22話 相棒

 私が彼の股間を蹴り上げ、彼のカラダが「くの字」に曲がった、ちょうどその時だった。


『ドンッ!!!』


 玄関の方から、勢いよくドアの開く音が聞こえた。その直後、大きな叫び声とともに一つの影が瀬下を突き飛ばした。


「玲に何すんだーーーーーっ!!」


 たまらず壁際に突き飛ばされる瀬下。

「ゴツン!」と言う音と「ぐふっ!」と言ううめき声。私の隣に倒れ込んだ彼は、どうやら壁に頭を激突したらしい。


「テメー! このやろーーっ!!」


 彼を突き飛ばしたその影は、今度はその顔面に正拳突き一閃! 更に殴り掛かろうと拳を振り上げる。


「先輩! そこでやめといて下さい!」


 今度は部屋の入り口付近で違う声が響く。さっきの声、そして今の声。

 凛花だ! そしてもう一人は・・・あかりちゃん!?


「大丈夫か!?」ぼやけた視界の中、凛花の整った顔が私を見つめる。

「もしもし! 警察ですか!? 事件です!!」部屋の入り口では警察を呼ぶあかりちゃんの声が聞こえる。


 壁にもたれ掛かっている瀬下と私の間に座る格好になった凛花が、心配そうな顔で私の顔を覗き込んでいる。


「凛花・・・」

「玲、大丈夫か?」凛花が同じ言葉を繰り返す。私は力なく起き上がるとそれに答えた。

「だいじょうぶ・・・ありがとう・・・」

「はい、これ!」あかりちゃんが飛ばされたメガネを渡してくれる。

「あかりちゃん・・・ありがとう」


 ようやくハッキリとした視界の中、壁際の瀬下は小さなうめき声を上げるだけで股間を抱えたまま微動だにしない。先日の太刀川と同じように気を失っているのだろうか。

 私は凛花に支えられるようにして起き上がると、ブラウスの乱れを直す。


「早くここから逃げた方がいいんじゃないですか!?」


 あかりちゃんのセリフに凛花が答える。


「大丈夫、完全にノビてるさ! それにこっちは三人! おまけに空手家が二人もいるんだからよ!」


 フン! 倒れている瀬下に向けた彼女の鼻が、得意げにいっそう高くなったように見える。


「それよりコイツが証拠隠滅しないように見張ってないとな」


 開けっぱなしの玄関の方から、犬の遠吠えが聞こえてくる。カラーボックスのスマホはやはり一部始終を録画しているようだ。彼の意図とは逆に、これが決定的な証拠になるだろう。私はバックから出しかけたモノを、凛花たちに見つからないよう、こっそりと戻す。


***


「それにしても無茶し過ぎだぜ。なんでオレが来るまで待てなかったんだよ」


 瀬下が動かないのを横目で確認しながら、凛花はあまりにも当然な事を言ってくる。


「そうです、もし私たちが間に合わなかったら川島先輩、本当にヤバかったんですからね!」


 上下関係に厳しいあかりちゃんまでもが、その可愛いらしいほっぺたを膨らませながら私に不満をぶつけてくる。


「うん、本当にごめん。彼が出掛けてしまわないうちにって、どこかで焦ってしまってたんだよね」ゴメンね、と更に付け加える。


 しかし二人の胸の内はなかなか収まらないようで、「川島先輩はもっと冷静な判断ができる人だと思ってました」とあかりちゃんが言えば、凛花にいたっては「玲は普段冷静なのに時として暴走する、悪いクセだ」「男子の家に単身で乗り込むなんて常軌を逸している」等々・・・。


 でも、それはふたりが本気で私の身の危険を心配してくれていたことが解るありがたい言葉だった。ありがたいのだが・・・。


 私もかつて無い緊張と言う名の高い山から、一気に安心と言う名の平地に降りてきた反動でかなりハイになっていた。

 しつこく心配してくれる二人に今まで隠していたがつい顔を覗かせてしまう。


「大丈夫だって!! いざとなればこんなヤツの一人や二人、簡単にブチ○せるわよ!!」

「えっ・・・・?」

「・・・・・」


―――あ、ヤバイ!


「ど、どうした玲・・・なんかキャラ変わってんぞ・・・」

「川島先輩・・・少し怖いです・・・」


 目の前でドン引きする二人。


「あ、や、やーだ!」


 私は慌てていつもの表情を作り上げる。


「ち、違うわよ、今のは・・・そう、凛花のマネよ、マネ!」


 一瞬、目が点になった凛花が自分の顔を指さして言う。


「オ、オレの真似!?」

「そうよ、凛花ならそう言うだろうなって! ね。あはは・・・」

「オ、オレそんなこと言うか?」

「あは! 確かに! 凛花先輩なら言いそうです!」


 あかりちゃんの顔が急にもとの愛くるしい表情に戻って頷いてくれる。


「な、なんだとあかり! そんなこと言うとブッ○す・・・」

「ほら!」

「ホントです!」

「ちっ! 図られた・・・!」


 あははは!


 瀬下がすぐ脇で倒れているのもかかわらず、私たちは呑気に笑い合う。彼は相変わらずうっすらと白目を開けたまま小さな声でウンウンとうなっている。



 全開にした窓の向こう、セミの声に混じって遠くからサイレンの音が聞こえてきた。


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