3話

 校門前でバスを降りると、暑さは更に厳しさを増していた。

 きっともう35℃は超えているだろう。ミディアムボブの髪が汗で耳元にへばり付く。先に降りた瀬下もダルそうに生徒玄関に向かって行くところだ。


 ふと左手を見ると軽トラの脇から用務員の中島なかじまさんが近寄って来ていた。もう還暦も近い歳だろうが、作業着に身を包み日焼けしたその顔は力強さを感じさせる。


「やあ、お疲れさん!」

「あ、暑い中、お疲れ様です」


 そのまま通り過ぎようかと思ったのだが、話しかけられた手前、無視するわけにも行かない。隣では凛花がダルそうな表情をしながらも私に付き合ってくれている。本当は一刻も早く、冷房の効いた校内に逃げ込みたいだろうに。


「いやー、部室の屋根が何カ所か雨漏りしていてね! 天気の良いうちに、ってことで板金屋から直してもらってるんだよ」

「そうなんですね・・・」―――ヤバイ、本格的につかまりそうだ。

「この学校も古いからね! あちこちガタが来とるんだな」


―――ん? どこかで聞いたセリフだな。そう思いながらも「それは大変ですね」と適当に話を合わせると、わざと慌てたポーズを取る。


「あ、こんな時間! それじゃあ私たちはこれで!」

「お、そうかい・・・」


 まだ何か話したそうにしている中島さんを残して、私たちはようやく校舎に滑り込んだ。


***


 翌日も空は快晴、予報では昨日に続いて猛暑日になるだろうとのことだ。

 でもここ、二年七組の教室は冷房完備! 昭和のオジさんやオバさんたちが聞いたら羨ましくなるような環境で授業は進行していた。


「ねえねえ、凛花ちゃん」


 見ると前の席の凛花に、となりの太刀川たちかわがなにやら声を掛けている。


「なによ!」

「ねえ、今日午後からどっか遊びに行かない? オレ、空いてるんだよね」


 どうやらデートのお誘いらしい。


 今日から学校では三者面談が行なわれる。再来年に迫った受験に向け、各家庭でも今から準備を始めるように、と言う主旨だ。それに伴い、今日は半ドン、四限までの短縮授業だ。


「はァ? アンタの予定が『空いている』からって、なんで私が付き合わなくちゃならないのよ!」

「いいじゃん、いいじゃん! コメドコロ珈琲のメロンフラッペ奢るからよ! なっ!?」


 太刀川健作たちかわけんさく、学年一のやり○ンと評判の男子! しかも親が医者だとかで、金にモノを言わせては、無理矢理女の子を誘って飽きたらポイ! 要するに私たち全女子の天敵だ。


 勿論、そんな彼を凛花が面白く思っているハズもなく、自信満々にアタックしてくる彼を、毎回、木っ端微塵に返り討ちにしている。


「うるせーなー。お前には付き合わん! 前にも言っただろーが!」

「ちぇっ、なんだよ、お高く留まってよ! 高慢ちき女が!」


 急に手の平を返すとそう捨て台詞。それを怜悧な視線で睨みつける凛花。一触即発の雰囲気の中、少しだけ怯んだ彼の視線が、今までそれを見つめていた私の方に向けられる。


「あ、玲ちゃん! 玲ちゃんはメロン好きだよねえ?」

 急にもとの締まりのない顔に戻ると、その大きなカラダをよじらせ、こちらを向きながら聞いてくる―――そう言うとこよ!!


「凛花がダメだから私ですか?」


 よせば良いのに、我ながら大人げなく反論してしまう。


「いや、オレはもともと玲ちゃんを誘おうかと思ってたんだけどさ・・・勉強で忙しいかな、って。そう、そうだよ! 勉強なんていつでもできるじゃん! 付き合ってよ」


 自分の立ち位置が分からないとは恐ろしい。ある意味、無敵の男だ。選ばれた人間である自分の誘いを断る理由などあろうはずもない。そんな思い上がった性格が態度からもにじみ出ている。


「いやよ」


 こう言うやからにはハッキリ言ってやるのが一番。「そんなこと言うなよ」と言う彼を無視して黒板を写し始める。


 今日は午後から、秋に迫った柳都祭りゅうとさいの準備。もうすぐ始まる夏休み中にはそこに出品する作品を描き上げなければならないのだ。太刀川なんかに構っているヒマは一秒たりともない。私は黒板を写しながらも未だに作品のジャンルさえ決まっていない自分に焦りを感じていた。



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