14話 容疑者②瀬下祐二?
「犯人を確定するつもりが逆に容疑者が増えちまったな」
一限終了後、凛花は開口一番そうつぶやいた。これから瀬下について調査しなくてはいけない。昨日の当事者、太刀川はケガのせいか、それともいつものサボリか知らないが今日は来ていない。多分、後者だろう。都合の良いことに滝沢先生が出張のため今日の二限は自習だ。その時間を利用して瀬下君に探りを入れよう、それが私たちの計画だ。
「そうね、高倉先輩について何が解決したってワケじゃないけど、田中君の話がもし本当だとすると、瀬下君にも動機があった、ってことになるわね」
「そうだな、アイツ、ネットの中と違って実際は陰湿っぽいから、いかにも闇討ちとかしそうだもんな」
「まあ陰湿って点では太刀川君も同じ気がするけどね」
そんな会話をしていると、教室に瀬下が戻って来た。トイレにでも行ってきたのだろうか。「よし、行こうぜ!」そう言うと凛花は勇んで彼の席に向かった。
教室に戻った瀬下はすかさずそのポケットからスマホを取り出すと、何やら画面を操作しはじめた。しかも今日も一回り小型のスマホと二刀流でいじっている。教室内だと言うのに堂々としたものだ。前の席に着くなり凛花が話し掛ける。
「おう、瀬下。相変わらず校則違反に精が出るな」
「ん? なんだよ・・・俺の勝手だろ・・・」ボソボソと話す彼に悪びれた様子はない。
「まあ、確かにそんなのどうでもいいわな。それよりさ、瀬下」そう言うと凛花はその整った顔を彼に近づける。「お前、太刀川が殴られたの知ってるか?」
いつもそうだが彼女の発言はどストレートだ。今度オブラートの使い方を教えた方が良いかもしれない。しかし凛花のカウンターが効いたのか、それを聞いた瀬下は一瞬、その目を泳がせる。
「おっ? 知ってるっぽいな?」
「あ、いや、知らねえよ・・・そんな話・・・」
「本当か? なんか落ち着きがねえぞ」凛花も彼の目の動きを読み取ったのか、疑り深い視線を彼に浴びせる。
「し・・・知らねえって。・・・それに落ち着きなくなんてないし」
まあ確かに彼が挙動不審なのはいつもの事で、なにも今日に限った事ではない。これが動画配信となると急に饒舌に話し出すから人間ってわからない。
「本当にそうか?」相変わらず疑りの視線を彼に投げかねる凛花に、何かを弁明するかのように少しずつ彼が話し出す。
「知らねえけど・・・。まあ殴られたんなら可愛そうなことだな」
「本当にそう思っているか?」
「どう言う意味だよ」
「ふーん・・・まあいいや。それより瀬下、お前、昨日の午後三時頃って何やってた?」
バカ、凛花! その質問は早過ぎるって! 打合せではここで恨みを持ってそうな人を知らないか聞くところでしょ!
「ど、どう言う意味だよ! 俺が殴ったとでも言いたいのかよ!」
「あ、いや・・・順番間違えた。・・・って、ええーいもう良い! どうなんだ? 何やってたか言えよ!」―――あちゃー、サイアクの展開! ただ単に感情でぶつかって行く凛花を残念な気持ちで見つめる。
「なるほどね。俺を疑ってるわけね」しかし彼はそう言うと怒った素振りも見せず、淡々と話し出す。
「まあ、確かにヤツのことは気に入らない野郎だとは思っているよ。実際、ネットで嫌がらせも受けたしね」―――アレ? 自分からそれ言っちゃうの?
「だけど殴るだなんて、そんなバカな事はしないさ。だって仮にも俺はインフルエンサーだよ? あんなヤツ、構うわけないじゃん」
そう言うと彼は得意げにスマホの画面を見せてくる。
「ほら、動画サイトで4,000人、あと写真投稿サイトとつぶやきサイト、その他諸々合せれば2万人以上のフォロワーがいるんだよ。その俺があんな校内でしか威張れないヤツ、相手にするわけないだろ」
出たー、定番の「フォロワー自慢!」どうしてみんな少しフォロワーが増えると、決まってその数を自慢するのだろう。どんな相手がどんな意図でそれをしているのか解らないのに。私には不思議でならない。
「それによ、俺以上にヤツを恨んでいる人間なんて山ほどいるぜ。暴力的だし、いじめはするし、おまけに女グセも悪いって話だしな」
今までオドオドしていたのは何だったのだろうか。彼は別人かと思うほど饒舌に話す。よって今、私の目の前では「凛花が黙って聞いて、瀬下が話し続ける」という謎の逆転現象が起きている。
「そういやいじめって言えば、五組の・・・なんて言ったっけな、あのデカイ女・・・そうそう大越だ。大越なんてひでえこといっぱい言われてるようだぜ。『デ○』だとか『ブ○』だとか。まあこれも俺の信者・・・あ、信者ってのはフォロワーのことな。この学校にいる信者たちが書き込みで教えてくれたことだから直接は知らないけどな」
―――大越さん!? 思わぬところで第一発見者の名前が出て来て、私たちは互いに顔を見合わせる。大越さんが太刀川にいじめを受けていた!?
「だからさ、俺のアリバイを調べるんだったら、他に何十人も調べなくちゃならなくなるってこと」そう言うと彼はまた何事もなかったかのようにスマホをいじり始める。
彼の言う事はどこまでが真実で、どこからが彼の妄想の世界なのだろうか。さすがの凛花も思わぬ話の展開に、必死に次の言葉を探しているようだ。
「玲―! 凛花―! ちょっとちょっとー!!」
反対側の席から優子が私たちを呼んでいる。瀬下に聞くべき事も、こうなったら少し作戦を練り直す必要がありそうだ。凛花も伏し目がちに私を見る。
「うん! 今行くーー!」そう優子に応えると渋々と席を立つ。凛花も下を向いたままの瀬下の頭を、未練がましく見つめながらイスを引く。
「あ、そうそう」立ち去ろうとする私たちを向かって少しだけ顔を上げた瀬下が呼び止める。
「アリバイの件だけど、その時間なら俺はユーユー動画でライブ配信してたぜ。今もアーカイブで残ってるから、疑うならアップした時間から逆算して確認してみることだな」
彼のその表情は私たちを蔑むようでも勝ち誇ったようでもあった。
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