5月23日キスの日に初めてのキスをする百合
川木
5月23日はキスの日
一世一代の告白を受け入れてもらえて、はや三ヶ月。私、郡山福が吹田鎌ちゃんと恋人になって三か月と言うことになる。春休みの間、デートも重ねた。と言う訳でそろそろステップアップと言いますか、その、なんていうか、キスくらいしても良いんじゃないかなーと思うのですが。世間の風潮とか? 平均とか? そう言うのとか見ても、全然、三か月ってちょうどいいんじゃないかな?
「そのあたりどう?」
「どうって聞かれても、困るんだけど」
放課後の帰り道、人気のなくなった道で軽くした私の問いかけに、鎌ちゃんは眉を寄せてそう言葉を濁した。
ううん、そっかー。ここでいいんじゃない? とかさらっと言ってくれたならお言葉に甘えてキスをさせてもらおうと思ったのだけど、全然そんなことはないらしい。
でも、それはそれでいいことだ。少なくとも私とのキス、どうでもいいことじゃなく、それなりに大事なことだと思ってくれているってことなんだから。
鎌ちゃんとは中学からの付き合いだ。一緒の高校になって、嬉しいねって。その時は何とも思ってなかったけど、クラスが同じでもっと仲良くなって、でも他にも交友関係も広がって、これというわかりやすいきっかけがあったわけじゃない。だけど私はいつの間にか、鎌ちゃんのこと好きになってた。
鎌ちゃんが特別で、鎌ちゃんの一挙手一投足に心とらわれて、恋人になりたいなって思うようになった。
だからバレンタインデーに告白して、ちょっと強引にだけど恋人になってもらった。別に私の事好きじゃないのはわかってるけど、それでもって無理やりにお願いした。それでも、いいよって言ってもらえた。
無理やりでも、強引でも、どうしてもって私の押しに負けてでも、いいよっていってもらえたんだ。
そして、キスも特別なことだってちゃんと思ってもらえてるんだ。それだけでも、すごく嬉しい。
だけど、それでも、もっとを求めてしまう私は、強欲なのかな?
「ねぇ、鎌ちゃん」
「なに? 今日質問多いね」
「うん、あの……さっきの質問は、ごめん。ちょうどいいとか、逃げてた」
「え? まあ、別に。いいよ」
私の謝罪に鎌ちゃんは意外そうにきょとんとしてから軽くそう言った。
「ありがと。それで……私が、鎌ちゃんとキスしたい。三か月とか関係なく」
「……」
「い、嫌?」
「……正直に言っていい?」
「う、うん」
真剣に言った私に鎌ちゃんはちょっと深刻そうな表情になって、歩く足をとめた。一歩遅れて振り向くような姿勢で止まった私に、鎌ちゃんはまっすぐに私を見て口を開く。
「別に、嫌ってわけじゃないよ。一応恋人だし。でも、福ちゃんの気持ちに応えられる自信、ないよ。私はやっぱり、デートとかして、手とかつないでも、いまいちピンとこないし……キスして、それでも私がなんともなかったら、どうする?」
「……」
全然、違った。私とのキスを特別に見てるから濁したんじゃない。私とのキスすらどうでもよかったら、私を傷つけると思ったんだ。同情、いや、その言い方は正しくない。私を気遣ってくれたんだ。
鎌ちゃんはぶっきらぼうなところもあるけど、優しい。好きじゃない私のことも、無理やり恋人関係をおしつける私のことも、気遣ってくれたんだ。
「……今度、5月23日はキスの日なんだ」
「ん? うん。そう言う日があるんだね」
「うん。……で、その日、キスしよう。それまでに私、今まで以上に努力するから。それで、キスして、どうしようもなかったら、何にも思わなかったら、私……諦めるよ。鎌ちゃんと友達に戻る」
「……うん。わかった」
ちょっと驚いてから、鎌ちゃんは頷いて微笑んだ。その笑顔はちょっと安心しているようにも見えて、私は悔しくて、23日まで、なんとしてでも私のことを好きにさせてやるって思った。
○
福ちゃんはいつも明るくて、元気で、可愛いなって思ってた。私は悲観的な方で、悪いことがあったらどうしようってすぐ心配になってしまう。でも福ちゃんはいつも明るくて、能天気なほど心配しないから。だから私も一緒にいると、まあいいかって軽く考えることができる。
だから福ちゃんのことは好きで、大切な友達だった。彼女がいると私も前向きに生きられるし、良い生き方ができる気がしていた。
「あの! 私、鎌ちゃんが好き!」
そう福ちゃんに告白された時、びっくりして声がでなかった。そんな発想はなかった。考えたこともなくて、好きな人とか、そう言う感覚もわからない。だから恋人なんてと断る私に、福ちゃんは食い下がった。
