25話 いわゆる解決編のようなもの①


「私が一番不審に思ったのは例の動画配信なの」


 私は真剣にこちらを見ている二人に向けて、再び話し始めた。それを受けてさっそく凛花が聞き返して来る。


「動画配信? まあ、あれは当然オレも疑ったけどさ。でも結局ヤツの無実が証明されたじゃん。開始時刻が午後二時半、終了が三時十分。一方、太刀川が襲われたのが三時ちょうど。その時間、ヤツは生配信を一度も途切れさせることなく続けていた、よってヤツには不可能。そう言うコトじゃなかったっけ?」

「そうね、彼が『自宅から』配信していたとすればそうなるわね」

「ん? どう言う意味だ? だってヤツも自宅アパートからの配信だって言ってたし・・・まあ、これは何とでもウソを付けるけど、それがウソだって証拠も逆にないじゃんか」

「いいえ、違うわ。アノ配信からも彼が自宅にいなかったことは明確なの」

「明確、ですか?」


 今までじっと話を聞いていたあかりちゃんが凛花より先に聞いて来る。私は二人の顔を交互に見ながら続けた。


「そうなの、彼が自宅にいたと仮定した場合、アノ配信に『入っていなければならない音』が入っていなかったの。ほら」そう言って私はネオンが輝きだした、通りに面したバーガー屋の窓に目をやる。

「入っていなければならない音?」凛花の言葉と同時に二人が小首を傾げながら私の視線に合せて窓の方を見る。

「あっ! 選挙カーか!?」

「その通り!」


 選挙戦も山場を迎えているのだろう、さっきから私たちの席にいても代わる代わる候補者の車が大きなスピーカー音とともに行ったり来たりしているのが聞こえる。


「確かに今、選挙カーはセミや犬の鳴き声なんて比べもののならないほどの騒音だな!」

「そう。しかもあの地域は福山候補の地元らしく、頻繁に選挙カーが行き来しているわ。他の候補者も含め、窓を全開にして配信している彼の動画に、四十分もの間その音声が全く入ってないわけはないの」

「なるほどな・・・」


 感心している凛花に私は更に続けた。


「それにもう一つ、入って無くてはならない音・・・」そう言ってあかりちゃんの方を見る。

「それは昨日、あかりちゃんが教えてくれたわ」

「え? 私がですか?」急に名指しされた彼女が姿勢を正す。

「そうよ。昨日の朝、あかりちゃん話してくれたでしょ」


 昨日の朝とは、高倉裕美子のことを聞くために、一年三組まであかりちゃんを尋ねていった時のことだ。


「凛花がトイレで先に戻ったあと、あかりちゃん、田中君と話してたでしょ、コンビニの近所で道路工事があったって」

「ああ、そうでしたね・・・って、そっか! あの工事は瀬下先輩のアパートの脇でもやっていたはず!」

「そうよ、彼のアパートの近くの道路も陥没するくらい痛んでいたの。それは先日、凛花が身をもって証明しているわ」私は笑いながら凛花の方を向く。

「あっ、オレがコケたあのくぼみのことか!」

「そう。そのくぼみ、さっき見たら綺麗に修復されていたわ。きっとあかりちゃん達が話してた日・・・ようするに事件当日に、直していたのね」

「道路工事の音が配信に入っていないなんて不自然ですもんね!」


 頬を紅潮させ、少し興奮気味のあかりちゃんが言った。


***


「アパートから配信してたんじゃないとすると、じゃあ一体どこから配信してたんだよ?」


 凛花が突っかかるように聞いて来る。


「彼は配信の途中、そうね、ちょうど太刀川君が襲われた三時頃だと思うんだけど、一回、席を外しているのよね」

「ああ、それなら知ってる。確か水分を摂り過ぎたとかで、トイレに行ってたな」

「そう」

「でもよ、それってたった三~四分のことだぜ。その時間で音楽室まで行って襲撃するなんてできるわけ・・・」

「できるわけないと思う?」

「いや待て! 校内のどこかにいたのなら可能だ! 校内、それも音楽室の近くで配信していても声が漏れないところ・・・あっ! そっか放送室とか!?」

「ご名答! さすが凛花ね!」


 軽く持ち上げると一瞬、顔を綻ばせた凛花だったが、すぐ真顔に戻った。


「いや、そうすると別の問題が出て来ないか? だってあそこは防音してんだから、セミや犬の声が聞こえるのは可笑しいだろ? 防音してない図書室でさえ、何も聞こえなかったんだし」


