3話 太刀川、真冬君、そして私たち
風があるおかげでやはり今日は外でも意外と過ごしやすい。凛花の黒くツヤのある長い髪を木漏れ日が優しく撫でている。
そんな中、脇でチューチューとストローを吸っていた太刀川が話しかけてきた。
「ところでお前らさ、夏休みって何か予定とかあんの?」
本人はぶっきらぼうに言っているつもりだろうが、前回の事件以前とは明らかに声色が違っている。
「別に用はないけどよ。まあ、オレはバイトもあるし、ヒマではないかな」
―――なにその勿体ぶった言い方。私は凛花の態度まで変わっているのが少し可笑しかった。
「そっかバイトやってんのか。大変だな」
―――大変だな? よもや太刀川の口から人を労うような言葉が発せられるとは! 意外に思っていると今度は真冬君がそれに反応する。
「市之瀬さんもバイトやってるんだね! 実は僕も学校には内緒だけどバイトしてるんだ」
「そうなの?」
クラス一の優等生がバイト、それもおとなしさもナンバーワンの真冬君の言葉に若干驚きを感じる。
「うん、週末だけなんだけどね。駅前の歌声喫茶でバンドの弾き語りやってるんだよね」
「バンド!?」
今度は凛花が驚いたようだ。
優等生でおとなしい美男子がバンドで弾き語りをする。確かに少し意外ではある。ファンが聞いたらギャップ萌え間違いなしだ。
「そ、こいつ案外苦学生なんだぜ。週末の昼間は勉強して夜はバイト。まあ、金のないヤツは稼ぐしかねえよな。ガハハハ!」
・・・太刀川、やっぱり性格は治ってない。
「そんな言い方ねえだろうよ。まあ、俺もだけど学校に内緒ってのはマズいけどさ。みんなしてるぜ、バイト。のうのうと遊んでるのはオマエくらいだ」
「な、なんだと!」
「まあまあ。バイトしてないって点じゃ、私も同じだからあまり言えないわね」
「玲は良いんだよ。部活が忙しいんだし、おじいさんの看病とかもあるんだからさ」
「そんなにみんなバイトしてんのか?」
世間知らずを絵に描いたような太刀川が聞いて来る。
「ああ、例えば優子はファミレスで働いてるし、萌絵は本屋、そんでオレはオケカラ」
「あかりちゃんもコンビニやってるしね」
私も凛花の言葉に付け足す。
考えてみるとこうやってこの意外な組み合わせの四人が、形だけでも普通の会話をしていることが少し可笑しい。つい最近までなら考えられないことだ。
太刀川は残り少なくなったジュースを最後まで飲み干そうと、いまだにジュージューと音を立てて吸っている。これが「金のあるヤツ」の所業だろうか?
しかし、それを保護者のような表情で見つめる真冬君。普段はパシられているけど、案外、真冬君も太刀川のことを嫌ってはいないのかもしれない。
そんなことを考えていると、凛花が思い出したように口を開く。
「で・・・。話は戻るけど、夏休みがどうかしたのか? 前回のお礼ならもういいぜ」
そうそう、なにか私たちに用でもあるのだろうか。
「え、あ、うん。あのよ・・・」
珍しく太刀川が口ごもっている。するとまたもや真冬君が助け船を出す。
「あのね、湯ノ
「えっ?」
「はあ?」
思わず凛花と同時に大きな声が出る。みんなでキャンプ??? それも太刀川と??
そう言えば感染症以来、キャンプが密かなブームになっているらしい。今まではどちらかと言うと男の人主導でやるイメージの強かったアウトドアだが、最近は『キャンプ女子』という言葉もあるくらい、男女問わず市民権を得ているようだ。
―――ってことは泊まりがけ? 少し楽しそうではあるが・・・。
「キャンプなんて・・・オレ、外で寝るのなんてやだぜ・・・それに日焼けもしたくねーし・・・」
一瞬、目を見開いた凛花だったが、本心を見抜かれないようにとでも思ってか、渋い顔で答える。実際、こう見えて彼女、蚊とか虫とかが大の苦手なのだ。イメージではトラでもライオンでも平気そうなのだが。
「それなら大丈夫! キャンプつっても寝るのはバンガローだし、バーベキューやるときはターフ張るから、日陰もあるしよ」
脈ありかと感じたのか、太刀川が早口でまくし立てる。
「勿論、行き帰りはお互いの家まで送り迎えするし! それにバンガローにはエアコンも付いてるから快適だぜ!」
必死にプレゼンする太刀川。それを隣で頷きながら眺めている真冬君。
二人の視線を受けた凛花は一瞬、訝しげなまなざしを太刀川に向けたあと、その視線をずらして校舎の方をぼーっと眺める。
太刀川とは取りあえずこうして会話するくらいにその関係は修復しつつある。しかしそれは、あくまで「クラスメイトとして」最低限の付合いの範疇・・・のはず。凛花が言ったように、私だってまだ彼を全面的に許したわけではない。
そんな中で「一緒にキャンプ」なんて一気に距離を詰められても・・・。
そう思っているはずなのに、キャンプと言うワードを聞いた瞬間、驚きとともに胸が熱くなったのは何故だろう。隣の美少女も珍しく言葉に詰まると、なぜか私の表情を見ては何か考える素振り。
さて、彼女はどう答えるのだろう?
ちょうどどの時、時計をチラ見した真冬君が叫んだ。
「あ、マズイ! もう時間だよ!」
私も慌てて腕時計を確認する。彼の言う通り、午後の授業開始までもう一分を切っている。私たち以外誰もいない校舎の片隅は時間が止まっているようで、時の過ぎゆく感覚がマヒしていた。
「ヤバ! 戻ろうぜ!」
そう言う凛花に続いて立ち上がると、みんな一斉に玄関の中へ駆け込んで行く。階段を駆け上がる太刀川の「じゃ、考えていてくれよな!」と言う言葉と同時に、五限開始のチャイムが鳴った。
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