どうしても恋人がいい、無理強いはしないし、嫌じゃないなら恋人になって、他に好きな人ができたらいつでも別れるし、形だけでもいいから。
そんな風に、声をふるわせる福ちゃんを見て、それでも恋人になれないと断ることはできなかった。
恋人になって、だけどそれほど大きな変化はなかった。一緒に登下校したり、休日に一緒に遊んだり、朝や夜にも連絡をとりあったり。
どれも今までもたまにしていたことで、それの頻度があがっただけ。ただ、楽しい時間が増えただけ。それだけで、恋人って悪くないなって思ってた。
だけど、そんな感じだからこそ、手を繋いだ時は申し訳なくなった。緊張した様子で私の手をとった福ちゃんは指先がちょっと冷たくて、頬を染めたとっても可愛らしい顔をしていたから。
私は何も思わなかった。友達と手を繋いだ。それと何も変わらない感覚で、緊張も高揚もなかった。
強引だったけど、私も了承のもと恋人になったのに。ちゃんと恋人としての日々を楽しんでいたのに。なのに全然気持ちを返せない。不義理をしているような、後ろめたいような申し訳ない気持ちだった。
そんな中、福ちゃんからキスの日にキスをしようと提案された。それはただの恋人のお誘いじゃない。私たちの関係の何かが変わる、そんな大事な提案だ。
友達から恋人のステップアップは、それほど恐くなかった。そして思った以上に大したことはなかった。でもだからこそ、ここから変わっていくことが恐くあった。
だけど真っ直ぐな福ちゃんの目から逃げることはできなかった。
放課後、手を繋いで帰った。休日、デートをした。手を繋いだし、軽く肩を寄せたり、福ちゃんは熱心に私を見つめてくれているのに気づいていた。今までのデート以上に、デートらしい熱量を肌で感じていた。
でもそれに、どうすればいいのかわからないまま、キスの日がきてしまった。
「……あの、鎌ちゃん」
「うん……」
学校が終わった放課後、福ちゃんはかちこちに固くなった声で私を呼んだ。そうして私の手をひいて、福ちゃんの自室に招いた。
福ちゃんの部屋に遊びに来るのは初めてじゃない。恋人になってからも何度か遊んだ。だけどこうして、キスをする目的で来るのは当然初めてで、何だか緊張する。
「……あの、さ。その、私が一方的に決めて、嫌じゃない? 嫌だったら、全然、やめるけど」
落ち着いていつもみたいに並んでベッドに腰かけた途端に言われたその言葉に、びっくりしてしまう。
まず勢いづいて言葉をだす福ちゃんが、行動する前にやめる提案をするなんて。怖気づいてるんだ。言葉を選ばなければ、びびってる。あの福ちゃんが、私とのキスに。いや、私に嫌われることに。
福ちゃんは私に縋りつくように恋人になりたいと言った。その必死さに、私は流された。でも、本当にそうだっただろうか。
いつにない福ちゃんのその態度に、声に、表情に、心動かされるものがあったんじゃないだろうか。自分で気づいていなかっただけで。そんな風に、今、思った。
「……嫌じゃないよ。だから、してみよう」
「っ……う、うん!」
私の言葉に、福ちゃんはかーっと染め上げたみたいに顔を真っ赤にして、勢いよく頷いた。それはいつも通りの福ちゃんのようで、いつもと全然違う顔だった。
私はそっと福ちゃんの肩をつかんだ。福ちゃんは私より背が低いので、私がリードするのが自然だと思ったから。そしてそっと左手で私を見上げる福ちゃんの頬にふれる。
「あ、ぅ……」
私の積極的な動きに戸惑ったように目を泳がせたけど、抵抗せずに少しだけ顎をあげて目を閉じた。顔を寄せる。少しだけ制汗剤の匂いがした。まだ初夏どころか梅雨にも早いけど、いつも元気いっぱいの福ちゃんはよく汗をかくからきっちり匂い対策をしている。爽やかな柑橘の匂い。お気に入りだからといつも使っていて、私もよく借りるやつだ。
この匂いをかぐと、福ちゃんを無条件で思い出す匂い。当たり前だけど、福ちゃんとの距離が近づいているのだと否応なしに意識させられる。
「……」
「!」
ちょっとだけドキドキしてきたけど、それを認めると負けたような気もして、私は振り切るように少しだけ勢いをつけて唇を押し付けた。柔らかくて、ふにふにしている。
「……」
