょうどその時、お風呂場のガラス戸が開いた。


「あら、お二人さん、お揃い!?」


 ウワサをすればなんとやら、タオルを胸元に当てて入ってきたのは若菜さんだった。


***


「雪乃はこっちにも来てなのね」そう言いながらカラダを流す若菜さん。

「そうですね、まだ具合、悪いんでしょうか」


 私たちもあれ以来、雪乃さんを見ていない。今の口ぶりからすると、バンガローにも戻っていないのだろう。


「まあ、管理棟にいた方が安心よね。菅野さん、看護師の免許も持っているらしいから」

「そうらしいですね」

「彼女、学生の頃からカラダが弱いのよ。私みたいに運動とかして体力付ければ良いんだろうけど」


 そう言う若菜さんは健康的だ。そう、健康的過ぎるくらいに!


「ちょっと狭くなるけど、入るわね」


 広さ的に三人入ると少し窮屈な湯船に、みんなで浸かる。

 今までボヤけていた若菜さんの胸は、間近で見ると迫力満点だ。それを凝視していたらしい凛花が思わず口を開く。


「す、すっげえ・・・んぐっ!」私は慌てて彼女の口を塞ぐ。同性の胸を見て興奮する親友、しかも口からは昭和の迷言が漏れ出そうとする。彼女のそのふしだらな行動にはこっちが恥ずかしくなる。


 しかし、凛花が何を言わんとしたか察したらしい若菜さんは気を悪くする素振りもなく、笑いながら答えてくれる。


「あはっ! もしかして胸のこと?」

「あ、は、はいぃっっ!! むふっ!・・・ぐげっ!!」


―――凛花さん、ちょっと落ち着こうね。私は彼女の脳天に軽くチョップを入れる。


「もう、小学校の頃からこれよ! もう、コンプレックスでさー! 男子だけじゃなくて、女子からもジロジロ見られるのよ」

「わ、わかります!」

「その上、年中肩こりがヒドくてね」そう言うと首と肩をコキコキと回す仕草。そっか、大きければ大きいなりに苦労もあるのね。

「でも、良い事ももちろんあるわよ」

「良い事、ですか?」

「そうよ。あのね、なんだかんだ言って男子は大きい胸、大好きだから! 私は雪乃みたいに美人じゃないけど、胸のおかげで男の子には困ったことないわ!」


―――ダメー! それを凛花の前で言わないであげてー!


 案の定、隣では美少女が自らの胸を見下ろしてしょぼくれていた。

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