16話 検証


 午後二時からの面談はすぐに終わった。残って勉強をしてから帰ると言うと叔母は一人で帰って行った。これから再度、作戦会議だ。


 図書室は昨日と同じく静まり返っていた。今日も生徒は二、三人しかいない。

 これまた昨日と同じ一番奥の席に陣取った凛花はなにやら真剣に手元のスマホにかじりついている。私は近付いても顔を上げることなく画面を凝視、どうやらイヤフォンで何か聞いているようだ。


「お待たせ!」

「おお玲! 待ってたぜ」顔を上げた凛花の表情が少し緩んだように見える。

「何か聞いてたの?」

「ああ、これか。例の配信だよ、瀬下のな」そう言ってスマホを私に寄越すと片方のイヤフォンを私の耳に突っ込む。画面には瀬下が今までに上げた投稿のサムネが並んでいる。

「なになに『税金泥棒の大行進』?」

「違う違う、その下だよ。『今の政治にどうとか』ってのがあるだろ、瀬下がこっち向いてイキってる」確かにその下のサムネには灰色の壁を背に、得意げな彼がアップになってドヤ顔で映っている。昨日、ここで凛花の画面を覗いた時と同じアングルだ。

「それが昨日のライブ配信のアーカイブだ」


 再生を始めた私に身を寄せながら凛花が続ける。


「配信のアップが三時十分、ライブ配信終了後すぐの時間だろう。そんでトータルの時間が四十分。つまり二時三十分から三時十分までヤツはライブ配信してたってことになる」


 動画サイトの仕様までは良く解らないが、普通に「ライブ終了」⇒「即アップ」と言う流れであればそうであろう。


「これって、違う時間にライブしといて、わざと三時十分に上げたって可能性もあるのかしら」抜け道を探すようにつぶやく。

「オレもそれを疑ったんだ。でも開始から十分後、つまり二時四十分頃の配信を見てみ。ヤツが今回の選挙について指を立てながら知ったかぶりで話しているだろ」私は指先でその時間当りまで飛ばして見る。ちょうど彼が人差し指を立て、今回の選挙は無意味だ、金の無駄遣いだ、などと訴えている。そしておもむろに画面下から下敷きを取り出すと、ぱたぱたと顔を仰ぎ出した。昨日、凛花がこの図書館で私に見せてくれたあの場面だ。このあと、アパートのエアコンが壊れててクソ暑いとかなんとか愚痴が続く。


「あれは確かかおるこ先生が出て行って少ししてからだっただろ」


 そう、かおるこ先生が食事に出掛けたあと、図書室内をふらふらしていた凛花はしばらくしてスマホを使い始めた。最初はネットニュースを見ていた彼女だったがやがて瀬下の動画にたどり着く。その間、およそ二十分くらいだっただろうか。かおるこ先生が出て行ったのが二時二十分、これは二人が図書室の時計を見たから間違いない。となると、多少、私たちの時間感覚に誤差があったとしても、その時間帯に瀬下がライブ配信をやっていたことは間違いない。その配信に細工がなければ・・・。


「念のため、太刀川が襲われた三時まで通しで聞いてみたんだ。でもその間もなにもおかしなところは見当たらない。ちゃんとリスナーからのコメントも読み上げているしな」


 凛花も細工を疑ってみたのだろう。しかしどうやらその線はなさそうだ。これで彼のアリバイは立証と言うことになるのだろうか。

だとすれば次にお昼に聞いた大越さんのアリバイも当たらなくては。


「しっかしヒデえな」配信を聴きながら、私の脇からそのコメント欄をいじっていた凛花がつぶやく。そこには放送コードに思いっきり引っ掛かりそうなコメントがこれでもかと並んでいた。アリバイはともかく、太刀川及び太刀川指示のもと、瀬下がネットで誹謗中傷を受けていたことは事実のようだ。


 流しっ放しになっている瀬下の配信、バックではセミの鳴き声と時より吠える犬の鳴き声が聞こえていた。



***



 午後五時。学校を後にした私たちは「鳩時計」と言うファミレスに来ていた。昼に聞いた大越さんのアリバイを確かめるためだ。


 しかし刑事でもホンモノの探偵でもないJKの私たちにできることなど少ないと思われたのだが・・・。店内に入ってすぐにその目的は達せられた。


 壁一面に張り出されたポラロイド写真。この店一番のウリ『トリプル・ジャンボ・パフェ』それを完食した猛者達が写っている。中には数年前に撮影されたモノだろう、画像が黄ばんでいたり、マーカーで書かれた日付が消えかけているものもある。


 そんな中、左の端、一番新しいと思われる写真に収まる大柄なJK。確かに大越ひとみその人だ。この店シンボルであるレジ脇の大きな鳩時計。その下でこっちを向いてピースサインをしている。その時計が示しているのは二時五十五分辺り。しかも写真には店の人が書いたのであろう、昨日の日付がポップ調の可愛いハートマークと一緒に書かれている。


「この写真が偽造でもない限り、大越のアリバイも成立ってことになるんかな」

「偽造・・・そうね・・・」


 少しの落胆と少しの罪悪感。私たちはじれったそうに案内を待つ店員に促され、力なく奥の席についた。こうしてファミレスに来たついでだ、ここで一回、状況を整理した方が良い。


 私たちは運ばれてきた「トリプル」でも「ジャンボ」でもない普通のパフェをシェアして突き合いながら、推理もどきを始める。


「アリバイは取りあえず置いておいて、動機があるヤツが三人。これは変わらないな」

「そうね、瀬下君や大越さんのアリバイは取りあえず置いておいて、動機と言う点では三人ともあるわね」

「瀬下への誹謗中傷も確認できたし、大越がいじめに近いことをされてたのも本人が認めたしな」

「それに高倉先輩の妹さんへのストーカー行為もね」

「そうだな。そうすると一番アヤシイのは今のところアリバイのない高倉先輩か」

「直接聞いてないからなんとも言えないけど、ずっと学校を休んでいたのは確かだし、自宅待機していたなら太刀川君が襲われた時間のアリバイはなさそうよね」

「じゃあ、本命が高倉先輩で対抗がアリバイに細工の余地の残る大越、そんで単穴が瀬下?」凛花がぶつぶつと独り言をつぶやく。

「いや、やっぱあの陰湿な性格と男であるって事を考えると、瀬下の方が対抗・・・??」

「もう! 競馬やってんじゃないのよ」


 そう言いながらも、私の中での順位付けも同じようなものだった。もっともミステリーの世界では、一番可能性の低い人物が真犯人ってのが鉄板だが・・・。


「いやあ、それにしてもここのパフェはサイコーだよな! 見た目もハイカラだしよ!」


 そう呟きながら、凛花は底に沈んだクリームを未練がましく長めのスプーンで掬い上げている。「ハイカラ」かどうか私にはわからないが、やっぱりここのパフェは評判通りだ。こんなんだったら二つ頼めば良かった。このときばかりは太刀川の暖かい懐が羨ましかった。


『RuyPay!』


 私たちは一人分のパフェ代をスマホ決済で済ませると鳩時計をあとにした。




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