16話 モグモグバーガー駅前店③


 私は残りのジンジャーを飲み干すと彼女に聞いてみる。


「それよりさ、なんで凛花は萌絵がやったって思ったの? どこで気付いたの?」


 それに対し彼女は珍しく目を伏せて言う。


「気付いたのは優子のサドルが盗まれた日、つまり月曜日だな」

「えっ? って最初の日じゃない! なんでわかったの? アノ時点じゃあ、萌絵の『も』の字も出て来てなかったわよね?」


 私がそう言うと凛花は少し遠くを見るようなまなざしで続ける。


「そうだな、玲には『も』の字も出て来ていなかったよな。でもオレにはもう出て来ていたんだ、その『も』の字がさ」


 始めは凛花の話に感心していたのだが、なんだかやっぱり少しイライラする。もう、だから勿体ぶらずに早く話してよ! そんな私の気持ちを察してか彼女が言う。


「あの日の昼、オレたちは購買にパンを買いに行っただろ。あの時、教室の出口で萌絵とぶつかったんだ」


 それなら覚えている。いつものようにそそっかしい凛花が彼女と正面衝突した。お陰で萌絵の持ってた紙袋が落ちて・・・って、あの紙袋? 萌絵は「本が入っているだけだから平気だよ」って言ったけど、本当は・・・? そう思っている私に凛花が続ける。


「あの時、萌絵の紙袋の中、なんか堅くてゴツゴツしたモノが入ってたんだ」本人は本が入ってるって言ってたけどな、と言いながらも彼女は確信があるようだった。

「もちろん、その時はそれがサドルだなんて思いもよらなかったけどよ。そしたら帰りにサドル盗難事件だろ? おやおや? ってなったってワケよ」


 そう言う彼女は得意げではあったが、どこか少し寂しそうでもある。


「あとは最近の萌絵の様子だな」

「萌絵の様子?」

「そ。あいつ、最近ことある毎に振り返ってはこっちを見てた。最初は太刀川を睨んでるのかと思ってたんだが、どうも視線が微妙にズレてんだよな。ほら、オレの席は太刀川の隣だろ。斜め前から飛んでくる萌絵の視線の角度は良く解るんだよ。太刀川を見てるならオレの視線ともそんなに外れないはず。それがいつももっと後ろに行ってるんだよな」

「そっか、太刀川君の後ろ、つまり真冬君の席!」

「うん、だと思う」

「授業中も真冬君が気になってチラ見してたってことね」

「まあチラ見ってよりか、オレから見たらに近かったけどな」

「ええ~そうだったの? 私はてっきり太刀川君か私たちを睨んでいるのかと思ったわ」

「まあ、今回は玲の何色かの脳細胞は夏休み中だったからな」

「もう! またその話する!?」


*****


「でもさ」


 私には他にも解らないことがあった。


「でもどうして萌絵はそこまでする必要があったのかなあ? 真冬君にこくるなり話をしたいなら、そんなことまでしなくても直接呼び出して話せなかったのかなあ?」

「まあ、確かに普通はそう思うよな。けどよ、考えてみ、いつも真冬がどう言う状態だったか」

「状態?」

「うん。真冬と二人きりになるには、まずなんらかの形で誘わなくちゃならない。手紙を渡すにしろ口頭で直接言うにしろな」

「まあ、そうだね」

「それに普段、オレたち以外の女子とはほとんど喋らない真冬の交友関係を考えると、まだメール交換なんかもしてなかったんだろうな」

「そうね、私たちだって真冬君のメルアド知らないしね」

「そうなるとだ。真冬を誘うのはかなりハードルの高い作業になる。なんせ隣には常に邪魔者がいるんだからな」

「邪魔者? あっ、太刀川君!?」

「そうだ、ヤツが一番の障壁だ。なんつってもあいつらは高二にもなって一緒にする仲だ。もちろん、他の生徒の目もある。真冬が単独行動するのを待ってたら日が暮れちまう・・・」

「そうね、それは言えるかもね」

「だからまずは一年の時のように、一緒のバスに乗ることで二人きりになる時間を作ろうと画策した。これが『サドル盗難事件』の思惑さ」


 同じバスで通えば二人きりの空間は作りやすい。彼の通学の時間に合せ、それと同じ時間帯のバスに乗ればいい。しかし作戦は失敗し、彼はそのまま自転車通学を続けてしまった。


