2話
自動ドアから一歩出ると、外は相変わらずの暑さだった。
セミの合唱が急に音量を増す。それと同時にしばらく引っ込んでいた汗が、一気に吹き出そうとしているのが分かった。
コンビニの正面は大通りに面していて、その左手に私たちの乗るバス停がある。もう何人かの人が熱い中、突っ立って「バスよ早く来い」と待っているのが見えた。せわしなく扇子で顔を仰ぐサラリーマンらしき中年のおじさん、右手をうちわ代わりにしてパタパタやってる中学の制服を着た女子。
そんな中、ウチの学園の制服男子を発見。
「ん? アレ
凛花が見つめる前方、バスを待つ人の列を避けるように隣家の壁にもたれている彼は、この場の
「あいつの家、この近くなんだな。制服着てるってコトはヤツもこれから補習か?」
今日七月一日は創立記念日。
本来、学校は休みなのだが、中間テストで成績の悪かった生徒は午後から招集を掛けられている。何を隠そう、凛花もその一人だ。ちなみに私はこれから図書室で執筆活動だ。
「相変わらず暗い顔してんなー。
「ちょっと凛花! 聞こえるわよ!」
彼とはもう十メートル足らずの距離だ。地声の大きい凛花の声は彼に届いているかもしれない。
「別に聞かれたっていいし。でもまあ、あんまり近寄らないようにしようぜ」
そう言うと凛花は列の最後方、中年リーマンから更に間を開けて立ち止まった。
彼の名前は
ただ、この春のクラス替えで一緒になってからというもの、まだ一度も話したことはない。と言うか、私たち以外のクラスメイトとも会話しているところをほとんど見たことがない。
いつも教室の片隅で一人、校内では禁止されているスマホをいじっては時折ニヤニヤしている。私もどちらかと言うと好んで近寄りたいタイプではない。
「瀬下君っていつもスマホいじってるわよね」
「ふん、どうせエロサイトでも眺めてんだろ。きっしょ!」
「もう! 声が大きいって!」
そう言う私たちの遙か右手から、更に大きな声が近寄って来た。また例の選挙カーだ。
『ご通行中の皆様、お暑い中お疲れ様です!
私たちに近付いて来るその車の窓から身を乗り出すように、肩から白いタスキを掛けた、少し頭部の薄くなったでっぷりとしたおじさんが、白い手袋をはめて手を振っている。
―――「福山拓哉?」どうやら「名は体を表わす」と言う言葉は疑った方がいいかもしれない。
「ちっ! 何が『お暑い中』だ。てめーらが尚更クソ暑くしてんのがわかんねーのかよ! ・・・ってオイ、また来たぜ!?」
福山某氏を目で追っていた凛花が更にその後方を向いて言う。
『ご通行中の皆様、安田です、安田紀之です! 物価の上昇を止める! 立ち上がるのは今です!!』
おっと今度は『安田ナンチャラ』だ。一人が立ち去る前にもう次の候補が来るとは。
「どうなってんだよ! 選挙カーのパレードか!?」
凛花の口から出てくる言葉もかなり乱暴だが、この暑さにこの騒音(!?)。この炎天下の中、なかなか来ないバスを待っている身としては、毒の一つも吐きたくなる気持ちはわからなくもない。
―――ん?
ふと選挙カーから視線を外すと、さっきまでダルそうに壁にもたれ掛かっていた瀬下が、道路ギリギリまで出て来ては、選挙カーに向けて何やら必死にスマホを向けている。
「な、なんだアイツ!?」
凛花もそれに気付いたようで、彼の行動を不思議そうに眺めている。
「選挙カーなんて撮ってどーするんだ!?」
私たちに見られていることを知ってか知らずか、彼は通り過ぎた『福山ナンチャラ』に向けていたスマホを、今度は『安田ナンチャラ』に向けながら何やらぶつぶつ言っている。
「おい、キモイんだけど! マジ何なんだよ!」
凛花の声は更に大きくなっているが、おそらくこの喧噪の中、彼には届いていないと思われる。
「あれじゃない、きっと彼、動画でも撮っているんじゃない!?」
「はァ!?」
私の声に、彼を見ていた凛花が急に振り向く。途端、私の目の前に凛花の顔がどアップになる。
間近に迫ったその顔には、汗で自慢の長い髪がへばり付き、暑さのせいか頬はかなり赤みを帯びているが、それでも女の私から見てもドキッとするほど綺麗で整っている。
「動画!?」
「え、あ、うん。そう、なんか
私が考えていると、さして興味もなさそうに凛花は残ったコーラを口にしながら言う。
「ふーん、動画ねえ。今時、珍しくもないけど・・・。ま、ヘンな動画とか撮って捕まんじゃねえぞ」
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