5話

 午前放課だったこともあってか、お昼過ぎの校内は静まり返っていた。

 時折、グラウンドから野球部やサッカー部の掛け声が聞こえて来るが、普通教室棟を挟んだこの特別教室棟にはその声も、あれほど賑やかだった選挙カーの声もほとんど聞こえては来ない。


 そんな中、一段と静かな三階の突き当たり、図書室の更に片隅に陣取った私たちは早速、物語の素案を出し合っていた。


「異世界ファンタジーってのはどうなんだ?」

「ヒューマンものも書いてみたいのよね」

「恋愛小説はオレにはムリ・・・」


 などと喧々囂々けんけんごうごう

 そのうち次第に話題は逸れていき、体育の春日先生は教育実習の先生と不倫してるらしいとか、保健室の真田女史はカラダがエロイ、やって来る男子生徒を狙っているとかいないとか・・・。

 要するに大作を描き上げようとする作家先生からは大きく悦脱し、週刊誌のゴシップ記者へとその軌道は変更されて行った。


 さいわい図書室内は、私たちの他に司書のかおるこ先生、あとは離れた席に二~三人の女子生徒がいるだけで閑散としている。多少、大きな声で話しても迷惑にはならないだろう。

 そんな楽しくも無意味な時間はそのかおるこ先生からの声がけがあるまでしばらく続いた。


「川島さん」

「あ、はい。何でしょうか?」

「悪いんだけど、私これからお昼休みなの。しばらくの間ココ、誰もいなくなるけど良いかしら?」

「はい、別に構いませんけど・・・」


 見渡すとさっきまでいた生徒たちもいつの間にか帰ったようで、広い図書室は私たちだけになっていた。


「そう、じゃあお願いしようかしら」

「て言うか先生、これからお昼なんですか?」

「うん、教頭先生に言われてたレポートが間に合わなくてね・・・。じゃ、お願いね。すぐに戻るから!」


 私たちに目配せすると小さなトートバックを抱えて、かおるこ先生は図書室を出て行った。


「しかしこの時間まで昼メシを食べれないなんて、この学校も意外とブラックだな」


 その背中を見つめていた凛花がつぶやく。壁に掛けられた時計は午後二時二十分。いわゆる普通の昼食時間はとっくに過ぎている。


「さっきトイレに行った時には、中島さんが屋上のフェンスが壊れたって降りて来たしよ」


―――用務員さんまで残業か。凛花の言う通り、緩い校風とは違って働く側からしたらブラックなのかもしれない。


「オレたちもこんなことしている場合じゃないな」そう言うと凛花は、落書きでいっぱいになった手元のノートを一枚捲る。先生の退室を機に、ようやく軌道を戻した私たちは再び創作活動に立ち向かった。


***


 人気のない図書館の中、私は何かのヒントがないものかと過去に文芸部の先輩が出した文集に目を通したり、自分の過去作を振り返ってみたりする。

 凛花は凛花で綺麗に並べられた本棚の背表紙を眺めてはタイトルをブツブツと口にしたりしている。やがてその作業もムダだと判断したのか、私の隣席まで来るとローファーを脱いでイスの上であぐらをかく。そしておもむろに取り出したスマホをタップし始めた。


「ちょっと凛花! スマホは禁止でしょ!」


 私が杓子定規に言うのも聞かず、「誰も居ないんだからいいじゃんか」とサクサクと画面をいじり始める。生徒も皆帰り、かおるこ先生も外出している今、ここは二人だけの空間だ。彼女が彼女らしく自由に振る舞うのも仕方のないことだろう。


「なんか良いネタないもんかね・・・」脇からチラっと覗き見るに、どうやらネットニュースをみているようだ。

「ううーん、カゲキ過ぎるかクソつまんねえか、両極端の話題ばっかだな」

「そんなものよ」私は文集に目を向けたまま答える。

「じゃあさ、ウィキで名作のあらすじ読んで、適当に繋げるってのはどうだ?」

「そんなの正真正銘の盗作じゃない。ムリに決まってるでしょ」

「そっかなあ、うまくアレンジを加えればごまかせると思うんだけどな・・・ん?」


 頬杖を着いていた彼女が急に背筋を伸ばすとスマホの画面を食い入るように見つめる。


「オイ、あいつ、一丁前にライブ配信なんてしてるぞ!」

「なに? 今度は動画?」私は半分上の空で応える。

「ユーユー動画だよ! アイツ・・・瀬下のヤツ、生配信してんぞ」

「え? 瀬下君が?」私もようやく顔を上げると、再び凛花の手元を覗く。

 

 彼女のスマホの中、灰色の壁を背に、カメラ目線で何かをしゃべっているのは確かに瀬下祐二だ。


「何やってんだアイツ。なになに祐二の『UGチャンネル』!? なんだそりゃ!」

「祐二、だからUGチャンネルってわけね。なるほど」

「玲までなに感心してんだよ。なになに、テーマは『昨今の政治にもの申す』だと?? いったいお前何様だよ! ほんとアホだなアイツ」


 確かに凛花の言う通り、選挙権すらまだ持たない私たちに語れる事なんてあるのだろうか。それに彼、確かこの前、公民の赤点補習受けてたはず。


「あはっ! 視聴者数13名だってよ! ウケる!」

「もう、放っておきなさいよ」

「だな! てか逆にこの13人はどう言う思いでコレを見てんのかね? 珍獣好きか?」

「どうだっていいでしょ。それより早くストーリー決めなくちゃ」


 私は油断するとすぐ横道に逸れる凛花にも訴えるつもりで再度、話題を元に戻した。


 壁いっぱいに並んだ本棚の上、高さ二十センチほどの小窓が図書室の端から端まで伸びている。その細長い窓から入る強い陽射しが、真夏が近い事を物語っているようだ。先ほどまで窓際の床を照らしていたその光は、今はわずかに部屋の中央に寄っている。少しずつではあるが、陽は傾きかけているのだろう。

 時刻は午後三時を遙かに回っていた。

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