12話 真冬の思い

 本屋から出て来たのは、真冬君だった。


「えっ? 真冬君!?」私は思わず小声で呟く。


 彼は急ぎ足で近寄る私たちに気付く様子もなく、駐輪場に向かってフラフラと歩いて行く。どこか「心ここにあらず」と言った感じだ。


 サドルが取れたままの自転車、そのカゴに通学バックを詰め込むように押し込む彼に真後ろから声を掛ける。


「おう、真冬!」


 凛花のそのひと言で彼のカラダが一瞬飛び跳ねるようにして硬直する。


「買い物か?」


 マジマジとそのバックを見つめながら凛花が世間話でもするような口調で語りかける。


「あ・・・市之瀬さん・・・」


 振り返った彼は、その発したひとことだけで何かに動揺しているのが一目で解る。


―――ん? 真冬君がアヤシイってこと??


「なにビビってるんだよ。本でも買いに来たのか、って聞いてるだけだろ」


 彼女にしてみれば目一杯、優しい口調で話しているのだろう。しかし、動揺している様子の彼とその性格を考えるに、他愛もない質問にでさえ今はオドオドしてしまうのだろうか。


「う、うん・・・テキスト無くしたから」

「テキスト無くしたのは太刀川だろ? なんでお前が買いに来るんだよ。・・・ってまあこれは意地悪な質問だったな」


―――テキストを真冬君が買いに来る理由? 意地悪な質問?


 相変わらずオドオド・・・というより最近はあまり使わないがしている彼に対し、自分の妄想が無性に気になった私は、失礼だと思いながらもついつい横から口を挟んでしまう。


「真冬君、もしかして萌絵に用があったとか・・・?」 


 すると今までうつむき加減だった彼は、急に顔を上げると驚いた表情でその大きな目を私に向ける。私は瞬時に突拍子もないことを言ってしまったのかと反省する。

 一瞬流れる微妙な空気。その流れを凛花が断ち切る。


「ちょちょちょっ! そうじゃねえんだな玲!」


 そう言って私に向けた人差し指を左右に振った彼女は、次に真冬君の方を見るといつもの調子で彼に尋ねる。


「それで真冬。玲の話じゃないけど、この際だからストレートに聞いていいか?」


 そう言いながら汗で纏わり付いた髪の毛を右手で軽く払う素振り。


―――「ダメだ」って言ってもどうせ聞くつもりのくせに!


「お前さ、萌絵に何か言われなかったか?」


 やはり真冬君の了解も得ないまま、彼にど直球を投げ込む彼女。紛れもない「通常運転」の凛花だ。

 それに対し真冬君は落ち着かない素振りのまま、その透き通るように白い頬を赤らめて下を向く。陽の光を受けてその長い睫が輝いて見える。


―――え? 当たってるってこと? 


「・・・・・。」


 私にはこの場合、彼が萌絵から言われる可能性のある言葉が二通り考えられた。


① テキストを盗んだ犯人は真冬君ではないかと指摘される

② 萌絵から好きとかキライとか・・・要するに恋愛要素のある言葉を投げかけられる・・・


 冷静に考えれば他にも様々なパターンはあるのだろうが、なぜか今の私にはその二つしか思い浮かばなかった。


 三人の間にしばらくの時間が流れた。

 真冬君は自らの自転車に片手を添え、相変わらず下を向いたたまま黙り込んでモジモジしている。畳でも近くにあれば「のの字」でも書き出しそうな雰囲気だ。

 するとそんな微妙な空気を振り払うように再び凛花が口を開く。


「まあ、いいわ。ヤボなこと聞いて悪かったな、真冬!」


 そう言うとくるっと彼に背を向けて本屋の入り口へと向かう。私にも「付いて来い」と言うような目配せをしながら。


―――ええ~、ちょっと! 気になるんだけど!


 そんな凛花の背中に向けて真冬君が声を掛けてくる。


「あのさ・・・」

「ん?」


 振り返った私と凛花に彼が続ける。


「実は僕・・・」


 そう言うと彼は何かを決心したかのように、真っ赤にしたその顔を上げて言った。


「僕・・・萌絵ちゃんに告白された!」

「・・・・・」


―――こ、こ、告白って! 萌絵が真冬君に!!??


 私は自分の心に掛けていた保険が足りなかったことを瞬時に悟った。

 告白されたって!? しかも今の場面でわざわざソレ言う必要あった?

 少しの驚きと大きな動揺。今度は自分の顔が火照っているのを感じる。


 それに反し、我が相棒は想定通りだったのか、全く驚く素振りも見せずに珍しく大人な一面を見せてこう言う。


「・・・悪かったな、無理に言わせちまってよ。それに・・・せっかく良い事があったのにアゲアゲな気分台無しだよな、スマン!」


 そう言って右手を挙げると回れ右、再度、本屋の入り口へと向かおうとする。そんな私たちの背中に、今まで聞いた事のないような真冬君の叫び声が届く。


「でも僕、断ったから!!」


―――断った? 萌絵からの告白を断ったってこと? ってか、ソレ、どっちに向かって叫んでいるの??


 私はいくつもの「?」マークを浮かべたまま、立ち止まって真冬君を見つめる。真冬君もこっちを向いたまま、その場から動かずにいる。


 しかしそんな彼に構うことなく、背中を向けたまま左手を挙げて「じゃあな」のポーズを取った凛花は、右手で私の腕を掴むと本屋の入り口に向けてズンズン進んで行く。どうやら真冬君はこのまま放置するつもりらしい。きっとパニックになっているだろうに!



 一方、凛花に引っ張られるようにして着いて行く私も、頭の中が大渋滞を起こしていた。

 真冬君がテキストを買いに来た。萌絵が告白した。しかし真冬君はそれを断った。更に私たちに向けてわざわざお断りした事を告げる・・・。

 わずか数秒間に起こった、遙か斜め上を行く展開に頭の整理が追いつかない。


 そんな私に構うことなく、店内に入った凛花は更に左奥にあるエスカレーターへと向かう。確か二階は参考書や資格関係の売り場のはずだ。安全のためか妙にゆっくり昇って行くエスカレーター。その間も、私は頭だけでなく、心を整理することにも必死だった。


 さっきの一瞬で自分の心が何か大きく動いた気がしたのだけれど、なんだったかしら? 

 今回の一連の騒動の犯人は真冬君ではない? じゃあ萌絵? いやいや、そこじゃない! 凛花がまた「アゲアゲ」とか言うオヤジ言葉を使ったこと? いや、これも全く違う。

 ええ~っと・・・。


 そんなことを考えているうちに、安全運転のエスカレーターは私たちを二階へと運んだ。




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