※ 夏休みのコンビニにて(市之瀬凛花)

「それで結局キャンプには行くことにしたんですか?」


 レジの中から制服姿のあかりが聞いて来る。

 夏休みも中盤、近くまで来たついでにオレはあかりの働くコンビニ『Sマート』に立ち寄っていた。


「ああ、あれな。ホントは行く気はなかったんだけどな」


 ソストアイス代を電子マネーで支払うと、オレは後輩に少しぶっきらぼうに答える。


「そうなんですね。でもなんか楽しそう!」

「どうかな・・・。それよりレジで喋っていて大丈夫か? 店長に怒られね?」

「あ、今日は店長、五時から出勤なんですよ」

「ふ~ん、そっか。なんかオレが来るときいっつも居ねえイメージがあるが・・・。タイミングの問題か」

「そうかもしれませんね」

「じゃあ、ここで食っちまおっかな」オレはおもむろにその場でアイスのフタを外す。

「あっ、先輩! ホントはココで食べちゃダメなんですよー!」

「わかってるって、堅いこと言うなよ」


 そう言うとあかりは素行の悪いオレの行動を諦めたのか話題を戻す。


「で、店長さんですけど、もし凛花先輩のこと見たら、ひと目で気に入ると思うんですよね! ストレートロングの黒髪と、二重の子は最強にカワイイっていつも言ってますし」

「げっ、きっしょ! オッサンに言われたくねえセリフ第一位だな」

「あ、でも店長さん、まだ二十四歳ですよ。オッサンって感じはしませんけどね・・・」

「はぁ? 二十四? 若い店長だな! ・・・で、その店長ってイケメンなのか? 身長は?」

「はい、イケメンですよ! 背も高いですし。近所の女子高生の間でファンクラブもあるくらいですから」

「マジか!? ・・・な、なら一回くらい会ってやってもいいかな・・・」

「あはっ! 先輩も気になりますか?」

「バ、バカ言え! 気になるっつーか・・・そう、一応『男を見る目』を確かめておかねーとなって・・・。そう、先輩として当然だろ」

「私のですか? うーんどうかなあ。でも奥さんも素敵な方ですし、誰の目から見ても良い感じの人だと思いますけど・・・」

「お、奥さん!? けっこんしてんのか!?」

「はい」

「・・・・・。」

「先輩、どうかしましたか?」

「いや、なんでもねー」


―――ちっ! なんだよあかりのヤツ! 一瞬でも食いついたこっちがバカみてえじゃねえか!


*****


「それよりココって何人で回してんだ?」


 オレはソフトアイスを舐めながら店内を見渡す。


「このお店ですか? ここは店長さん以外だと私とあの子、あと三時から来るバイト君。あと午前中担当している古田さんって言うパートさん。その四人ですかね」


 奥の棚で品出しをしている子を見やりながらあかりが言う。どうやら彼女が「あの子」なのだろう。


「そっか、大変なんだな」


オレはあえて一呼吸入れると、さも社交辞令を装ってあかりに聞いてみる。


「ふ~ん・・・。で・・・じゃあその『バイト君』ってどんなヤツなんだ? まさかまだ結婚してねーよな?」

「はい、バイト君は独身ですよ! 彼もすごく優しくて良い人なんですよ! ここでは私の方が先輩だからってこともあるんですけど、いつも気を遣ってくれて!」

「おっ! いいね~気遣いのできる男子! で、いくつなんだ? ひょっとしてオレより歳下か?」

「いえいえ、バイト君は確か四十五~六歳? ですかね。背が低くて、すごく童顔、ここのメンバーでも一番新人なので、パートの古田さんがそう呼び出して。それから失礼だけどみんながそう呼ぶようになったんだけど、それでもそう呼ばれるのがかえって嬉しいみたいで! ね、良い人ですよね!」

「・・・・・・・。」


―――なんでバイト『』なんだよ! 紛らわしいあだ名付けてんじゃねーよ!!


「ん? 先輩、どうかしましたか?」

「あ、い、いやなんでもねえ」

「でも先輩がそんなに男の人に興味持つなんて珍しくないですか?」


 ぶふぉっ!

 オレは口の中で溶かしていたアイスをき出しそうになりながら必死に否定する。


「ち、ちがうんだよ、オレじゃなくてよ・・・。そう、夏!」

「夏?」

「おう、夏も盛りだろ? オレの周りにも恋に芽生え、サカリの付いたのがうようよいるからよ! 少し聞いてみただけよ!」

「ふ~ん、そうなんですね。あっ、もしかしてキャンプも恋愛に関係あったりするんですか?」


 あかりがキラキラしたなまなざしで聞いて来る。コイツ、意外とカンが鋭いんだよな。

 しかしこう言った話題でもイヤ味のカケラも感じさせないのがカワイイところだ。


「まあ、少しは関係あるかな」


 オレは半月前に起きた事件のことを思い出していた。あの時の相棒の様子・・・。

―――ここはオレが人肌脱ぐしかねえな。


「でも先輩」


 そんなことを考えているオレにカワイイ後輩は容赦なく聞いて来る。


「先輩と川島先輩が泊まりがけのキャンプなんて、色々とヤバくないですか?」

「ヤバイ? 何がヤバイんだよ? 別にオレたち、関係じゃねーし」

「えっ? そう言うカンケイ、ですか・・・?」

「あ、い、いやなんでもねえ」


 オレは自分の頬が若干火照っているのを感じる。


「いえ、そうじゃなくて! たとえば・・・また事件とか起きたりしないですよね??」

「はぁ? 事件? なんでそうなるんだよ!」

「だってこのところ、先輩と川島先輩の周りって立て続けに事件が起きているじゃないですか」


 物騒な話だがこれはあかりの言うとおりだ。先月は立て続けにわがクラスで傷害事件や窃盗事件が発生した。幸い、太刀川が軽いケガをしただけで、大事には至らなかったが、オレの行く先々で事件が起きている感は否めない。

 しかし今回は違う。


「それは大丈夫だな」

「そうなんですか?」


 その問いかけにオレは自信をもって返答する。


「そりゃそうだろ、だってこの話は『学園ミステリー』だ。一歩、学校から出てしまえば事件は起こらない!」


 オレは平均より少し小さめな胸を張って答える。


「なるほど! たしかにそうですね!」

「だろ? だから今回のキャンプは恋愛がメインの話になるはずだ。オレがイケメンをゲットして帰って来る、とかな。もしそうなっても恨むなよ!」

「わぁ、先輩だけズルイです!!」

「あははは・・・!」


 オレはそう盛大に『フラグ』を立てると、レジの前で完食したソフトアイスのカップを、お行儀良くゴミ箱に投げ入れるのだった。




―――「夏休みの一日・市之瀬凛花」(了)

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