15話 モグモグバーガー駅前店②


 モグモグチーズバーガーが半分くらいになったところで、待ちきれなくなった私は再び凛花に聞いてみる。


「ねえ、結局、今回の騒動って萌絵がやったってことなの?」


 すると指に着いたソースをペロッと舐めると彼女は答えた。


「ああ、そうさ。最初、優子のサドルが盗まれたのも、次の日にかおるこ先生たちのサドルが盗まれたのもな」


 それだけ言うと、待ち切れないとばかりに睨みつけていた残りのバーガーにかぶり付く。


「萌絵ちゃんが全部やったってコト? 何のためによ?」


 萌絵は真冬君に告白した。そのことからも真冬君に執着があるのはわかる。でも何でサドル? それも三個も四個も!?


「(モグモグ・・・)それはアレだ。真冬のケツの匂いでも嗅ぎたかったんじゃね?(モグモグ・・・)」

「えっ? ウソだよね? 萌絵、そんな特殊性癖じゃないよね!?」

「いや、わかんねえぞ~」そう言うといつものように、子供がイタズラする時のような目で私の表情を伺う。―――もう! どこまでが本気なのよ!

「まあ、アレだ。萌絵のターゲットは真冬のだけ、あとは目眩ましだな(モグモグ・・・)」

「目眩まし? ・・・ってか、食べながら話すのやめなさいよ!」

「んぐぐっ! ゲホゲホッ!」


 のどに詰まらせたらしい彼女は目を白黒させながらコーラを一口。左手でその胸をトントンと叩くと再度話し出す。


「まあ、いいじゃんか。それより・・・なんだっけ? そうそう、目眩ましよ」


 ようやく口の中が自由になったらしい彼女が続ける。


「萌絵のターゲットは真冬のサドルだけ。でも真冬のだけ盗まれたらみんなはどう思う? きっと真冬に恨みを持つヤツの嫌がらせ、若しくは真冬に気がある女子の歪んだ性癖、そんな風に思うだろな。それを避けるためまずは関係ない優子のサドルを盗んだんだ。そして次の日に真冬のだけでなく、かおるこ、あかりと女子のサドルも一緒に狙った。これにより「男子の仕業か?」はたまた太刀川の言うように「転売目的か」と色んなミスリードを誘うこともできるってワケよ」


 少し得意げにそう言うと、またストローを口に咥える。


「『木を隠すなら森の中』って言うアレね。でも何でよりによってサドルなの? 真冬君のことが好きならもっと他に盗るべきモノがあるんじゃない?」


『盗るべきモノ』と言う表現が正しいかはともかく、好きな人のサドルを盗んでどうなるんだ、って話だ。そう尋ねると待ってましたとばかりに凛花が言う。


「なんでサドルだったか。それが今回のキーポイントだな。玲の言う通り、好きな人の何かしらが欲しいからって、普通サドルは盗らねえからな。じゃあここで問題! サドルが無くなった人は普通、どう言う行動を取るでしょうか?」


 凛花はそう得意げにクイズを出して来る。も~う! 普段だったらそれは私の役割なのに! どうも今回は勝手が違う。


「もう、そう言うのいいから! 解ってるなら早く言ってよ!」ついつい不機嫌に答えてしまう。

「まあ慌てんなって! そうだな、まずは当時の様子を思い浮かべてみようぜ。まずサドルが盗まれました、自転車には乗れません・・・。こうなったら普通、自転車は諦めるよな。そんで家が遠ければ仕方なくバスに乗って帰る。そしていずれはサドルを買い換えるなり、探し出すなりするだろうが、それまでの間はバスで通うコトになる」

「バス・・・そっか! 通学のバスね! 真冬君と萌絵ちゃんの家は同じ方向。真冬君がバスに乗れば、一緒に通学ができる」

「そー言うこと。萌絵は二年になった今でもバス通を続けている。そして実際、春まで二人は同じ路線のバスで通ってた。多分、同じ時間のバスに乗り合わせることもあっただろうな」

「確かに! 一年生はバス通が原則だものね! 真冬君が自転車通学を始めたのはこの春からのはずよね」

「そう。萌絵もまた以前のように一緒に通いたかったんだろうな。たとえ自転車が乗れるようになるまでの一時いっときだけでもな」

「真冬君とまた一緒に通学したかった」

「ああ。だがそうはならなかった。なんせ真冬のヤツ、サドルが無い状態で立ち漕ぎで通学して来たんだからな」

「萌絵ちゃんからしたら計算が外れたわけね」

「だな。そんで次の手を考えた」

「それがテキストね」


 私は少しずつモヤが晴れてきた頭を必死に働かせる。


「つまり真冬君のテキストを盗れば、彼は新しいテキストが必要になる。学校指定のテキストを売っているのはこの街では萌絵のバイト先の砂山堂書店だけ。テキストを盗めばきっと彼が買いに来る、と。で、真冬君のテキストを盗むつもりが誤ってひとつ前の席の太刀川君のテキストを盗ってしまったってことね」


 眠っていた頭をどうにか動かし、そこまで話した。


「うう~ん、どうかな。オレは『あえて』太刀川のテキストを盗んだ、って思ってんだけどな」

「ん? あえて太刀川君のを?」

「そうさ。ああ見えて萌絵はしっかりしている。直接的なことをするより・・・つまり真冬のを盗るより太刀川のを盗ったほうがバレにくいと思ったのかもな。そうせ同じ結果になるんだからよ」

「同じ結果?」

「そうだろ? 真冬のが無くなれば勿論、真冬が買いに行くだろうし、太刀川のが無くなったってどうせ真冬がパシられる。太刀川が真冬のモノをそのまま取り上げるにせよ、自分のテキストとして買いに行かせるにせよ、な」

「そっか、結果は一緒だね」


 答えが分かればさして難しくもない問題だ。しかしそんな問題ですら解けなかったのだ。私は凛花の解説に潔く頷く。真夏なのにやっぱり私の頭はまだ冬眠中のようだ。


「だから今、萌絵のバッグの中には太刀川のテキストが入っているはず。それを確かめようとしたんだが・・・」

「でも萌絵のことを思って確認しなかったってワケね。でもそれで正解だったのかもね。もし、バッグの中が空っぽだったら大変だったもの」

「いや、それはないなきっと」

「ん? どうしてそう言えるの?」

「萌絵がテキストを盗った場合、そのテキストをどうするかと言う問題だな。まずそのまま教室の机の中に紛れ込ませておく。これはもし他の人に見つかれば自分が犯人だってすぐにバレるからやらないだろうし、実際、さっき見て来たからそれはない」

「ああ、掃除の時、教室内をうろついてたのはそれだったのね」

「そう。次にテキストを処分すると言う選択肢」

「そうよ、普通だったら学校や帰りのどこかで捨てるなり隠すなりしそうじゃない?」

「うん、普通はな。でもよ、アノ萌絵だぜ。あんだけ本に命賭けてる萌絵が本をそんな粗末にするとは思えないんだよな。となるとバッグに入れて家まで持って帰るってのが妥当じゃないかと」あくまで推論だがな、と凛花は付け加える。

「そっか。絶対はないだろうけど、可能性としては高そうよね」

「でもまあ、玲の言う通り確認しなくて正解だったかもな。大見栄切ってバッグの中まで見たのに、もし何も出て来なかったら探偵として格好悪いからな」

「そこ!?」


 私はどこかしらズレている彼女の『名探偵』としてのプライドに力が抜けた。

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