2話 高級ミニバン

 スライドドアを開けて颯爽と飛び出して来た太刀川は、満身の笑みで私たちに近寄る。いつものように後ろからは真冬まふゆ君が続く。二週間ぶりに見るその姿は相変わらず色白ですらっとしている。


「待たせたな!」

「あ、ううん、大丈夫。私たちも今来たところだし」


 慌てて太刀川の方に視線を戻して答える。


 すると運転席の方から男の人が降りてきた。歳の頃なら二十代後半だろうか。太刀川が「叔父さんが運転してくれる」と言っていたから多分彼がそうなのだろう。小柄な体軀は太刀川とは似ていないが。


「やあ、おはよう! この子たちが健作のガールフレンドかな?」

「ガールフレンド??」


 訝しげな表情で太刀川を睨みつける凛花。一瞬、顔を引きつらせた太刀川に代わって私がその男性に答える。


「太刀川君のクラスメイトの川島玲かわしまれいです。そしてこっちのガラの悪いのが市之瀬凛花いちのせりんか


 そう言って凛花を左手で紹介する。

 今度は私を睨み付けようとする彼女に向かって、その男性が声を掛ける。


「ああ、初めまして! 僕、コイツの叔父の飯島いいじまです」そう言って太刀川の方に一瞬目をやると、「今日はよろしくね!」とすかさず凛花に右手を差し出す。


―――うーん、すかさず握手ですか? 私は即座に太刀川と同じDNAを感じた。


「まあ、暑いから早く乗れよ」


 そう言うと珍しく気を利かせた太刀川が私のサックを持ってくれる。

 ひととおり自己紹介を終えた私たちは太刀川に促されるように車に乗り込む。


 車は3ナンバー、三列シートのミニバン。太刀川と真冬君が二列目、私たちは最後列に乗り込んだ。


「じゃあ、早速行くか! シートベルト締めてな!」


 飯島さんの声を合図に、漆黒に輝く高級ミニバンは発進した。


 出発してからは運転席から飯島さんが私たちのコトを聞いてきたり、太刀川の子供の頃からのやんちゃ振りを得意になって話している。

 それに対してすこぶる機嫌の良い太刀川が受け答えをし、もっぱら私と凛花は聞き役に回った。真冬君に至っては、うん、そうだね、ははは、としか言葉を発していない。


 そんなこんなで私たちがその存在に気が付いたのは、出発して五分くらいしてから。太刀川が彼女に話を振ってからだった。


「・・・ねえ、雪乃ゆきのさん、そうだよね?」


 太刀川の視線の先、飯島さんの隣、つまり助手席に一人の女性が座っていた。


―――えっ? 気配消しすぎでしょ!?


 そう思っていると、その小柄な女性は後ろも振り向かず「そうだったわね・・・」と太刀川に返すと、ぼーっと窓の外を眺めている。


「あ、ああ、紹介が遅れたな! この子は俺の友達の雪乃ゆきの! 白杉雪乃しらすぎゆきのさん! 大学からの後輩。な!?」チラッと彼女の方に目をやり、慌てて彼女を紹介する飯島さん。―――今更ですか!?


 するとそれを茶化すように、飯島さんと私たちに向かって太刀川が言う。


「もう! なんでなんて紹介するかなあ~。雪乃さんは叔父さんのフィアンセなんだ。この秋に結婚するんだ。な、叔父さん!」

「そうなんですね! それはおめでとうございます!」


 初対面の人たちの結婚話を即座に祝福できるほど素直ではないが、一応社交辞令が口を突く。そんな私の目の前では真冬君が「わあ、スゴイ! おめでとうございます!!」と口に手を当てて祝福する素振り。―――素直すぎる・・・。


 しかしそんなやり取りの間も、雪乃さんは窓の外を見たまま、会話に入って来ない。私たちとキャンプなんて本意ではないのだろうか。


 するとそんな様子をずっと黙って見ていた隣の美少女が呟いた。


「本当は結婚なんてしたくないんじゃねえか?」


―――ちょっと! 私は慌てて彼女の口を塞いだ。

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