15話 容疑者③大越ひとみ?

「今度は大越さんを調べる必要が出てきたようね」

「そうだな、また容疑者が増えちまったな・・・」アテが外れ続けたせいだろうか、席に戻った凛花にはいつもの勝ち気さが若干、なりを潜めている。


 大越ひとみ。

 確かに凛花が言っていたように第一発見者を疑うのはミステリーでは鉄則だ。しかもさっきの瀬下の話が本当なら、それなりの理由もあったワケだし。


「凛花はどう思う?」

「そうだな・・・まあ、大越さんもアヤシイっちゃあアヤシイわな・・・」


 どうも元気がない。いつも威勢の良い彼女だが意外とメンタルは豆腐なところがある。昨日の事件遭遇時のように実はビビリだったり、今みたいに出鼻を挫かれたりするとすぐにシュンとなってしまう。


「ちょっと凛花! しっかりしなさいよ! あなたが探偵役でしょ!」強い口調で言いながら、私は彼女のその白くて細い右手を優しく握る。一瞬、「ハッ!」とした表情をする凛花。

「そ、そうだな、オレ、探偵だもんな」

「そうよ! まずは少し聞きづらいけど、改めて大越さんに話を聞きに行こうよ!」

「そうだな。瀬下のアリバイとやらも含めて作戦の練り直しだな」

 そう言うと彼女は私の手を強く握り返した。


***


 昨日と同じく、四限が終わるとみんなそれぞれの行動を取り始めた。今日も午後からは三者面談がある。私も二時から叔母とともに面談を受けなくてはならない。


 教室の出口を見ると、瀬下がカバンを下げてダルそうに帰って行くところだった。私たちは急いで五組の教室へと向かった。大越さんが帰ってしまう前に話を聞かなくては。


 幸い大越さんは、午後からも用事があるのか自分の席でお弁当を広げるところだった。彼女も面談がるのか、それとも昨日できなかったピアノの練習だろうか。そんなことを考えていると、ずけずけと彼女の席まで行った凛花が声を掛ける。


「よう、昨日はどうも!」お弁当箱から顔を上げた彼女は一瞬、困ったような顔をする。しかし、すぐに表情を変えるとそのフタを一旦閉じて「昨日はどうも」と同じセリフを返してくる。


「それでさ・・・」そう言うと凛花は少し言葉を選ぶ素振り。

「はい、なんでしょう」対して大越さんは冷めた視線で凛花を見る。

「あの!」良い言葉が浮かばなかったのか、例によって凛花が急に確信に迫る。

「大越さん、昨日聞かなかったけど、君、太刀川にいじめられてたのか?」

「えっ!?」一瞬、固まる彼女。もー、だからどストレート過ぎだって! 私は休み時間にオブラートの使い方を教えなかったことを後悔した。

「あ、いや・・・ちょっと小耳に挟んだもんでさ。気になるとすぐに確かめたくなっちゃうんだよな、オレ!」

「いじめって・・・」少し動揺を見せた彼女だったが、それからは堂々としていた。

「ええ、確かに彼からは色々とヒドイ事を言われたわ。昨日だってあなたたちと別れたあと、わざわざ私を追いかけてきて、何を言うかと思ったら二度と俺の前に現れるな! ってね。まあ、それがいじめって呼べるかどうか解らないけど」


 いや、それは典型的なイジメでしょ。そう思っている私たちに彼女は更に言葉を発する。


「で、それがどうかしましたか? 昨日もコソコソ言ってたようだけど、まさか私が太刀川君を殴ったなんて思ってないでしょうね!」そう言うと私たちの顔を交互に睨みつける。


 私の彼女に対するイメージは、わずか一日で随分と変わった。ファーストコンタクトがあまりにも衝撃的な場面だったせいもあるが、音楽室で会った彼女はかなり動揺してビクビクしていた。失礼だが「体格の割に小心者」、それが偽らざる彼女の印象だった。


 それが高倉先輩犯人説に同調したころから少しずつ変わってきた。今だって凛花の質問に堂々と答える姿はむしろ体格どおり・・・それはさすがに失礼か。とにかく自分が疑われている事に臆することなく、実に堂々としてふてぶてしささえ感じる。しかしウチの凛花も負けてはいない。彼女は正義のためなら実に勇敢だ。


「そこまで言うなら話は早い。アンタも知っているようにこれは事件だ。先公が逃げた以上、私たちが解決するしかない。だから疑わしきは全て疑う」


 今どき「先公」って! それにそれを言うなら「疑わしきは罰せず」だけどね。


「そう、だったら証拠は? 証拠はあるの? あのこん棒から私の指紋でも出て来た?」

「いや、指紋なんて調べてねーけどさ・・・」

「でしょうね。まあいいわ、とにかく私を疑うならそれなりの物証が揃ってからにしてくれないかしら。そうでなくても昨日は半日取られるし、迷惑しているんだからね」


 昨日、喫茶店に勝手に着いてきたのはあなたよ。そう言いたかったがここは大人にならなくては。


「わかったわ。今日は唐突にごめんなさいね。でも、私たちは本気で犯人を突き止めたいと思ってるの。もし何か気付いたことがあったら教えてね」

「ふん、すっかり探偵気取りね。貴方がミステリーを書いていることは聞いたわ。でもここは現実の世界。あまり調子に乗らない方がいいわよ」そう言うと彼女は私たちがいるのにも構わず、閉じていたお弁当のフタを再び開くと、パクパクと食べ始めた。


「凛花、行くわよ」そう言いながら私はその袖を引っ張る。そんな私を無視するように凛花が言った。

「じゃあ、最後に聞くけどよ。アンタ、昨日音楽室に行くまでどこで何してた?」


 一瞬、箸を持つ手を止める彼女。しかしすぐに顔を上げると呆れたような表情でそれに答える。


「今度はアリバイかしら? まあ、いいわ。昨日は三時過ぎまで「鳩時計はとどけい」にいたわ。そこのマスターに聞いてごらんなさいよ」そう言い終わらないウチにおかずのブロッコリーを頬張り始めた。もうこれ以上は受け付けない、と言う意思表示だろう。私たちは彼女の教室を後にした。


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