21話 飛んで火に入る・・・


 そんな私の冴えない表情を見かねてか、ついに彼が最後の一手を打つ。突然、芝居がかった大きなジェスチャーをすると「そうだ!」と言って立ち上がった。

 一瞬、身構えた私に対して彼は反対側のカラーボックスに近付く。そしてその上に置いてあった財布を取ると何やら探している様子。やがて「あった」と言う小さな声とともに一枚の紙切れを私に寄越した。


 それは一枚のレシートだった。


『コンビニSマート』


 この近所、そうあかりちゃんがバイトしているコンビニのレシートだ。


「それ、配信の直前にそこのコンビニで買い物した時の」そう言うと彼はまるで勝ち誇ったような、それでいてどこか私の反応を伺うような表情で、残りの麦茶を飲み干した。


『コンビニSマート 7月2日 14:26』


 確かに事件当日、太刀川が襲われる約三十分前の時間だ。この時間にコンビニで買い物して音楽室へ。学校までバスで約二十五分、準備等を考えるとちょうど良いバスがあったとしてもおそらく間に合わない。


「な、俺には不可能だろ」薄ら笑いを浮かべながら、彼はベッドの反対側にあるカラーボックスに再度近付くと何やら作業を始める。


 私は食い入る様にそのレシートを見つめる。日付だけでなく西暦も確かに今年を表わしている。しかし・・・。


―――ん? 私は首を傾げながら、レシートに印字されたある箇所を見つめる―――これ、どう言うこと??


「!?」


 私がハッとして顔を上げるのと、彼が勢いよく窓を閉めるのは同時だった。


「えっ!?」私はとっさにバッグを抱えると慌てて立ち上がろうとする。しかしそんな私の行動を彼が許すはずも無かった。


「待てよ!」


 そう言うと彼は中腰の私をベッドに思い切り押し倒す。その勢いで私のメガネが一瞬でどこかに吹き飛ぶ。


(きゃっ!)叫んだつもりだったが、倒れ込んだ勢いで大きな声が出ない。私は無我夢中でバッグの中へと手を伸ばす。


「おとなしくしろよ!!」


 彼が私の上に覆い被さって来る。


(や、やめてよ・・・)今度は彼の体重と、不安定な態勢のせいで声が出ない。


「おとなしくしろっつてんだよ!!」


 どちらかと言うと小柄な彼だが、こうやって組み合うと悲しいかな男女の力の差は歴然だった。彼は左手で私の口を塞ぐと、右手で私の首を鷲掴みにした。


「おとなしくしてねえと絞め○すぞ!!」


 ぼやけた視界の中、鬼の様な形相をした瀬下の顔がアップになる。押さえつけるその両手は、彼自身の体重も手伝って、必死に身をよじらせてもビクともしない。


―――ダメだ、動けない! そんな私を尻目に、更に顔を近づけた彼が卑猥に笑う。


「ふッ! お前、メガネ取った方がイケてるぞ」


 激しく首を左右に振る私の顔に、彼の吐き出す荒々しい息が吹き掛かる。


 ぼやける視界の中、さっき彼がセットしたのであろう、カラーボックスから伸びるアームの先では、スマホらしきものがこっちを向いて光っている。ぼんやりとした赤いランプが意味するのは録画中と言うことだろうか。


(や、やめ・・・)声にならない言葉が頭を巡る。


 組み合ったまま、必死に抵抗する私。

 でもこの抵抗も時間の問題かも知れない。やっぱり力の差がありすぎる。

 

―――くなる上は! 私はひとつのをする。


 しかし・・・。



 しかし、しばらくしても組み合ったままの彼は、その腕の力を緩めるコトこそなかったが、をするわけでもない。ただただ力ずくで私を押さえつけているだけだ。


―――もしかして迷ってる? それともビビってる?


 ぼやけた視界に映る彼の顔にも困惑の表情が浮かんでいる。


 私は抵抗をするのをやめ、泳いでいる彼のその目を見つめ返す。一瞬、彼の力が弱まる。


―――今だ!!


 私は全身の力で身をよじると、慌てて力を入れ直す彼の股間めがけて自由になった右膝を打ち付ける。


「ぐっ!!」


 態勢が悪いためそれほど力は入らなかったが、それでも私の一撃は彼の「急所」を的確に捉えたようだ。


 と、その時だった。

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