2話 お昼のひととき

 お昼休み、お弁当を持って来なかった私は、凛花と購買までパンを買いに行くことに。通学バックの中からお財布だけ取り出すと、日直の黒板消しを終えた凛花と一緒に後ろのドアへと向かう。


 するとその時―――


『ガツン!』

「わっ!」

「きゃっ!」


 教室の出口、前を行く凛花と、廊下から入って来た女子が正面衝突! 萌絵もえだ。その持っていた紙袋がドサッと床に落ちる。


「あ、わりい!」

「あ、いえいえ・・・」


 慌てて紙袋を拾い上げる彼女は「ごめん、慌ててた!」と小さく舌を出す。すこしぽっちゃり型の萌絵は、こう言った仕草がやけに可愛い。


「や、オレこそスマン! 中身、大丈夫だったか?」

「え、あ、うん! 本しか入ってないから大丈夫だよ。それより凛花、大丈夫だった?」


 彼女の本好きは有名だ。「いつも本に囲まれていたいから」との理由で、駅前の本屋でアルバイトをしているほどだ。だったらいっそのこと我が文芸部へ、と誘ったこともあるのだが「私、読み専だから」と断られた過去がある。


「大丈夫、大丈夫!」そう言う凛花の後ろから私も言葉を重ねる。

「いつものことだから大丈夫よ! じゃあ、萌絵ちゃん、私たち購買まで行って来るから」

「うん、また後でね!」


 紙袋を抱えながら片手で手を振る萌絵を残し、今度こそ私たちは教室を後にする。


「それにしても凛花、ちゃんと前を見て歩かないと、そのうち大ケガするわよ」

「そっかなあ?」

「そうよ! いつもつまずいて転んだり、人とぶつかったりばっかりじゃない」

「そう言えばそう・・・かな?」

「もう、しっかりしてよね!」

「わったよー!」


 そんな会話をしながら階段を降り、生徒玄関近くの購買へ向かう。


*****


 お昼時の購買は大繁盛だ。長い列に並び、ようやく自分たちのパンを購入、凛花はお決まりのウインナーロール、私はグラタンサンドをチョイスする。

 人混みをかき分けて玄関近くまで戻ると、外からの風がカラダを撫でてくる。今朝まで降っていた雨のせいか今日はそんなに暑くもなく、いつもなら温風機かと思える風も今日は心地よいくらいだ。


「ねえ、たまには外で食べない?」私は思い付きで凛花を誘ってみる。

「ええ~、外でか~・・・」


 一瞬、困惑の表情を見せた彼女だったが、ワンパターンを何より嫌う彼女はすぐにその顔色を変えると「うん、たまにはそれもいいな!」と乗ってくれた。


 玄関から出て右手、部室棟の脇に植えられた木々が優しい木陰を作ってくれている。私たちはその木陰に並んだ白いベンチの片方に腰を下ろすと、早速パンの袋を開けた。


 昼休みも始まったばかり、まだみんな大人しくエアコンの効いた教室で昼食を摂っているのだろう。木陰とは言え、この真夏に外でお昼を食べる奇特な生徒は私たちくらいだ。でもそのお陰で周りに生徒の姿は一人も見えない。みんなとワイワイするのも良いが、できればお昼くらいはのんびり過ごしたい私は、美少女を隣にまったりと食事を始めた。


 そんな中、二人の話題は一週間後に迫った夏休みの過ごし方に。


 私は夏休み明けにある学園祭の準備、凛花には学校には内緒にしているカラオケ店でのバイトがあるが、長い夏休み、それだけでは予定は埋まり切らない。他のことをする時間・・・凛花風に言えば「青春を謳歌する」時間は沢山過ぎるほどある。


「久し振りにプールでも行かね?」

「それよりキャラクターランド行こうよ。ちょっと混むだろうけどさ」

「あと魔法学校シリーズの最新話も封切りになるらしいぜ」

「いいね! それも行こうよ!」


 こうやって色々と計画するのは楽しい。おそらくはその半分も実現せずに終わるのかもしれない。でも、計画を立てること自体が楽しいのだ。社会人ともなればせいぜいゴールデンウイークやお盆、お正月くらいしか連休は取れないだろう。それも長くて一週間とか聞く。

 一ヶ月と言う長期間、それも誰に何を強要されることもなく、自由にできるこの期間を大切に思う。


 そんな楽しさ100%の会話をしながら、パンを食べ終わろうとした頃、急に私たちの脇に人の気配を感じた。ふと顔を上げると、そこには太刀川が仏頂面で立っていた。このまったりとした時間を一瞬で破壊することのできる人物の登場だ。後ろには真冬君もいる。

 その存在を知ってあえて無視を決め込んでいる凛花と私に向かって、彼が左右の手を差し出してくる。


「おい、これ。やる」


 見るとその両手にはパックジュースがそれぞれ握られている。


「なんだよコレ?」


 訝しそうに尋ねる凛花。すると言葉を発さない太刀川に代わって後ろに控えていた真冬君が口を挟む。


「それ、二人で飲んでくれって。太刀川君が選んだの」


―――太刀川が私たちに貢ぎ物? そう思っていると、同じ事を考えていたらしい凛花が私の代わりに言う。


「オレたちに? ・・・おい、なに企んでんだよ!?」


 確かに多少は改善されたとは言え、慇懃無礼、厚顔無恥・・・あとなんだっけ? とにかくありとあらゆる失礼な四字熟語を並べても、今までの彼の言動を表わしきることはできない。そんな彼に容赦ない言葉を浴びせる凛花。

 しかしその言葉に一瞬、眉をつり上げた太刀川だったが、大きく深呼吸をすると小さく口を開く。


「さっきは・・・さっきは悪かったな」


―――ん? 太刀川が謝っている? 凛花ではないが、確かに何か企んでいるのかと疑ってしまう。

 そんな中、またも口を開いたのは真冬君だった。


「太刀川君、本当は二人と仲良くしたいんだって。でもつい、いつものクセでカッとなってしまうって・・・」

「おい、余計なこと言うなよ!」


 すぐさまそれを太刀川が制する。


「ご、ごめん・・・」慌てて声を潜める真冬君。男として頼りない感は否めないが、その端正な顔に伏せた長い睫は可愛らしささえ感じる。


「ふ~ん、そう言うことね。でもな太刀川、この際だからハッキリ言っておくけど、オレたちはまだオマエのやって来たことを許したワケじゃあないからな」

「なっ!」

「ちょっと凛花!」


 私は慌てて二人の間に入る。

 確かに凛花の言い分はわかる。前述のとおり彼は今まで数々の不埒な悪行三昧、その身勝手な振る舞いによって中には登校拒否になった子もいたくらいだ。

 少しその態度を改めたからと言ってすぐに「はいじゃあ仲良くしましょう」とはならないのが普通だろう。

 でも更生するチャンスくらいはあげてもいいのかもしれない。どんな人間だって過ちを改めながら生きて行くのならば・・・。


「ありがとう。お言葉に甘えていただくわ」


 私はそう言うと、彼の左手からパックジュースを受け取る。その行動に触発されたかのように、凛花もしぶしぶと言った表情でジュースを受け取る。

 太刀川はと言えば珍しくほっとした表情。真冬君と一緒にもうひとつのベンチに腰掛けると、自らのジュースに突き刺したストローをチュウチュウと吸い始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る