「真冬がバス通をしないと解った彼女は焦っただろうな。あんな犯罪まがいのことまでしたってのにな。そんで次に考えたのがテキストの盗難だ」

「でもちょっと待って」


 私は一旦凛花の話を止めると、少し気になっていることを尋ねた。


「そこまではだいたいわかったわ。でもさ、その・・・萌絵はなんでそんなに焦ってたのかしら? サドルがダメだったから、じゃあすぐ次の日に別の犯行・・・つまりテキスト盗難? をしなくちゃならなかったのかしら。そんなに焦らなくても良かったんじゃない? 『一日でも早く話がしたい』って気持ちは解るけど」

 

 私はテーブルの上でストローのカラ袋をよじりながらつぶやく。するとそんな手持ち無沙汰の私の手を、そっと凛花の細い人差し指が突いて来る。


「まあ確かにな。そんなに焦ったんじゃ失敗する確率も高くなるのにな」


 そう言いながら凛花は少し寂しそうにその大きな瞳を窓の外に向ける。

 家路を急ぐ人の群れに逆らうように、一組の家族が仲よさそうに駅の方へと歩いて行く。父親らしき男の人が抱えた大きなバックには何が入っているのだろう。一足早い帰省だろうか・・・。


―――帰省? 夏休み? 私の中でようやく脳細胞が活性化して来たのがわかった。


「もしかして・・・もしかして萌絵、夏休みに入る前にって焦ってたのかしら?」

 そう言いながら視線を窓の外から目の前の美少女へと移す。するとそこにはさっきまでも憂いの表情はどこへやら、いつもの悪戯っ子の目をした凛花が微笑んでいた。


―――だからそのドアップの笑顔は反則よ!


「ようやくいつもの玲に戻ったようだな」


 そう言うと彼女は再び話し始める。


「オレも玲の言う通りだと思うぜ。明後日からは夏休みだ。休みが始まってしまえばメルアドも知らない萌絵には真冬と連絡を取れる手段は全くなくなる。『ひと夏の想い出』どころか一ヶ月以上の間、ずっとモヤモヤして過ごさなければならない。だから『明日までになんとか二人きりになる機会を作らなければ』そんな焦りからあの『連続盗難事件』になったんじゃないかな」


 確かに萌絵の視線はずっと感じていた。でもそれは面と向かって言ってきた優子と同じように、太刀川と仲良くしている私たちに対する非難の視線かと思っていた。

 それが真冬君を想う気持ちから来ているものであるとするならば、全ての事象に納得が行く。


「今回は完敗ね。凛花の推理、見事だったわ」

「そんなことねーよ。玲がスランプだっただけさ」


 勝ち負けを争うモノではないが、今回は完全に私の負けだ。振り返ってみれば誰でも解けそうな謎だったわけだが、それは今だから言えること。さっきまでの私には解けそうで何故か解けない、そんな不思議な事件だった。推理にもスランプってあるのかしら。そんなことを考えていると、少しふざけたような口調で凛花が話しかけてくる。


「まあ、何にせよ今年の夏は暑くなりそうだな。特に玲にはな!」

「そうね、暑くなりそうよね・・・って、えっ? ちょっと、『特に私には』ってどう言う意味よ?」

「ん? だからそれはそう言う意味だよ」

「だからどう言う意味かって聞いてんでしょ!」

「ふ、そっか~、アノ冷静な玲がねえ・・・うんうん」

「な~に一人で納得してんのよ!」

「何だまだ気付いてねえのかよ、名探偵さん!」

「も~、ムカ付くわね!」そう言うと私はトレイの中に溜まったゴミのかたまりを凛花に投げつける。

「おっ! 暴力反対! 訴訟だ訴訟!」凛花がそれをかわす素振りをしながら笑う。つられて私も笑う。


*****


「恋は人を狂わせる」

 私は普段、恋愛小説は読まないが、ミステリーの中でさえ時折出て来るフレーズだ。

 何も手に付かず、何も頭に入って来ない。それだけならまだ自己完結の世界だが、中には他人に迷惑を掛ける、サイアクの場合には人を殺めてしまう事態にまで陥ることもあるらしい。ミステリーでテッパンの『痴情ちじょうもつれ』ってやつ。本当に怖い話だ。


 もしかしたら今回の萌絵もそれに似たような状態だったのだろうか。

 普段のおっとりした性格の彼女を考えると、どうしてもその辺がしっくり来ない。私の中での彼女のイメージ、そして今から思えば明らかに見境みさかいを失ったその行動。

 私の心を揺さぶるのは、単に友人として彼女に失望した、と言うことだけではないような気がする。



 もし私が恋をしたらどうなるのだろうか。

 やっぱり勉強も手に付かず、他のことも考えられなくなるのだろうか。


 でも私は恋なんてしない。

 だってそんな価値のある人間だと思っていないし、なにより相手に迷惑を掛けるだろうから。

 でもソレに近い事なら最近あったような気がする。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る