9話 飯島さんと太刀川
体調を崩した自らのフィアンセのことなどまるでアタマにないかのように、飯島さんは若菜さんと話したり、その姿を写真に収めたりして一人盛り上がっている。
―――本当にどう性格しているのよ。
しかし、そんな彼の行動を面白くないと感じている人がほかにもいた。
太刀川だ。
しばらくその様子を見ていた彼だったが、突然、飯島さんと若菜さんの間に割り込むように立つと、飯島さんを一喝する。
「叔父さん! 雪乃さんの具合が悪いのに、なに呑気に酒なんか飲んでんだよ!」
「ん?」
それに対し、座ったまま太刀川を見上げる飯島さん。その顔は早くもユデダコのように出来上がっている。
「なーに怒ってんだよ健作! 雪乃が体調を崩すのは良くあることだ。そうだ! お前も飲むか!? 今日は無礼講だ! わははは・・・」
どうやらかなり酔っているらしい。その言葉もところどころ
「飲むワケねーだろ! 俺、まだ未成年だぜ!」
「未成年? そっか、そうだったか」
「そっか、じゃねえよ。未成年に酒勧めたり、高校生にモデル頼んだり、挙げ句の果てに彼女の心配もしねーで飲んだくれるなんて最低だな!」
そう太刀川が大声で叫ぶ。
すると今まで笑顔だった飯島さんは、急に目を三角にすると、立ち上がって自分の甥っ子に向かって言い返す。
「未成年だと? だったらお前、高校生の分際でラブホとか行ったりするのは良いのかよ! 競馬は? パチンコは? あれは未成年がやっても良いのかよ!」
―――太刀川がラブホ? 誰と? ・・・まあ、それは良いとして・・・いや、良くなけど・・・。
飯島さんからの反撃を受けた太刀川はその言葉を受け、一瞬私の方をチラリと見ると、視線を落とし、ワナワナと震え出す。
「そ、そんなこと・・・そんなこと、ここで言う事ねえだろ・・・」
その右手を固く握り締めて、そうなんとか言葉を絞り出す。
「おっ? やっぱ新しい彼女の前で昔の女の話はマズかったか?」
「うるせーーっっ!!!」
ガマンの限界か、握り締めた拳を突き上げると、飯島さんに殴り掛かろうとする。それを必死に浅見さんが羽交い締めにして食い止める。
「健作君、落ち着いて! 落ち着いて!」
「なんだよ健作、やんのかよ!」
「離せ! 離せよー!」
「お前ら子供はみんなそうだ。都合の良い時だけ子供になりやがってよ。そのくせ『口』だけはいっちょ前だ」
「なんだとーー!」
「おい、飯島! お前もやめろって!」
「ううう~~! わぁーーーっ!」
すると全身の力で身をよじり浅見さんから逃れた太刀川は、叫び声とともに自分の部屋目掛けて走って行く。
『ガチャッ! バタンッッ!!!!』
勢いよく扉を開けた彼は壊れるのでは、と思うような渾身の力で、そのドアを閉めた。
「おい、少し言い過ぎだぞ飯島」
太刀川が去ったあと、その沈黙を破るように浅見さんが言う。
「そうよ、少し飲み過ぎよ」
若菜さんもそう言って飯島さんの右手から缶ビールを奪い取る。
「あ、ああ・・・」
急に我に返った様子の飯島さん。太刀川のように暴れ出すようなことがなくて良かったが、場は完全にシラケ切っていた。
「あとで健作君にちゃんと謝っておけよ」
浅見さんはそう言うと自らのイスに腰掛けた。
***
しかしその後も飯島さんはお酒を飲み続け、若菜さんと話したり、たまに私たちの方に来ては凛花と私に話掛けて来た。太刀川家に脈々と流れる「女の子大好き」な血統が、お酒の勢いもありそうさせているのだろうか。
そんな飯島さんを心配しているのか、浅見さんはしきりに「いつもより飲み過ぎだぞ」「もうフラフラじゃないか、なあ?」と音田さんや若菜さんに同意を求めている。
「大丈夫だって、このくらい」
そう言う飯島さん。見た感じ、確かに酔っ払っているのだろうけど、普段の酔い振りを知らないので私にはなんとも言えない。
そんな時間が小一時間ほど続いただろうか。しばらくして右手にはめた高級そうな腕時計に目をやりながら浅見さんが言う。
「おう、もうこんな時間か。食べるのも無くなったし、これ以上飯島が飲むのも心配だから、一旦、お開きにするか」
確かに焼き肉はもちろん、どちらのグループのお鍋ももうカラだ。
「そうだな、俺も研修の準備があるから、一旦引き上げるか」
「研修? なんの研修があるの?」
音田さんの発言を受けて若菜さんが問いかける。
「ああ、整体師協会の倫理研修だよ。最近、個室での施術中に色々とトラブルがあるみたいでね。今晩、Webで研修があるんだよ」
「そうなんだ、大変ね」
「まあ、その後のオンライン飲み会の方がメインだけどね」
「あら、そうなのね」
音田さんと若菜さんがやり取りしている中、私たちは小物を片付け始める。それにしても最近『ワーケーション』と言う言葉を耳にすることがあるが、こんなところに来てまでお仕事なんて、大人って大変ね。
音田さんはチラチラと若菜さんを見ながらそう説明すると、片方だけ外していたイヤフォンを再び装着、浅見さんとタープを仕舞い始める。さっきからチラ見しているその先は、若菜さんの豊満な胸を捉えているのだろうか。
私たちは後片付けを終えると、突然降り出した夕立から逃げるように各々の部屋に戻った。
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