File 3.  名探偵 初めてのキャンプに浮かれる

第1章 夏だ! キャンプだ! バーベキューだ!

1話 待ち合わせ

 夏休みも後半に入り、長らく続いた猛暑日の連続記録もようやく途絶えた頃。

 一昨日の夜から降り出した雨のお陰で昨日は久し振りに三十度前後の気温に収まったようだ。


 しかし早朝まで降り続いていたその雨も今はすっかり上がり、薄い雲の切れ間からは二日ぶりの太陽が顔を覗かせている。


―――やっぱり私、晴れ女だったのかしら。


 重いリュックサックの肩紐を直しながら空を見上げる。今日はこの夏休みの一大イベント、お泊まりキャンプだ。

 待ち合わせ場所の駐車場にいち早く着いた私は、手持ち無沙汰でスマホを眺める。


―――えーっと、湯ノ瀬村ゆのせむらの天気は・・・曇り? と、その時。


「お待たせ!」元気の良い声に顔を上げると、いつの間にか黒髪の美少女が隣に立っていた。

「あ、凛花りんか。おはよー! 気付かなかったよ」

「なーに真剣に見てたんだよ。また太刀川たちかわからのメールか?」


 まるで良いイタズラでも思いついたかのような顔で、私が手にしたスマホと私の表情とを見比べてくる。


「もう! そんなワケないでしょ!」


 そう、今回のキャンプは先月、太刀川から誘われたことがキッカケだ。

 彼の以前の行いなどもあり、当初は行く事を渋っていた私たちだったが突然、凛花が「オレ達も連れて行ってもらおうぜ」と言い出し、それをキッカケに何となくの流れで行くことになったのだ。


 それに際し、お互いの連絡先を交換した。それ以来、なぜか太刀川からの連絡は凛花にではなく、私宛に来るようになっていた。


 凛花に言わせると「れいに気があるんじゃねえか」とのコトだったが、それはないと思う。恐らく凛花に失礼なメールを送って地雷を踏むのが怖いのだろう。


 改心したとは言え、もともとの無神経な性格が急に治るものではない。悪気はないのだろうが、私宛のメールにも凛花が聞いたらキレそうな言い回しがちょくちょくある。その点は本人にも自覚はあるのだろう。だから当たり障りのない私を連絡係に選んでいるだけだ。


「そんなことより玲、すっげえ荷物だな。何が入ってるんだ?」


 そう言うと私のリュックの底を持ち上げて重さをチェックする素振り。

 私はそんな彼女の格好をマジマジと見やる。


 自慢の黒髪を紺色のリボンで結んだ彼女は、白いロンティーにブルーのスキニーパンツ、背中には「ちょっと街まで」と言った感じのカジュアルな小さなサックを背負っているだけだ。もちろん、手荷物など何もない。


「ねえ、逆に聞くけど凛花、何でそんなに荷物が少ないの?」

「ん? 荷物?」

「そうよ! 着替えは? お泊まりセットは? あと・・・」

「ああ~わかった、みなまで言うなよ」

「もう! キャンプ舐めてるの?」

「いや、ちゃんと着替えは持って来たし」

「じゃあ、シャンプーは? ソープは? 日焼け止めやお化粧道具は? ・・・」

「だから、それは大丈夫だって」

「どう大丈夫なのよ」

「み~んなこの中に入ってる」そう言って私のリュックを摩る。

「・・・・・。」


―――やっぱそう言うことね。


 あまりにも女子力の欠如した「見た目だけ」美少女は、キャンプと言っても通常運転のようだ。


「あ~残念! そのズボラな性格さえなんとかなれば高倉たかくら先輩にも勝てるのにね」

「ん? 高倉先輩がどうかした・・・あっ!!」


 急に奇声を上げた彼女の視線を追って思わず振り返る。

 遠くから真っ赤な自転車に乗って近づいて来る女子。優子ゆうこ


「ヤベ! 優子だ!」

「え、あ・・・なにがマズイの?」

「ばか! マズイだろうよ。これから太刀川たちと会うんだぞ!」


 そっか、私たちは許してもクラスの全員が彼を許しているワケではない。しかも彼が言動を改めてからまだ一ヶ月そこらだ。なのに泊まりがけで遊びに行くなんて、確かに白い目で見られても文句は言えない。


 じゃあどうする? 考える間もなく優子の愛車は私たちの隣で急停車する。


「凛花~~! 玲~~!」


 そう言いながら自転車から飛び降りると、間髪入れずに凛花に抱きついてくる。


「凛花~~久し振り!!」

「あ、お、おう! 久し振りだな」

「玲も! 元気だった?」

「そ、そうね」


―――優子ってこんな子だったっけ?


「な~んかさあ、休みに入ってからバイトばっかなんだよ~! 他の子が次から次へと休み取って遊びに行くから、私ばっか毎日シフト入ってて・・・もう、うつになりそ・・・」

「そ、そうなのね。大変ね・・・」

「ん? 凛花たちどこか行くの?」


 ようやく私たちの様子に気が付いたのか、優子が当然の疑問を投げかけてくる。


「あ、う、うん、これか・・・」


 今の優子の話を聞いて尚更言い出しにくいのだろう、さすがの凛花も口ごもっている。でもこう言う時はヘタに誤魔化すとこじれるばかりだ。


「そう、これからとキャンプ行くの。優子が忙しいのにごめんね!」

「ええ~~いいなぁ~~!」

「今度、優子も行こうよ」

「うん・・・。あ、そうだ! じゃあ久し振りに会った記念に写真撮ろうよ! 凛花のリボン姿もレアだし!」


―――さっきから思ってたけど、久し振りって言っても終業式からまだ二週間だよね? まあ、別に突っ込むところでもないけど・・・。


 私たちは優子を真ん中に自撮りで何枚か写真に収まる。


「やっぱ制服の凛花も良いけど、普段着の凛花も可愛いわ~~・・・」


 そう言いながら、撮り立てホヤホヤの写真を見つめる素振り。


「まあ、写真は何も喋らないからね」


 うっとりしている優子に少し意地の悪い言葉を投げかける。


「速攻でアップして、と・・・」


 そう言うと優子は流行りの写真投稿サイト『写写くらぶ』の画面を開く。


「二人のタグも付けておいたから!」

「はやっ!」


 本当は自分の写真をSNSなどに上げるのは好きではない。だって誰が見るか解らないもん。でも、まあいいか。凛花も多少の負い目があるようで、優子のやることを黙って見ている。


「ヤバ! もう時間だ!」


 スマホに映った時刻を確認したのか、優子が慌てて自転車に飛び乗る。


「じゃあ私、行くね!」

「おう!」

「うん、バイト頑張ってね!」


 私たちの言葉を最後まで聞くことなく、あっという間に彼女は走り去って行く。


「ふ~・・・。なんか罪悪感いっぱいだぜ」

「別にウソは言ってないんだし、良いんじゃない」

「まあな。取りあえず誰と行くのか聞かれなくて良かったぜ。あんなヤツと行くなんて言いづらいもんな」


『プッ、プーーーッ!』


 その時、一台のミニバンがクラクションを鳴らしながら近付いて来た。その窓からは身を乗り出すように大柄な男子が手を振っている。

 どうやら「あんなヤツ」の登場のようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る