17話 ミス柳都
外はすでに薄暗くなっていた。
しかしこの時間になっても選挙カーとセミの声は相変わらずだ。時計を見ると午後六時を回っている。取りあえず今日は解散、明日までに次の行動をどうするか、お互いに自宅に持ち帰ることになった。急ぎ足で歩く凛花の後を追いかけるように家路へ向かう。
三人までは絞り込めたが、逆にこれから先の方が困難だ。しかも時が経つほど、犯人捜しは難航する事が予想される。その辺も考えているのだろう、凛花の足取りからも多少の苛立ちが窺える。
バス停へ向かう細い小道。左にそびえ立つ『品田御殿』の長い壁が終わり、大通りに曲がろうとしたその時だった。
『ドン!!!』
「きゃっ!」
「いてっ!!」
前を歩く凛花は、通りから曲がって来た女性に正面衝突! その反動で尻餅をついてしまった。
「ちょっと、大丈夫!?」
まるでマンガのようなベタな展開に慌てる私。すると同じく尻餅をついたその彼女が起き上がるなり凛花を睨みつける。
「ちょっと、何やっているの!」
「あっ、悪い悪い、ちょっと急いでたもんでつい」
凛花もお尻をポンポンと右手で払いながらお詫びをひと言。急いでいただけでなく、いつものようによそ見をしながら歩いていたのであろう、珍しく自分の非を認める。
「もう、失礼しちゃうわ!」そう言うとその彼女は、ぶつかった拍子に落としてしまったハンドバックを拾い上げ、さっさと通り過ぎようとする。
「あの! ちょっとすみません!」
「なに?」
振り向いたその整った顔に見覚えがあった。
長い黒髪、すらっとした長身、八頭身のその立ち姿。言うなれば凛花の上位互換・・・我が母校が誇る「ミス柳都」、いや今は重要な容疑者の一人でもある、
「高倉先輩ですよね?」
「ええ、そうだけど・・・。あなたたち、柳都の生徒ね?」一瞬、躊躇った彼女だったが、私たちを見渡すと、更にキツイ視線で睨み付けてくる。
薄いブルーのブラウスにチェックのスカート、このいでたちを見れば、ここら辺の若者にはそれが
「はい、二年の市之瀬です。それとこっちは友人の玲」
「川島玲って言います」
二人の自己紹介を、変わらず苛立った表情で聞いていた彼女は小さくため息をつくと、左手をその細い腰に当てて斜に構える。
「で、だから何の用?」
「あ、いえ、その・・・」私が口籠っていると、またも直球ストレート少女、凛花が核心に迫る。
「いきなりなんですけど、高倉先輩、ウチのクラスの太刀川って男子、知ってますよね?」
本当にいきなりの質問に、さすがの彼女も面食らった表情。しかしそれも一瞬のことだった。少し間を空けるとすぐに答える。
「ええ、知っているわ。それがどうかした?」
「じゃあ、妹さんが太刀川と付き合ってたことも知ってますよね?」
一瞬、考える素振りを見せた彼女だったが、すぐにまた強い口調で返す。
「もちろんよ。あいつには・・・太刀川には随分、ひどいことをされているからね。そこまで言うなら知っているんでしょ、うちの妹が嫌がらせされていることも」
「はい」素直に応えた凛花は間髪入れずに尋ねる。
「じゃあ、やっぱ恨んでますよね、彼のこと」
ストレートな凛花の質問。彼女はどう応えるだろう? センシティブな質問だ、さすがの高倉先輩も言葉に詰まるだろう。しかし先輩は即答した。
「ええ、恨んでいるわ。できればこの手で殴ってやりたいくらいよ」そう言って左の拳を握りしめる。ーーーなんと大胆な発言! その言葉に凛花もすぐに反応する。
「それなら彼、もう殴られたんで!」
「えっ? 殴られた?」
「そうです。昨日、こん棒のようなモノで何者かから頭を一撃! それも学校で。それで彼、失神してしまったんですよ。まあ、命に別状はなかったんですけどね。・・・知りませんでしたか?」
凛花は疑うような口調でそう言うと、彼女の顔色を伺う。
「知らなかったわ」そう言うと先輩は少し目を伏せながら「私、ずっと休んでたから」と急に声のトーンを落とす。
そう、高倉先輩は感染症に罹患したあと自宅待機していたはず・・・いや、医者に確認してないから絶対はないけど、一応そう言う設定にはなっている。それを知っている凛花が続ける。
「そうですよね、先輩、自宅待機なんですもんね」
「ええ」
「じゃあなんでこうやって出歩いているんですか?」
「それは・・・」
最初の勢いをすっかり無くした彼女は俯いたまま黙り込んでしまった。凛花も自分の質問の答えを待つつもりなのだろう、じっと黙って先輩を見ている。
―――ここは私が何か言うべき? 違うよね? そんな時間がしばらく続いた。そんな沈黙を破ったのは高倉先輩だった。彼女は伏せていた目を再び上げると、深呼吸するように胸を張る。そして疑いの目を向けている凛花に再び強い口調で言った。
「つまり私を疑っているのね、彼を殴ったんじゃないかって!」
「すみません、疑っているわけじゃくて、太刀川君に何かしらの恨みを持っていた人全員に聞いているだけで・・・」私は溜まらなくなって口を挟む。
「結局同じ事よね!?」今度は先輩が私にその鋭い視線を向ける。
「玲の言うとおり、恨みを持っている人にアリバイを聞いて回ってるんです。それで先輩もその一人なんで」
「随分ハッキリ言うのね」先輩は少し呆れたような口調で続ける。
「アリバイなんてないわ。しかもあなたたちの言う動機だって私にはちゃんとある。さっきも言ったとおり、なんなら私が殴ってやりたいくらいよ。でも私じゃない。学校にだって行っていない。ずっと自宅療養していたのよ。そして待機期間が過ぎたから今日はこうして出掛けているだけ」そう言うと再度、私たちの顔を見渡しながら挑発するように言う。
「さあどうします、お二人さん。私を学校にでも警察にでも突き出す?」無実が証明されたワケではないのに、すっかり形成逆転だ。結局、世の中、強気に出た方の勝ちなのよね。
「あなたたちの探偵ごっこに付き合うほどヒマじゃないの。何か証拠が見つかったらいつでも言ってちょうだい。明日からは学校にも行くし、私は逃げも隠れもしないわ」そう言うと先輩はすっかり暗くなった小路に消えて行った。
***
「あの態度はどうなんかな」高倉先輩が去ったあとも、私たちはその場に立ち尽くしていた。
「そうね、どっちにも取れる発言よね」
「ああ、太刀川を憎んでいたのは確かだし、殴ってやりたいくらいの気持ちは本当にあっただろうな」
「うん、妹さんが嫌がらせをされていたことも認めたしね」
「でも事件に関しては否定している。しかしアリバイはない、と」
夜になってもじっとりとした暑さがカラダに纏わり付いている。
「ま、また家に帰ってからお互いじっくり考えようぜ」そう言うと凛花はバス停へと歩き始めた。
「あら?」
「どうした?」凛花がその足を止めて振り返る。私は凛花の足元に落ちていた白い紙切れのようなモノを拾い上げる。薄闇の中、かすかに印字されている文字が読める。
「これって・・・」
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