第5章 ワトソンが探偵したっていいじゃない

24話 シロ確定の二人


「それより結局、何で瀬下が犯人だってわかったんだ? 昨日までは高倉先輩が第一候補だったはずだろ? 決め手はなんだったんだよ」


 すっかり冷めて堅くなったポテトをかじりながら凛花が聞いて来た。隣のあかりちゃんも紙でできたストローをくわえながら興味深そうに私を見つめている。私は自分が導き出した答えを話し始めた。



「まず、高倉先輩がやってないのは解ったわ。って言うより、彼女にはできなかったのよ」

「できなかった?」

「そう、できなかった。実は彼女、右手をケガしているの」

「ケガ?」

「うん。昨日の夕方のこと覚えているわよね」

「ああ、オレが先輩にぶつかった時だろ」

「そう。その時彼女、右手をパーカーのポケットに突っ込んでいたでしょ? 私、手を入れる瞬間、彼女の右手に包帯が巻かれているのを見たのよね」

「包帯を? 知らんかったなあ」

「まあ、あの時は暗かったし、一瞬のできごとだったからね」

「そっか。それで?」

「それで彼女、別れ際にある物を落としているの」

「落とし物を? ああ、玲が拾い上げたあの紙切れのことか?」

「そう。あれ、実は診察券だったの。きっと凛花とぶつかって転んだ時にバッグからこぼれ落ちたのね」

「診察券? だったらやっぱ感染症だったってことか?」

「ううん、違うの。診察券は整形外科のモノだったわ。あの角を曲がってしばらく行ったことろにあるでしょ、大竹整形外科ってのが」

「ああ、たしかに!」

「あ、私そこに掛かったことあります!」あかりちゃんも頷く。

「それで今日、凛花がお母さんを話している時に、先輩に聞きに行ったの。そう、あかりちゃんと玄関で会うちょっと前ね」

 私は今日の放課後、彼女に会いに行った時の事を話した。


「高倉先輩、成績も優秀だから本来、三者面談は今日じゃなかったと思うんだけど、ずっと休んでいたでしょ。で、昨日会った時に『明日から学校へ行く』って言ってたから、面談で残っているかなと思って」

「うん、それで?」

「それでね、診察券を返す流れの中で聞いてみたの。『昨日、診察券落としましたよ、本当は整形に通ってたんじゃないですか』ってね」


 高倉先輩はそこまで聞くと、包み隠さず話してくれた。


 音楽部のピアノソロを任されていた彼女。その県内でもトップクラスの腕前は類い希なる練習量から来ていた。しかしそれが災いし、先月末にあった市の大会直前に腱鞘炎を発症。一時はペンも持てないほどだったと言う。やむなく市の大会は大越さんに代役をお願いし、彼女もそれに応えて見事県大会に進めることになった。しかし大越さんの力量では「市」では通じても、夏休み明けにある「県大会」では通用しない。それを誰より解っている先輩は右手を治すことに専念した。また学校や部活を休んでいたのは右手を庇うこともあるが、何より自分がケガをしていることで大会前の部内に不安や動揺を与えたくないと言う思いからだった。


「そっか、そんなことがあったのか」


 私の話を聞き終わった凛花がため息混じりにつぶやく。


「右手がそんな状態じゃ、思いっきりこん棒を振り下ろす事も、太刀川を音楽室まで引きずって来ることもできないだろうな」

「そう。それに音楽室は彼女にとっては汚してはならない神聖な場所。ましてや太刀川が倒れていたのはピアノのすぐ脇。わざわざその聖域とも言える場所で犯行を行なうなんて、どう考えてもありえないのよ」

