13話 ミスター記入例の証言
一階の廊下は登校して来る生徒で混み合っていた。その間を縫うように私たちは三組の教室へとたどり着く。
「ええっと・・・まだ来てないかなあ・・・?」
「その妹さんね?」
「いや、妹は登校拒否って言ってただろ。今日も来ていないんじゃないかな」
「え、じゃあ誰を探してるの?」
「あ、いたいた。おーーい、あかり!!」
彼女が手を振るその先、ショートヘアーの女の子がこっちを振り向く。この前、コンビニでバイトをしていたあかりちゃんだ。
「どうしたんですか先輩!?」登校して来たばかりなのだろうか、近寄って来た彼女の鼻の頭には大粒の汗がいくつも浮かんでいる。でもその汗でさえ、なんだか健康的で輝いて見える。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」そう言うと声を若干潜めて彼女に尋ねる。
「このクラスに高倉って子がいるだろ?」
「あ、
「その子、学校休んでるって聞いたんだけどそうなのか?」
「はい・・・」そう頷くと少し眉毛を八の字にした彼女は、あたりを見渡すと私たちを教室の隅まで誘い込む。
「実は彼女、このところずっと休んでいるんです」
「ああ知ってる。登校拒否なんだろ」
「ちょっと凛花!」あまりにもストレートな言い方に焦って凛花を制する。しかしあかりちゃんは動じることなくそれに応える。
「はい、そうなんです。ちょっと色々あったみたいで・・・」
「ああ、それも知ってるさ。男に振られたんだろ? 太刀川って男に」相変わらず凛花はストレートだ。しかしお陰で展開は早く進む。
「えっ? 振られた? 違いますよ、逆ですよ逆。裕美子ちゃんが振ったんですよ」
「何? 太刀川の方が振られたってのか?」
「そうですよ、あんなに可愛くて優しい裕美子ちゃんが振られるワケないですって!」
自分も充分可愛いと言う事を知っているのだろうか、あかりちゃんはイヤミなくそう言うと、少し悔しそうな表情を浮かべる。
「ん? じゃあ、なんで振った方が登校拒否になるんだ? 普通、逆だろ?」
「それが・・・」
少し考えていた彼女だったが意を決した素振りでハッキリと話し出す。
「裕美子ちゃん、ストーカーに遭ってたんです、その太刀川って先輩に!」
「太刀川がストーカー!?」
「そうなんです!」
似合わない苦々しい表情で吐き捨てるようにそう言うと、あかりちゃんは更に続けた。
「別れた後も太刀川先輩は何度もこの教室に裕美子ちゃんを誘いに来ていました。家にいる時にもしつこくメールとかしてきてたみたいで・・・。最後に聞いた話では「○ね!」とか「地獄に落ちろ!」とか言うラインが五分おきに届いたとかで・・・。それ以来裕美子ちゃん、学校に来なくなちゃったんです」
振られたのは妹の裕美子ちゃんではなく太刀川の方。その太刀川が執拗にストーカー的行為を行なっていた。意外な事実だが、ワガママでプライドの高い太刀川を考えると充分に考えられる事でもあった。
「太刀川のヤロー!!」
あかりちゃんの話が終わると、ここが教室だと言う事も忘れて凛花が声を張り上げる。一瞬、前の席の男子が振り返ったが、私と視線が合うとすぐにまた前を向く。それに気付いたのか、あかりちゃんもまた辺りを窺うように声を潜める。
「で・・・今更なんですが何かあったんですか? 太刀川先輩」
「ああ・・・」少しためらった凛花だったが事件解決のためと思ったのだろう、今までの経緯を掻い摘まんであかりちゃんに話した。
「と言うワケでその高倉先輩の妹について聞きに来たってわけなんだ」
「ええーっ!? それって事件じゃないですか!!」
校内でそんな出来事があったことに相当驚いたのだろう、今度はあかりちゃんが大声を出す。
