10話


 夕方が近づいたとは言え、エアコンの効いていない音楽室はサウナのような暑さだった。私たちが帰ろうとしないことに加え、額から流れる汗、そしてまさかの校内での不祥事。教頭先生はかなり苛立っているようだ。太刀川の言葉に眉間にしわを寄せると語彙を強める。


「犯人だと? ここで犯人捜しなんてしなくて良い! とっとと帰るんだ!」そう強い口調で彼を一喝する。すると途端に流れる白んだような微妙な空気。


 それを察してかさすがに少し気が引けたのだろう、彼の方を向いたまま小声で「もし、心辺りがあるならあとで職員室に来なさい」とだけ言い残すと、ハンカチで額の汗を拭きながらあっさりと音楽室から出て行ってしまった。


「マジかよ!」太刀川と凛花の声が見事に重なる。


 学校側が不祥事を表沙汰にしたくない気持ちは解る。でも、これで本当に良いのだろうか? 凛花たちも同じ思いのようだ。かといって私たち生徒がやれる事は多くはない。やるせない気持ちが募る。


「とりあえずここを出ましょ。太刀川君、心当たりがあるなら職員室に行く?」


 そう言って太刀川を見る。するとどことなく落ち着きのない様子で彼はひとこと。

「職員室か・・・」そう言ったきり黙り込んでしまった。


 そんな彼に対して凛花が提案を持ちかけた。


「なあ、もし職員室がイヤならオレたちが話を聞くぜ。実はみんなには隠してたんだけど、オレたち、今までに何度かこう言う事件を解決して来てるんだ」

「事件を解決だと!?」

「ああ、そうだ。オレと玲、二人でな。あ、でもこのことはみんなに内緒だぜ! もし解ったら、その・・・大騒ぎになるだろ。だからみんなには伏せているんだ」

「本当かよ?」


 疑うような目で凛花を見つめる太刀川。確かに彼女の言っていることは一部正しい。ただしそれは現実世界の話ではなく、あくまで私の書くミステリーの中での話だ。


 学園で起きる様々な事件を通称「凛玲探偵」が解決する。『キラッと参上、キュートに解決!』がそのキャッチフレーズだ。


 だが当然、そんなことを知るはず由もない太刀川は、凛花の話を疑いながらも「マジか・・・」などと凛花と私の顔を見比べている。


「だからさ、これからオレたちに聞かせてくれないかな、その犯人の心辺りとやらをよ」


 しばらく考えていた太刀川だったが、本気で凛花の話を信じる気になったのか「わかった、話すよ。職員室に行くよりマシだからな」と吹っ切れた様子でそう応える。太刀川、ナゼにそこまで職員室を恐れる!?


「そうと決まったらこんなところに長居は無用だ。外に出よう」

「おおそうだな、取りあえず学校から出よう。レンガにでも行こうぜ!」



 レンガとは学校近くの喫茶店だ。

 ふところの寂しい私たちにはあまり用がないが、太刀川が常日頃からそこに入り浸っていることはクラスでも有名だ。金持ちのボンボンはノドが渇いたらコンビニや自販機ではなく、即喫茶店にゴー! だ。


 彼はおもむろに財布の中身を確認。もしかして私たちの分も出してくれるのだろうか。そもそも「女の子大好き」な彼のことだ。私たちとお茶できるのなら安いモノと考えているのかも知れない。


「君はどうする?」凛花が大越さんに声を掛ける。

そうだ、今まで私たちの後ろで気配を消していたが、今回の第一発見者は彼女だ。事件解決(?)には、是非彼女からも来てもらいたいのだが・・・。


「私も・・・行きます」凛花の誘いに一瞬、目が泳いだ彼女だったが小さな声でそう言うとそそくさと先頭で音楽室を出て行った。


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