8話 雪乃さん

 太刀川の言っていたとおり、夕食のメニューはカレーだった。


 今回も彼の指示のもと、私たちは作業を分担した。

 そして出来上がったカレー。ルーは子供の頃から親の顔ほども見たアーモンドエキス配合の『アーモンドカレー甘口』。でもその味は今までいつ食べたカレーよりずっと美味しかった。きっと大自然とこの夏の輝きがカレーに絶妙なスパイスを加えているのだろう。


 凛花も私もおかわりをし、四人で作ったカレーはあっという間になくなった。

 太刀川がお鍋の隅に残ったカレーを未練がましくスプーンで掬って食べている。それを見た凛花が「セコすぎだろ!」と笑いながら突っ込む。


 そんな時、となりのタープ内が急にザワ付き始めた。


「大丈夫か?」

「取りあえず座って!」


 その言葉の指示通り、フラフラとイスに腰掛ける雪乃さん。具合でも悪いのだろうか、そのマスク越しの顔は真っ青だ。まあ、もともと色白すぎて良く分からないのだが・・・。


「ちょっと休んでいたらどうだ」

「そうね、一旦、部屋にもどろっか、ね!」


 そんな若菜さんの言葉を浅見さんが遮る。


「いや、バンガローのエアコンは効きが悪い。管理棟に連れて行った方がいいだろう」

「あ、それもそうね。菅野さんに言って二階のゲストルームを使わせてもらおっか」


 そう言うと若菜さんは雪乃さんに肩を貸して立ち上がる。


「大丈夫? 歩ける?」

「ごめんなさい、少し気分が悪くなっちゃって・・・」そう言いながら若菜さんに寄りかかる雪乃さん。支えがなければ立っているのも辛そうだ。

「気にしないで。この暑さで疲れたのよ」

「若菜ちゃんじゃムリだろ。俺が連れて行くよ」


 そう言うと浅見さんは立ち上がり雪乃さんを引き取る。


「そうだ、ゆっくり休んでこい。あそこは冷房の効きも良いし、菅野さんがいるから何かあっても安心だ」飯島さんがまるで他人事のように二人を見送る形で言う。


 そう、菅野さんはあの年齢の男性には珍しく、看護師の免許も持っている。こう言う人里離れた土地ではとても心強い。


 浅見さんの肩にもたれ掛かるように、ゆっくり管理棟に歩いて行く雪乃さん。そんな彼女に対し、フィアンセである飯島さんはと言えば「じゃあ気を付けてな」と言ったきり、あとは音田さんとビールを飲み続けている。


―――あなた、もっと心配したらどう!?


 そんな私の思いとは裏腹に、しばらくして戻って来た浅見さんに対しても、彼は雪乃さんの様子を聞くこともなく、若菜さんの隣でペラペラと楽しそうに話している。


『雪乃さんがいない間に若菜さんと話ができる!』そんな風に見えるのは、私が捻くれているせいなのだろうか。


 相変わらずイヤフォンを耳にしたまま飲み続ける音田さん、楽しそうに会話を続ける若菜さん、雪乃さんの介抱をしてあげた浅見さん。


 みんなは飯島さんのことをどう思っているのだろうか。

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