 新しい疑問を持った凛花に、私はさっき瀬下の部屋でも思ったことを順番に話した。

 凛花も言うように、トイレ中断の間に二つ隣の部屋までなら移動できたこと、彼が二台持ちのスマホを使いあらかじめ録音していたセミや犬の鳴き声を流すことで私たちを欺こうとしたこと、更には壁質の微妙な違いなどは、背景の画像からでは判別しずらいこと。


「そっか、もう一台のスマホか。確かにな。まあ、考えてみれば単純なトリックだな」

「そうね、子供でも思いつく考えよね」

「染井先輩、すごいです! 名探偵みたいです!」キラキラした瞳で私を見つめるあかりちゃん。するとそれが気に入らないのか、少し不機嫌な顔で凛花が言う。

「ん~・・・でもよ、そのトリックは解ったとして『ヤツは放送室で配信していた』って断言までできんのかなあ? それって『可能性もある』ってことだけで、放送室にいたのがヤツだって証明にはならないんじゃねえか?」


 凛花は当然の疑問を投げかけてくる。


「そうなの、それだけじゃ彼が加害者だって断言するまでは至らないの。動機やアリバイトリックを使おうとしたのは明確だけど、決定的な証拠にはならないわ。でもね」


 私は少し目を伏せ、頭の中で時系列に言葉を並べた。


「事件のあった日、私たちは図書室で小説の素案を考えていたでしょ」

「ああ、そうだな」

「その時、凛花はトイレに行った」

「確かに行ったな」

「その時、用務員の中島さんに会ったって言ってたわよね」

「ああ、思い出した。確か壊れかけた屋上のフェンスを見に行ってきたとか言ってたな」

「そう、だから今日、玄関にいた中島さんに聞いてみたの『あの前後の時間、三階の廊下付近で凛花以外、誰かに会わなかったか』って」

「あ、さっき話してたのはそれだったんですね」あかりちゃんが下校時の事を思い出して言う。

「でもさ、オレが中島さんに会ったのは図書室に入ってすぐのことだぜ。事件が起きる二時間近くも前だ」

「中島さんは凛花に会ったあと、もう一度屋上に行っていたの。壊れたフェンスに近付かないよう、貼紙をするためにね。そしてその帰り、階段を降りてきたら見たって言うのよ、瀬下君が放送室に入って行くのを」

「瀬下を見た? それ、何時頃の話だよ」

「中島さんが言うには凛花と会ってから三十分後くらい、つまり午後二時頃じゃないかって」

「二時って言えば瀬下の配信が始まる三十分前か。なるほど、アヤシイな」

「そうね。中島さんは瀬下君の名前までは知らなかったんだけど、この前、凛花の補習で学校に来た時の事を覚えていてね。あの時、私たちの前を歩いていた男子に違いないって」

「ああ、あの時か。クソ暑い中、玲が話しかけられた時な」

「うん。その中島さんの証言からも、彼が事件の少し前に放送室にいたのは間違いないの」

「そっか。まあ絶対はないけど、ヤツが犯人って可能性はかなり高くなったってことか!」

「そう。でも凛花の言う通り絶対はない。だけど瀬下君が放送室にいた事実と、逆に前後の時間、あの廊下付近に他の誰かがいたって言う目撃情報はひとつもないのよ」

「ううーん、それってほぼ黒確だな」凛花は腕組みしながら、珍しく真剣な表情でそう言う。


 ちなみにあの日、昼食に出掛けたかおるこ先生も誰にも会わなかったと証言しているし、その彼女はスーパー前の街頭演説会に捕まって他の先生と一緒にサクラをやっていた。これは複数の先生が見ているから逆に彼女が犯人と言うのもあり得ない。まあ、お陰で彼女が昼食を摂れたのは夕方近くになってからだったそうだが。


「だからあとは瀬下君がボロを出すのを待つ・・・と言うか祈るのみだったの」

「そっか、そんな状況で瀬下をアパート前で目撃した、ってことか」

「そうね、だから私も焦ったのかもしれないわね、証拠を掴めるチャンスかもしれない、って」

「それであんな危険な行動に出たと」


 凛花は感心しながらも、私の愚かとも言える行動に少し呆れてもいるようだ。


「で、結局ヤツはボロを出したのかよ」

「ええ、自らね」そう言うと、昼間、瀬下のアパートでの出来事を話した。


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