「しっ! あかり、声がデカイって!!」自分の地声の大きさを思い切り棚に上げて凛花がそれを制する。するとまた前に座っていた男子がこちらを振り向く。
「あのぉ・・・」そう自信なさそうな素振りで私たちに何か訴えたい様子。そんな彼に凛花が聞く。
「ん? なんだ?」
「あ、彼、
「田中一郎? 記入例みたいな名前だな。で、なんか用か少年」
「ちょっと聞こえたんっすけど、太刀川先輩、殴られたんっすか?」
―――ウソだ、聞こえたんじゃない、聞いていたんだ! そう思ったが取りあえず黙っておく。
「ああそうだ。まだ
「やっぱりそうなったか・・・心配してた事が起こっちまった・・・」
「ん? どう言うことだ?」
すると田中君は堰を切ったように話し出した。
「太刀川先輩がやられたんなら、犯人はきっとDJ『UG』っすよきっと!」
「DJ『UG』? 誰だよソレ?」
「一郎、勝手なこと言っちゃダメだよ!」慌ててあかりちゃんが制する。が、彼の話は止まらない。
「DJ『UG』。その名前でユーユー動画やってる二年の瀬下先輩っすよ! 知ってますか?」
瀬下って瀬下祐二? 知ってるどころか同じクラスだ。
「瀬下先輩、太刀川先輩に色々嫌がらせされてたんっすよ。俺も加担させられそうになったこともあるし」
「何だと!? ぐ、具体的に何があったんだよ!」掛かり気味に凛花が尋ねる。
「瀬下先輩のやってる動画チャンネル、内容はイマイチなんだけど先輩の毒舌がウケるみたいで一部の層にはソコソコ人気があるんっすよ。それでその「UG」がこの学校の先輩だって知って、隣のクラスの女子がプレゼントを渡しに行ったことがあるんすね。で、その時は受け取ってもらえなかったらしいんすけど、それが太刀川先輩の耳に入ったらしくて。そしたら太刀川先輩、なぜか異常に激怒して「あんなヤツの配信は聴くな、ヤツとは口を聞くな」って、方々で言い回って。ハイ、俺のとこにも来たっすね。それでそれだけじゃなく仕舞いには「アイツのチャンネルにコメントしろ、バンされるように思いっきり荒らしてやれ」って言い始めて。あ、俺はやってないっすよ。でも中にはヒドイ誹謗中傷を書き込むヤツもいて・・・で実際、瀬下先輩、それが原因かわかんないけど、しばらく配信を休んでたんこともあるんすよ。この前、久し振りにコメントを見に行ったけどすごいことになってたなあ」
彼の話している最中、あかりちゃんは何度も彼の話を止めようとしていたが、結局彼の話は最後まで止まらなかった。それほど誰かに告げたかったのだろうか。
「太刀川が激怒って・・・なんでヤツが怒らなくちゃいけないんだ?」
頭の上にいくつも「?」マークを浮かべる凛花に思い当たる事を言ってみる。
「きっと彼のことだから、瀬下君がちやほやされているのが面白くなかったんじゃないかなあ? 勝手な憶測だけど」
「きっとそうですよ。それにそのプレゼントを渡そうとした子、前に太刀川先輩に声を掛けられて断っているんです。きっとそれもあったんじゃないかと思うんですよね」
今まで黙っていたあかりちゃんもそんな新事実を私たちに教えてくれる。
「ちっ! そんな事があったのか。太刀川の野郎、図体の割にケツの穴ちっちぇなあ!」
「こら凛花! はしたないわよ! それに論点はそこじゃないわ」
今は太刀川の善悪を論じる場合ではない。彼を殴ったのは誰かと言うことだ。もっともこうして話を聞くにつれ私の頭の中には「因果応報」と言う四文字熟語が何度も頭に浮かんで来てはいるのだが。
「やっべ、もうホームルーム始まる! オレちょっとトイレ行くから先戻るわ。あかり、ありがとな!」そう言うと凛花は慌てて一年三組の教室を出て行く。
教室の時計は八時二十分。もうすぐホームルームが始まろうとしていた。
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