9話
『警察なんて呼ばなくていい』ーーー
教頭先生の発言に、ここにいるみんなは少なからず違和感を持ったようだ。
「はァ? なんでだよ!? これは事件だぞ、事件!!」
しかし、そう言う太刀川の言葉がまるで聞こえていないかのように、先生は彼に尋ね返す。
「吐き気はあるのか?」
「吐き気!? ・・・吐き気はないけどよ」
「じゃあ、目眩とかはどうなんだ?」
「目眩もないけど・・・だから、そうじゃなくってよ!」
「じゃあ、問題ないな!!」
太刀川の反論を制するように、今までで一番大きな声で教頭先生はそう言い切る。
「問題ないだと・・・?」
まさかの言葉に愕然とする太刀川。私の隣で聞いていた凛花も釈然としない様子で私に聞いて来る。
「ちょっと、これどう言うことよ??」
学校の中で生徒が殴られた。おそらく犯人もこの学校の生徒、若しくは関係者である可能性が非常に高い。もしこれが外に漏れたら大騒ぎになるだろう。学校の警備態勢はどうなっていたのか、放課後に生徒が勝手に空き教室に出入りするのを管理できなかったのか、そもそも教師は何をやっていたのか。
被害者がこうして意識を取り戻し、少なくとも命に別状がない今、できれば事を大きくしたくはないだろう。特に「教頭」と言う立場からすれば。
凛花も私が掻い摘まんで「大人の事情」を話すと、そのヘンをすぐに察したようだ。
「それにしたってよ・・・」
そんな私たちのすぐ目の前、相変わらず太刀川と教頭先生は「呼ぶ、呼ばない」と言い合っている。太刀川としては納得行かないだろう。
一歩下がっていた凛花が、私のブラウスの袖を軽く引っ張る。
「じゃあさ、犯人はどうすんのよ? このまま放置?」
「ううーん、どうだろ? 校長先生が戻り次第、追々と教師間で話し合うことになるのかなあ?」
「追々? 追々じゃあマズイんじゃねえか? 太刀川の言うように、このままだと証拠とか隠されて逃げられるのが関の山だろ?」
大人の事情を察しているからと言って、それを「理解できるか」と言ったらまた別の問題だ。当然、私だって理解も納得も行かない。でも・・・。
「それはそうだけど・・・。教頭先生がああ言っている以上、私たちにはどうしようもないわね・・・」
冷たい、と思われてもそうとしか言えない自分がいる。権力の前には私たち生徒はあまりににも無力だ。
しばらく下を向いて考えていた凛花だったが、思い立ったようにその顔を上げた。
「だったら・・・だったら、オレたちでとっ捕まえようぜ!」
「えっ!? 捕まえる?」
「そう、捕まえるのさ! そうすれば玲のミステリーの題材にもなるし、太刀川の無念も晴らせる! ・・・まあ、ハッキリ言って太刀川のことなんて本当はどうでも良いんだけどよ」
「それは良いけど・・・でもどうやって探すつもり?」
「そこはオレたちの推理力にかかってるさ! まずは容疑者を捜すんだ」
「はぁ・・・」
事件発生時の動揺はすっかり消えたようで、「通常運転」の凛花に戻っている。いやむしろいつも以上に目はランランと輝いてその鼻息は若干、荒くなっているようだ。私としてはハリキリ過ぎて「異常運転」にならないことを祈るばかりだ。
しかしそうは言っても実際、私たちになにができるだろう? そもそも勝手にそんな行動を取って良いのだろうか?
色々なことが頭の中を巡り巡って何も言えないでいると凛花がアゴに手を当てながら話出す。どうやら気分は早くも探偵モードのようだ。
「そもそもよ、こう言う事件ってのはまずは第一発見者を疑うのが鉄則だよな」
前にも触れたが彼女の地声はかなり大きい。凛花の発言に、隣にいた大越さんの肩がビクッ! と反応する。
「ちょっと凛花! 無神経なこと言わないの! これは小説の中の話じゃないのよ!」
慌てた私はあえて大越さんにも聞こえる音量で彼女を諭す。すると状況を理解したらしい彼女も慌てて言い訳をする。
「あ、ちゃうちゃう、オレはあくまで一般論を言ったまでで・・・」
その時、あらかた太刀川から話を聞き終わった教頭先生が私たちに近寄って来た。
「そう言うことだから。彼も元気になったようだし、そろそろみんな帰りなさい」そう言うとうるさいハエか何かを追い払うがごとく、右手を振り、私たちに出て行けというポーズ。
―――このままで帰れって? さすがにそれで良いの? そう思っているとおそらく同じことを考えていたようで太刀川が教頭先生に向かって食い下がる。
「ちょっと待ってくれよ先生! 犯人はどうなるんだよ! 俺、犯人に心当たりがあるんだぜ!」
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