4話 真っ赤な自転車


 今日は祖父のところに着替えを届けなければならない。


 掃除当番を終わらせた私は帰り支度を整え、凛花と二人で生徒玄関まで降りて行く。まだ部活のある生徒も多いようで、生徒玄関はまだ閑散としていた。


 お互い、外履きに履き替えると外へ出る。

 昼休みまでは心地よいくらいの天気だったのに、今はまた真夏の太陽が顔を覗かせている。結局、今日も陽射しは絶好調のようだ。凛花が言うようにできるだけ日焼けは避けたい。


 玄関から出て右手に、さっきのベンチが見える。先ほどの木陰はすでに場所を移動し、今は灼熱の光を受けて、白いペンキが光って見える。

 その反対側、左手には屋根付きの自転車置き場がある。今もポツポツと何人かの生徒がカゴにバックを詰め込み、愛車を動かそうとしている。


 そんな中、私たちが校門から出ようかというタイミングで、突然、その自転車置き場から大きな声が聞こえた。


「ええーーっ!! どう言うこと!!?」


 足を止めた私たちは、振り返り気味に声のする方を見る。


「ちょっとちょっと! 見てよコレ!!」


 そこでは私たちの存在に気付いた優子が、こちらに向かって手招きをしている。


「どうしたの?」


 駆け寄った私たちに優子は自分のモノらしき真っ赤な自転車を指さして言う。


「サドルよサドル! 取られちゃったのよ!!」

「サドル?」

「わっ! ホントだ!」


 優子の言う通り、サドルの部分だけ抜き取られた自転車は、その部分だけ鉄のパイプ穴が丸見えになっている。―――自転車泥棒ならぬ「サドル泥棒?」


「もう! だれの嫌がらせよ!」


 見るに彼女の自転車はまだ新しいようだ。


 ちなみにわが柳都学園りゅうとがくえんでは基本的に一年生の自転車通学が禁止されている。

 なんでも以前、入学間もない生徒が通学中、立て続けに交通事故に遭遇。その件に関して教育委員会から指導が入り、「バス通や電車通だとお金が掛る」と言う保護者サイドとの板挟みに合った学園側は、結局、落としどころとして『学園生活に慣れた二年生から自転車通学を許可する』と言う、なんとも中途半端な校則を作った。

 

 そんなワケでおそらく優子も二年生になったこの春に、チャリ通のための自転車を購入したばかりなのだろう。サドルだけ無くしたその愛車は、他のパーツが太陽の光を浴びて哀しくも光り輝いている。


「誰かが盗ったってことよね?」

「それしか考えられないわよ! いったい何のつもりー!?」


 優子の顔は怒りと暑さですでにユデダコのように真っ赤だ。


「信じらんなーい!!」


 口を尖らせる優子に凛花が言う。


「これってよ、もしかして優子のファンが盗ったんじゃねえか?」

「ふざけんなし! それになんでサドルだけ盗るワケ?」


―――ごもっとも! サドルだけ盗ってどうなる。せめて自転車ごと盗むならわからなくもないが。すると興奮状態の冷めやらぬ優子に向かって凛花が言う。


「なぜサドルだけかって? そりゃあ、あれだよ、優子の尻の部分をクンカクンカと・・・むふっ!」

「ちょっと凛花! ま・じ・め・に!」


 そこにちょうど教頭先生が通り掛かった。その広いオデコには早くも汗の粒が浮いている。


「先生! 私のサドル、盗まれたんですけど!!」

「サドル? ・・・ん? って、またお前たちか!?」


 私と凛花の顔を見比べながら少し呆れた表情。

 そう、前回の事件でも現場にいち早く駆け付けた私たちは揃って教頭先生と対面している。きっと先生には事件のそばに決まって顔を現す、いかがわしい私立探偵か何かのように映っていることだろう。


「先生、聞いてます?」


 優子の苛立った声に我に返った様子の教頭先生は、改めて彼女の方を見ると面倒臭そうに聞き取りを始めた。そんな二人のやり取りを野次馬根性丸出しで聞いている私たち。それに気付いたのか、先生はこっちを向くとテンプレのひと言。


「お前たちは早く帰りなさい!」


―――先生、また事件をうやむやにするつもりじゃないですよね?


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