「なるほどな・・・。それで高倉先輩は玲の中でシロってことになったワケか」

「そうなの。本当は真っ先に凛花に伝えたかったんだけど、お母さんとお話ししている最中だったでしょ。だから、お昼に話そうかと思ってね」

「そっか、タイミングが悪かったな。じゃあ結局、感染症に罹ったなんて実は嘘っぱちだったんだな」

「そうね、だから隔離期間であるはずの昨日も出歩いてたってわけね」

「そうだな。プライド高い分、自宅待機とか言う決まりを先輩が守らないわけないもんな」凛花はすっかり砂糖水になったであろうコーラを飲み干して更に聞いてくる。

「高倉先輩のことは解った。じゃあ、大越はどうなるんだ? あいつはなんでシロだって断定できるんだ?」

「大越さんはもっと単純よ。凛花と一緒に見た鳩時計でのポラロイドが全てを物語っているわ」


 私は続けて大越さんの無実を二人に話した。


***


 「鳩時計」のスナップ写真に写っていた壁の時計が指していたのは午後三時前後。彼女が音楽室で悲鳴を上げたのが三時二十分頃。大越さんが犯人だと仮定した場合、三時に音楽室で太刀川を襲い、十分間で鳩時計まで行ってパフェを完食し写真に写る。その後、また十分で音楽室まで戻り悲鳴を上げる。瞬間移動でも使わない限りムリだ。いや、ジャンボパフェを食べる時間を考えたらそれができる孫○空でも到底ムリだろう。


「確かに! でもよ、この間も考えたけどその写真が『確実に一昨日のモノ』だってのは証明できるんかな? 日付だけ後で書き足したとかもあり得るんじゃね?」我が相棒は細かくも当然の疑問点を聞いてくる。

「それも確認済だからないの」そう言うと私は再度、今日の午前中のことを二人に話した。


 高倉先輩の教室に向かう途中、廊下にいた大越さんを見付けた私は、例のポラロイド写真について凛花並にストレートに聞いてみた。面倒臭そうにして彼女が差し出したのは一枚のカードと自らのスマホだった。彼女がタップするその決済アプリの中、支払い画面に一昨日の取引が表示されていた ―――『鳩時計にお支払い 780円 7月2日15:06 』


 そして一枚のカード。可愛いらしい鳩のイラストが描かれたのそのカードは「鳩時計」の「パフェポイントカード」だった。赤いスタンプを押したその上に、おそらく店員さんの字であろう、過去の日付と同じような丸みを帯びた字体で「7/2」とハッキリと記入されている。この二つを見るに、彼女がウソをついていないことは明確だった。


「そうか、それだけあれば充分な証拠になるよな」そう頷く凛花。大越さんはないだろう、ここで私はそう判断したことを二人に伝える。

「待てよ? それじゃあなんで大越は『高倉犯人説』にあんなにも乗ってきたんだ? 自分がしてねえなら、高倉だけに擦り付けなくても良さそうなもんだが・・・自分への容疑を逸らすためかな」

「ううーん、それは何とも言えないけど」そう前置きしてから私は思っている事を言った。

「多分、彼女の頭の中には音楽コンクールのことがあったんじゃないかなあ」

「コンクール? 県大会とやらの話か?」

「そう。今、音楽部でピアノソロを弾けるのは彼女と高倉先輩だけよね。実際、先輩が休んだ市の大会では彼女が弾いていた。それで彼女、このまま高倉先輩に何かあれば、県大会でも自分がソロをやれるって考えたんじゃないかしら」失礼な推測だけれど、と付け足して私は言った。

「なるほどな。確かに大越にとって高倉は尊敬できる先輩であるとともに目の上のタンコブ、高倉さえいなければって思いはあったのかも知れないな」

「うん。あの日だってパフェを食べたあと、ピアノの練習をするためにわざわざ学校まで戻って来たくらいだからね。彼女のピアノに対する思いも相当なモノがあったんだと思うわ」


 実際のところはわからない。また彼女が県大会に出たとして、そこで高倉先輩並の演奏ができたかも未知だ。でも、私には自分の推測がある程度、的を得ている気がしていた。



「じゃあ、最後に・・・って言うか、一番大事なとこなんだけど、なんで瀬下が犯人って確信を持てたんだ? それを教えてくれよ」


 凛花が身を乗出すようにしてこっちを見ている。隣であかりちゃんも真剣な表情でその黒目がちな目をこちらに向けている。私は最後の決め手となったキーポイントを話し出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る