4話

 四限が終わると各々席を立ってそれぞれの行動を取り始める。

 午後からの部活に備えて食事を摂る者、部室へ向かう運動部の面々、そしていそいそと家路に着く帰宅部の連中。とは言っても家に帰って勉強をするなどと言う感心な生徒はごくわずか。そのほとんどが「どこでメシを食べる?」「買い物に付き合ってよ」などと、大人になる一歩手前のこのモラトリアムを楽しもうと余念がない。


 私も運動部で言う所の自主練に備えて、お弁当箱を取り出す。

 すると私の目の前、速攻で帰るモノと思っていた凛花が立ち上がると、自分の机をその長い両腕で抱えて回れ右、私の机にくっつけてきた。


 平常授業の日であればこうやって二人で向かい合ってお昼を食べるのはごく普通の光景なのだが、彼女は帰宅部。どうしたのだろうか。


「えへへ! 私も弁当を持って来ましたー!」


 そう言いながら、可愛いポシェットから重箱のようなお弁当箱を取り出す。


「じゃじゃーん! 見てくれよ! 今日は超豪華な特製、凛花御膳だぜ!」


 そう得意げに開いた彼女のお弁当箱の中では、ロールキャベツのクリーム煮とおぼしき食材が、綺麗に並んでいる。


「どうだ、うまそうだろ! 玲の分も作ってきたから食べてくれよ」

「これ、凛花が作ったの?」

「とーぜんだろ、オレじゃなきゃ誰が作るって言うんだよ」


 いつもは購買のパンで済ませている彼女が、私の分までもお弁当を作って来るなんて意外だ。


「こう見えてもオレ、女子力高いんだからな!」得意げに言う彼女の鼻はいつもにも増して少し高くなっている。

「すごいじゃない! おいしそう!」

「だろー!?」


 私が珍しく感情をあらわにすると、それに気を良くしたのか凛花の顔が更にほころぶ。こうして大人しく笑っている姿はまさに「正真正銘の美少女」なんだけどな・・・。


「ん? どうした?」

「あ、いやいや、なんでもない、なんでもない! じゃあ、お言葉に甘えていただこうかな!」

「おう、食べて食べて!」


 窓から差し込む陽射しが肌を突き刺す。いくら冷房が効いているとは言え、油断すると窓側だけこんがりきつね色になってしまう。シミ、そばかすは女の大敵! 私は薄手のハンカチを左腕にそっと掛ける。


 そんな中でも二人で食べるお昼は楽しい。目の前の美少女は不用心に大きな口を開けてロールキャベツを頬張っている。彼女からしか摂れない栄養がそこにはある。



 しばらくすると私たちの近くに太刀川が戻って来た。見ると彼がやって来た方向では、二人の女子が通学バックを抱えて逃げるように教室から出て行く。気付かなかったがきっと今まで太刀川に捕まっていたのだろう、可愛そうに。


「なんだよ、ブスどもが・・・」


 そう呟きながら彼はふて腐れた表情、諦めきれないと言った様子で帰り支度を始める。机の脇に掛けたバックを持ち上げると机の中をガサゴソ。そんな彼の動きが一瞬止まった。


「ん!?」


 机の中から何かを取りだした彼は、しばし立ち尽くす。どうやら手にした紙切れのようなものを見ているようだ。


 すると180センチはあろうかと思われる巨体が視界に入るのが気に入らないのか、凛花の表情が曇る。


「ちょっと! こっちはメシってるんだよ! 用がないならとっとと帰れよ!」


 巨体に臆することなく、よせば良いのに凛花がズケズケと突っかかって行く。


「あァ!?」

「凛花! やめときなよ!」


 大人しくしていれば美少女、と言う夢想を撤回し、慌てて凛花を制する。

 いつもだと「凛花の発言に太刀川が反応して言い合いになる」までがお約束だ。


 ちなみにこのクラスで凛花に立ち向かって来るのは、男子と言えどもそうそういない。

 実際の彼女の戦闘力がいかほどのものなのかは不明だが、その「口激こうげき力」の高さと「沸点」の低さから、対抗する男子はおのずと限られているのだ。


 そんな中、数少ない対抗力を持った太刀川が凛花を睨みつけている。

 

 穏やかな昼食タイムは今日もこうして荒々しく幕を閉じる・・・そう思われたのだが、今日の彼は少し違っていた。


「ふん! なんだよヒマ人が!」


 一瞬、キレかけた彼だったが、そう捨てゼリフを残すと、そそくさと教室を出て行った。


「どっちがヒマ人なんだか!」


 姿を消した教室の入り口に向かって凛花も捨てゼリフを吐く。


 今日に限ってなぜ彼が言い返して来なかったのか疑問は残るが、そんなことはハッキリ言ってどうでも良い。平和にお昼を食べれるに越した事はないのだ。

 凛花もこっちを向くと、気持ちを切り替えたのかまたロールキャベツを美味しそうに食べ始める。そんな彼女にふと気になっていた事を聞いてみた。


「そう言えば凛花、午後から学校に用事でもあるの?」

「ん? 午後?」

「そう。だってあなた今日はバイトじゃなかったっけ?」


 うちの学校は基本的に生徒のバイトは禁止。どうしても必要な場合は届けを出す事になっている。しかし、「校則なんて破るためにある」的な発想の彼女がソレを守るワケもなく、隠れてカラオケ店でバイトをしているのを私は知っていた。


「ああ、アレね・・・。バイトはしばらく休業!」

「休業!? やめたの?」

「いや、やめてはないけどさ」

「じゃあどうしたの? 先生に見つかったとか?」

「えへへへ・・・」


 そう少し照れくさそうに笑うと、その大きな目で私を見つめて言う。


「実は玲に付き合おうかと思ってさ」

「え? 私に付き合う?」


 言っている意味が解らず思わず聞き返す。


「そ! 玲、小説のアイディアが思い浮かばないって悩んでたでただろ? だからオレも一緒に考えてあげる」

「それって私と一緒に文芸部に来る、ってこと?」

「ちょい! 『文芸部』つったって玲一人じゃん! どうせ図書室かどっかで孤独に悩むつもりなんだろ」

「まぁ、それはそうだけど・・・」


 何を隠そう、我が文芸部はその部員数わずか三人。しかもそのうちの二人が感染症で現在自宅療養中。自動的に活動は一人で行なうしかない状況だ。


 更に言うならば文芸部はその部室を与えられていない。春に先輩が卒業したことによって、規定の五人に人数が足りていないためだ。なので活動(?)は大体、図書室の片隅でひっそりと行なっている。


「だから前みたいにオレが色々とアイディアを出してあげる」


 そう言うと彼女は最後のウインナーを頬張った。

 確かにある意味、私のそれとは大きく異なる彼女の感性は、いつも刺激的で今までにも何度となくアイディアを貰っていた。


「ありがとう! まじめに嬉しいかも」

「だろ? 今回もオレに任せればきっと大作が書けるさ! 頑張ろうぜ、作家せんせい!」


 そう言う彼女は私以上に嬉しそうだ。


 言葉使いはサイアクで、彼女の言う「女子力」とやらを感じた事は正直あまりないが、「誰かを歓ばせたい、誰かのためになりたい」そんな姉御肌である彼女の本性も私は知っている。


 そして今回も彼女のその好意が、私の創作活動に多大な功績(?)を残すことになるのだった。

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