File 2.  名探偵 初めてのスランプに困惑する

第1章 新たなる事件

1話 木下真冬

7月20日(月曜日)―――


 私の隣で教科書を見つめる彼、木下真冬きのしたまふゆ

 その細身の体軀は有に180センチを超え、色白の肌と小さな顔に二重の大きな目はどこか中性的な雰囲気を醸し出している。そのイケメン振りは他者の追随を許さず、常に学年イケメンランキングの上位に君臨する・・・(※ 個人の感想です)


 まあ、それはともかく、平成の時代に言われた『結婚相手に相応しい理想の男性像』、いたいわゆる『三高さんこう』、彼をそれに当てはめるのなら、


 『高身長』・・・前述の通り充分にクリア。

 『高学歴』・・・クラス委員長も務める現在の彼の成績を鑑みるに、このまま行けばかなり偏差値の高い大学でも受かるだろう。

 そして『高収入』・・・こればかりは高二の現在ではなんとも言えないが・・・。


 兎にも角にも、女子が憧れる要素をこれでもかと兼ね備えた彼は、当然のごとく、クラスの女子からも絶大な人気を誇り、公私ともに充実の青春ライフを過ごしていた・・・かと思えばそんな事もなく・・・。


「オイ! 真冬!」


 前の席から振り返りざま、太刀川たちかわが大きな声で彼を呼ぶ。

 するとそれに過敏に反応し、慌てて顔を上げた彼は太刀川の半分以下の音量で聞き返す。


「・・・なに?」 

「教科書貸してくんね」

「えっ・・・いいけど・・・忘れたの?」

「忘れたから借りるに決まってんだろ」


 そう言うと乱暴に真冬君の教科書を取り上げ、そのまま前を向いてしまう。


 この横暴な男、太刀川健作たちかわけんさく

 半月ほど前にこの学園で起きた暴力事件、彼はその中で頭を強打され、一時は意識を失うと言う被害を受けた。もっともこれだけを持って彼を「被害者」と呼ぶのは些かお門違いな面もある。

 と言うのも彼には彼なりの瑕疵・・・つまりそれだけの被害を受けるに相応の原因があったからだ。なので彼を哀れむ前に、そのあたりは免責して考えなければならない。


 しかし、その一件が多少なりとも彼にお灸を据えたようで、事件解決から二日後、昭和の懺悔のごとくアタマを丸めてきた彼は、自らが迷惑を掛けた面々に対し、土下座して謝罪に回ったらしい。まあ、今更謝罪したところで、彼の「被害者」が負った心の傷が癒えるかどうかは疑問だが。


 そんな経緯もあり、はたから見る限りでは、その横暴な性格も若干は改善され、「相手の気持ちを慮る」と言う彼にとってかなりハードルの高い思考も、少しはできるようになった。

と、思っていたのだが・・・。


 今のような言動を見るに、ワガママで自分勝手な性格は半分も治っていないのかもしれない。


 そんな行動を、正義感の強い私の相棒、市之瀬凛花いちのせりんかが放っておくはずもなく、平気で真冬君の教科書を開いている彼に強い口調で詰め寄る。


「おい太刀川、いい加減にしろよな」

「あァ? なんだよ市之瀬! オマエに関係ねえだろ」

「オレには関係なくても真冬には関係あんだろ!」


 太刀川に負けず劣らず相変わらず地声の大きい彼女は、授業中だと言うのも忘れて遠慮無く噛みつく。


「真冬? ああ、それなら大丈夫だ。コイツは教科書なんて無くてもクラストップだ。だから関係ない」

「それを言うならオマエもそうだろ! 教科書があったってどーせビリ確定なんだから関係ねーし!」

「なんだと、コラッ!」

「なによ、オラッ!」


 恒例行事のごとく私の目の前でいがみ合う二人。そんな二人にこれまたテンプレで先生の叱咤の声が飛ぶ。


『太刀川! 市之瀬! 静かにしろ!!』


*****


「またオマエのせいで怒られただろ!」

「オマエがイチャモン付けてくんのが悪いんだろうが!」


 なおも小競り合いを続ける二人を尻目に、教科書を失った真冬君に声を掛ける。


「教科書、良かったら一緒に見る?」


 すると少し驚いた顔をした彼だったが「ありがとう」と小さく頷くと、静かに机を近づけて来た。気のせいか自慢のその白い肌がほんのりと赤くなっている気がする。


―――もっと気丈になればモテるだろうに。

 

 私はそんなお節介なことを思いながら、二つの机の継ぎ目に合せて教科書を開く。ほのかに真冬君からはせっけんの香りが漂って来る。偏見だが「男子は汗臭いモノ」と勝手に決めつけていた私は、少し不思議な感覚を覚えていた。

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