すぐ傍の福ちゃんが、小さく震えているのがわかる。だけど、直前でドキドキだってしたのに、唇ってこんな感覚なんだな、とただ思うだけだった。温かくて柔らかくて、嫌悪感なんてないし、別に嫌じゃない。でも、キスってこういう感じなんだな、と冷静に感じるだけだった。
「……」
唇を離した。正直言うと、ドキドキどころかがっかりしていた。さっきは私も高揚して、福ちゃんに私も恋をしているのかもしれないとすら思ったのに。でもいざキスをして、何にも思わない。手を繋いでいるのと一緒。ただ接触しているだけ。こんな行為にどれほどの意味があるのか。
「……か、鎌ちゃん」
恋愛感情がなくても、キスって特別なはずなのに。私は何も感じなかった。そんな自分にがっかりして、何だか自分ってちょっと恋愛感情が欠陥しているのかなとか、そんな風に思う私に、福ちゃんは目を開けて言った。
「も、もっと、していい?」
「っ……」
その、福ちゃんの表情を正面から見て、やられた。と思った。泣きそうなくらい真っ赤で眉を寄せて目をうるませて、恋する乙女を煮詰めたらこんな表情が抽出されるだろうって顔。
「うん。……いいよ」
福ちゃんのその顔を見て、断ることはできなかった。告白を受けた時とまるきり同じだ。
していい? とまるで自分がするように聞いたくせに、目を閉じて受け身で待つ福ちゃん。その可愛さにちょっときゅんとして、私はさっきより強く唇を押し当てた。
「……ん」
唇の感触は別に変わらない。だけど福ちゃんの唇はさっきより温度が上がってる気がした。その感覚を確かめるようにその唇を味わう。
「! っ……っ」
ぐっと押し付けたり軽く挟んだりすると、福ちゃんはぷるぷると小刻みに震えだした。そうして福ちゃんの唇をしばらく可愛がってからキスを終える。
さっきより時間をかけたキス。楽しんだけど、でもやっぱり、キス自体にドキドキはしなかったな。
そう思いながら顔も離して、福ちゃんの顔を見る。
「……か、かまちゃん……」
震えて薄目で私を見る福ちゃんにどきっとした。福ちゃんはもうこれ以上ないくらいに真っ赤になっていて、ちょっと涙もこぼしていて、口が半開きになって、何だかとても人に見せられない顔をしていた。
と思ってから、はっとする。私だから、私とキスしたからこんな顔をしているのだと思うと可愛いし愛らしいと思う。だけど、もし私が福ちゃんと別れたら、いつか他の誰かとキスをして、その誰かにこの顔を見せるんだ。
そんな当たり前のことに気付いてしまって、そして思ってしまった。
それは絶対に嫌だ。と。福ちゃんのこの可愛い顔は、私だけが知っていたい。人に見せられない顔じゃない。私以外に見せたくない顔なんだ。
「福ちゃん、結婚しよう」
「……へ? え? ご、ごめん、もう一回言ってくれる?」
自分の気持ちに気付いた瞬間、私はそう言っていた。自分でもちょっとびっくりしたけど、私以上に驚いて目を見開き、何故か天井をきょろきょろ見て、首を傾げて私に向かって問いかけてくる福ちゃんを見ると落ち着いた。
だから今度こそ、冷静に私の気持ちを伝えることにした。私は福ちゃんの頬や肩から手を離し、そっと福ちゃんの手を取る。キスの間中ずっと、ぎゅっと握られていたその手を持ち上げて包み込むように握って、福ちゃんの目を見つめる。
「私、福ちゃんと一生離れたくないって気づいたんだ。だから結婚してください」
恋人になったばかりで、本当に恋人でいていいのか確かめるためのキスだったのに、すごく唐突だと福ちゃんは感じるかもしれない。でも私は福ちゃんに他の人と付き合ってほしくないのだ。
だったら、どうしてか分からないけど福ちゃんが私を好きだと私を選んでくれている間に、他の人と付き合えないようにしないといけない。もちろん私たちはまだ高校生だし本当に結婚なんてできないけど、でもそうやって約束させてしまえば、仮に私のことを今ほど好きじゃなくなっても、私以外と付き合うと言う選択肢をつぶすことができる。だから今、プロポーズがベストだ。
「け、け、結婚って! 鎌ちゃん、本気っ、だよねー。こんな悪質な嘘言わないし。はい。うん。あの……待って。頭働かないんだけど、え、私の事、本気になってくれたってこと?」
目をぐるぐるさせながら根本的な確認をとってくる福ちゃん。そう言えばそれが元々本題だった。よし。混乱している今、さらに畳みかけよう。
「うん。福ちゃんのことが好きだし誰にも渡したくないって気づいた。だから結婚しよう」
