File 1.  名探偵 初めての事件に挑む

第1章 柳都学園高等部

1話

「このクソ暑いのにうるせーなー! 体感が3℃は上がるわ」


 鳴き始めたセミの合唱をかき消すように、選挙カーのスピーカーが大音量で鳴り響いている。


「そう言わないの! 私たちだって来年からは選挙に行かなくちゃなのよ」


 隣で泣き言を言いながら歩く凛花を軽くなだめる。


「はぁ? 玲、選挙なんて行くつもりのかよ?」

「当然でしょ、国民の権利なんだから」

「ふん! あんなの行ったって、世の中、な~んも変わんないって! 今だってあれもこれも値上がりばっかじゃん。お陰でお気に入りのコスメも買えなくなったし」


 口をとがらせ、ダルそうに歩く彼女には、この暑さも国のまつりごとも気に入らないようだ。


「だから、そう言う政治に無言の抵抗をするのも選挙の役目よ」

「あーそうですか、それはそれはご立派な志ですね! さすが優等生」

「バカにしてる?」

「そーんなことないですよ。それより・・・」


 そう言うと彼女は、細くて長いその両手を空に向けて思いっきり伸ばす。


「なあ見ろよ玲! この青い空、白い雲! これぞ青春の空よ! この夏こそはイケメンをゲットして、夏を満喫しなきゃ!」


 胸いっぱいに息を吸い込みながら、凛花は目を閉じる。


「ちょっと、こんなところで立ち止まらないの! 行くわよ!」

「あ、待ってよ! そんな急がなくてもいいじゃん・・・あっ、イテッ!!」

「もう何やってんのよ!」


 振り向くと凛花が膝を押さえてうずくまっている。


「もー、なんでこんなとこに穴が空いてんだよ!」


 彼女の足元ではアスファルトが剥がれ、十センチ程のくぼみができている。おそらくコレにつまずいてコケたのだろう。


「もう! ちゃんと前見て歩かないからでしょ! 子供じゃないんだから!」

「いってぇ~。ちくしょう! また汗が噴き出してきたぜ」

「自業自得」

「フン! でもまあ、この街並みも古いからなあ。あちこちガタが来てても仕方ねえか・・・って、それにても暑い!!」


 膝を押さえながら立ち上がった凛花の額には大粒の汗が光っている。選挙カーは通り過ぎたものの、相変わらずセミはその存在をアピールする赤子のごとく泣いている。


「お、ちょうどいい! あそこでなんか飲みものでも買って行こうぜ」


 私たちの遙か前方、角にあるコンビニの看板が見えてきた。ちょうど制服姿の店員が大きなゴミ袋を両手に、建物の裏側に消えて行くところだ。


「また寄り道?」

「ま、いいじゃん」


 文句を言いながら、私のノドももうカラカラだった。仕方ない、と行った表情を作ると彼女に続いてその店内へ入る。



***



「いらっしゃいませー!」


元気な店員の声とともに、心地よい冷風が体中に染み渡る。


「ふう、涼しい~~。まさに地獄に仏だな!」

「なに年寄り臭いこと言ってんのよ」


 そう言いながら私も、一瞬で体中の毛穴が締まって行くのがわかった。

 奥の棚に並べられた清涼飲料水。それを二人で眺めていると、突然うしろから声を掛けられる。


「凛花先輩!」


 振り向くと小柄な店員がこちらを向いて微笑んでいた。ショートカットに黒目がちな大きな目、日焼けした肌はいかにも健康的だ。


「おう、あかり! ここでバイトしてんのか?」

「はい、春から始めたんです!」


 あかりと呼ばれたその子は、目をキラキラさせながらそう返事をする。バイトが楽しくて仕方ない、と言った感じだ。


「えっと・・・川島先輩ですよね! 私、凛花先輩の後輩の観音寺灯かんのんじあかりと言います!」


 そう言うと彼女は私に向かって軽くお辞儀をする。凛花との会話からも、結構親しい仲なのだろう。であれば私と凛花が一緒に居るところを見た事もあるだろうし、凛花が私の事を話していてもおかしくない。


「あ、初めまして、凛花の友達の川島です」


 まずは無難に受け答えしてみる。するとそれが可笑しかったのか、その様子を見ていた凛花が急に笑い出す。


「あはっ! 玲ってばなにかしこまってんだよ」

「あのねえ、初対面の人にはちゃんと敬語で話すものよ!」


 速攻でそう反論するが、自分でも少し頬が熱くなっているのが分かった。


「そんなんじゃないって! あかりはオレが空手やってた時の後輩! そんなクソ真面目な挨拶してっとドン引きされっぞ!」


 そう言うとあははと更に大きな声で笑う。


「ドン引きなんてしてませんよ~!」そう言うとあかりちゃんはその小さな右手をぶるんぶるんと大きく左右に振る。


 凛花によると小学校時代、二人は同じ場所・・・道場と言うのだろうか、そこで空手を習っていたらしい。


「オレはすぐに辞めたんだけど、あかりはずっと続けてたもんな」

「はい、でも受験を機にやめてしまいましたけどね」


 どうりで活発そうに見えるワケだ。自分には持っていないモノを持っている感じがして少し羨ましい。そんな事を思っていると、凛花がジンジャードリンクのペットボトルを私に押しつけてくる。


「玲はどうせコレだろ」


 もう片方の手にはしっかりと自分用のコーラが握られている。


「あ、ありがとう」

「わーすごい! 好みまで分かるんですね! 本当に仲が良いんですねー!」


 ヘンなとこで感心しているあかりちゃんに照れるように、少し意地悪い言葉をチョイスする。


「そんなんじゃないのよ。いつも凛花が勝手に着いて来るだけなの」

「勝手ってオイ! そんなことあったか!?」

「そうでしょ、今日だって・・・」


 見ると目の前であかりちゃんがニコニコしてこっちを見ている。私は言いかけた言葉を飲み込んだ。


「と、とにかく、買ったら行くわよ!」


 凛花の腕を引っ張るようにしてレジへ進む。慌ててあかりちゃんも持ち場であるそのレジに戻る。勝手に着いて来たとは言え、今日は私の用事に付き合ってもらった手前、一応会計は私が持つ事にする。


『Ryu Pay!』と言う電子音。


 あかりちゃんはそれぞれのペットボトルにシールを貼ると「また来て下さいね!」と、相変わらず満身の笑みで私たちに挨拶する。


「おう、またな!」

「あかりちゃんもお仕事頑張ってね!」


 私たちはレジの中で可愛らしく両手を振るあかりちゃんを残し、コンビニを後にした。

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