19話 偶然の出会い、必然の流れ
祖父の入院している関屋総合病院はバス停から十数分の距離にあった。今は感染症の影響で、家族の一人だけに限定して面会が許されている。
正面玄関の自動ドアを開けると、見覚えのある老紳士とすれ違った。祖父が以前勤めていた会社の後輩の真田さんだ。「後輩」と言っても、もう50歳は軽く過ぎているであろう、その長身の先にある頭髪には、半分以上白いモノが混じっている。
「あ、こんにちは!」
「おや玲ちゃん。お見舞いかい」
「はい、着替えを持ってきて」
「そう。玲ちゃんも大変だけど、頑張ってね!」
そうにこやかに言うと、軽く片手を挙げて駐車場の方へと消えて行った。
祖父が現役を退いてからもうかなり経つと思うのだが、こうして定期的にお見舞いに来てくれている。
―――確か役員をやっているって聞いたけど、律儀な人よね。
そんな事を考えながら、いつものようにエレベーターに乗り、祖父の病室のある五階で降りる。
ナースステーションに立ち寄り、いつものように面会を申し出と、ちょうど事務作業をしていた担当の看護師さんがやって来た。
「ああ、川島さん。いつも大変ね」
「あ、いえ。面会、良いですか?」
「残念! 今、ちょうどリハビリに行ったところなの。一時間くらい掛かるけど・・・どうする? 待ってる?」
人の良さそうなその看護師さんは自分のことのように「さも残念」といった表情で首を傾げてくれている。
「いえ、着替えを持って来ただけなので・・・すみませんがコレ、渡して貰っていいでしょうか?」一時間待つのは構わないのだが、凛花との約束もある。取りあえず今日は帰ることにしよう。
「それは構わないけど・・・残念ね。きっとお爺さんもガッカリするわ」
「また来ますから」そう言うと名残惜しそうにしてくれている看護師さんに頭を下げ、再びエレベーターへ乗り込んだ。
***
―――さーて、どこで時間潰そうか。
約束の時間までまだ三十分以上ある。一足先にバーガー屋に行ってもいいのだが。
そう思いながらさっき来た道を国道方面に向かってトボトボと歩く。相変わらず大声ですれ違う、例の「福山ナンチャラ」の選挙カー。いつもこの辺りを回っているということは、ここが彼の地盤なのだろうか。
遠くにあかりちゃんのバイト先のコンビニの看板が見えて来る。
その時、すぐ傍らのアパートから若い男の人が出て来た。キャップを被ってマスクをしているが、その猫背の歩き方、間違いない、瀬下だ。この辺りに彼の家があることはあかりちゃんから聞いて知っていた。凛花とこの近くで待ち合わせているのも、それが理由のひとつだ。
彼は神経質そうに玄関の鍵を掛けると、通りに出てくる。どうやら私には気付いていないらしい―――ここが彼のアパートか。
通りに出て来た彼は例によってふらふらとした足取りで大通り方面へ向かう。
―――どこかに出掛けてしまう! そう思った瞬間、思わず声が出ていた。
「瀬下君!」
急に呼び止められた彼は、一瞬、その場で立ち尽くす。ゆっくりとこちらを振り返ると暗い表情でジトっと私を眺めた。いつものごとく、その目に精気は感じられない。
反射的に彼を呼び止めた私だったが、掛ける言葉を考えていたわけではない。珍しく衝動的な行動に出てしまった自分に後悔する。ちょうど車の通りも途絶え、道の上ではセミの鳴き声だけが響き渡っている。
―――どうしよう、凛花だったらここでストレートに切り込むのだろうか。
そんな事を考えているとやがて彼は何事もなかったように背中を向けてまた歩き出してしまう。彼に話しを聞くのは凛花もいる時の方がいい。でも・・・。
『タイミング』 ーーーそんな簡単なワードが頭をよぎる。
「私らしくない」自分でもそう思った。そう思いながらも声が出ていた。
「瀬下君!」今度は少し大きめの声で彼を呼ぶ。また立ち止まった彼が振り向く。
「なんだよ」
「あ、あの・・・ここ、瀬下君の家?」
私の目を追うように彼も自分のアパートの方を見る。
「そうだけど・・・」
「へえ~、そうなんだ・・・」私は意外だった、と言う素振りで小さく頷く。
しばしの沈黙。近くで犬の鳴き声が聞こえる。
「俺、出掛けたいんだけど」彼の声に苛立ちが垣間見える。その右手にはいつものようにスマホが握られている。きっとこれから動画撮影にでも出掛けるのだろうか。私はついに決心して切り出した。
「今、例の事件のこと調べているの」
一瞬、目の動きが止まった彼は面白くなさそうに口を開く。
「で? だからなんだよ? まだ俺を疑ってるわけ?」
「そうじゃなくて・・・」私は即興で考えた方便を使う。
「そうじゃなくて、実はもう他に犯人はだいたい分かったんだよね。ただその・・・太刀川君と色々あった人には念のために再度、聞いて回ってるの。瀬下君にはアリバイがあるから今回の事件とは関係ないと思っているんだけど、白判定を出す決定的な何かがもしあればなあ、ってね」ははは、と愛想笑いを浮かべながら、私は一気に話した。
真上に来た太陽は強い陽射しでアスファルトの上の私たちに降りかかる。額から流れ落ちる汗は、首元を通ってブラウスの中まで入り込んでいる。きっとこの汗は暑さのせいだけではないだろう。胸元にも背中にも、じっとりと肌にへばり付く湿った布地が気持ち悪い。
目を伏せて黙っていた彼が話し出すまでにどれくらい時間があったのだろう。平静を装っているつもりだが、緊張で時間の感覚がマヒしている。
「なるほどね」そう言うと彼は通りとは逆、つまり私の方に向かって近付いて来た。
「だったらもっとちゃんとした証拠、見せようか?」
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