「うっ! 嬉しいけど、結婚がパワーワード過ぎて混乱するよっ。いやでも、まあ、うん! しよう! 結婚! さすがに全然そんなこと考えてなかったけど、鎌ちゃんの事好きなので! はい! 喜んで結婚します!」
勢いで押すと、福ちゃんはびくっと肩を揺らしながらも、立ち上がってもっとすごい勢いでそう返事をしてくれた。さすが福ちゃん! 後先考えずに前向きにとらえてくれるところ、本当に好き。
想定内とは言えOKの返事をもらえて私も嬉しくなる。こんなに可愛い福ちゃんを他の誰かに見られる心配をしなくてよくて、福ちゃんの全部が私のモノになるんだ。嬉しいに決まってる。私も珍しく興奮して自分でも意味がわからないくらい勢いよく立ち上がって、そのまま福ちゃんを抱きしめた。
「うん! ありがとう! 好き!」
まだ、キスのよさとかよくわからない。恋愛感情がどうとかよくわからない。でも恋愛感情でめちゃくちゃになっている福ちゃんが好きだし、可愛いし、独り占めしたいって感じるのは間違いない。ならきっと、これも恋なんだろう。
きっとその内、福ちゃんとのキスも私にとって特別な行為になるに違いない。そう確信できた。それになにより、福ちゃんと一生一緒というのは自分で提案しておいて、すっごく楽しくて幸せに違いないって思うから。だから、この選択は間違いじゃない。
○
鎌ちゃんと結婚の約束をしてしまった。いやだって、してくださいとか言われたから。鎌ちゃんの事大好きなのに、そんなの言われて嬉しくないわけないじゃん。
鎌ちゃんと恋人でいるほど、鎌ちゃんのこともっと大好きになっていった。もっともーっとちゃんと恋人でいたいって思うし、もっともっとずーっと長く恋人で居られたらなって思ってた。
でもさすがに結婚したいとまで思ってなかった。もちろんしたくないとかじゃなくて、そこまで発想がいってないと言うか、恋人でさえいっぱいいっぱいの高いハードルで、考えたこともなかった。
鎌ちゃんは私と恋人になってもいつも通りと言うか、恋人としてのデートも触れ合いも、楽しんでくれてはいるけど、手を握るのに私はドキドキして熱くなってるのに、鎌ちゃんは指先一つ震えることなくて、いつも平熱だった。すこしひんやりした冷え性の鎌ちゃんの手。
恋人になる前はその手が好きだった。夏に触れるその冷たさは癒されたし、寒い冬はその手を温めてあげたこともある。
でも触れ合っても変わらない鎌ちゃんの手は、何だか寂しかった。それでも鎌ちゃんも脈はあるんだと思いたかったし、頑張れば鎌ちゃんの気もひけるし、キスをすれば鎌ちゃんも少しはその気になってくれると信じていた。
そして約束したキスの日、鎌ちゃんを家に連れて行った。恋人として私の部屋に来て貰うのは初めてじゃない。その全部、私は毎回ドキドキしていた。でも今日は、確実にキスをするんだ。そう思うと今まで以上にドキドキしていた。
まして、今回のキスをして鎌ちゃんにがっかりされたら、恋人関係はおしまいだ。もちろんだからって私たちの友情は不滅なわけだけど、恋人にはもうなれないんだ。緊張するに決まってる。
そしていざキスを、と思ったところで私は臆病風にふかれてしまって、鎌ちゃんにやめるか聞いてしまった。聞いてから自分でも、ひよってるって思った。こんなの先送りにしてるだけだ。
だけどそんな私に、鎌ちゃんはしてみようって言ってくれた。そして私の頬にふれてきた。
恋人になったのも、デートしたのも、手を繋いだのも、全部私からだったのに。鎌ちゃんから積極的に触れてくれた。それだけで私はドキドキしてたまらないのに、鎌ちゃんが自分からキスしてくれる? そんな非現実的な状況に私はくらくらしてしまって、ドキドキしながら目を閉じた。
鎌ちゃんの唇が私に触れた瞬間、頭に電流が流れているみたいにちかちかして、全身が爆発してしまうんじゃないかと思った。柔らかい唇はふにふにしていて、気持ちよくて唇以外なくなってしまった気にさえなるくらい、鎌ちゃんのことしか考えられなくなった。
だけど、それだけ私が衝撃を受けているのに、キスを終えて顔を合わせた鎌ちゃんは全然、なんてことない顔をしていた。
ショックを受けた。鎌ちゃんは顔色一つ変えてなかった。
だけど、これで終われない。終わりたくない。そう思って、もう一度、お願いした。いや、これで恋人が終わってしまうならなおさら、もう一度だけでも鎌ちゃんとキスをしたかった。
私のお願いに、だけど鎌ちゃんは少し表情を変えた。どこか嬉しそうに微笑んで、私に強くキスをしてくれた。
ぱちぱちと世界がはじけていくようで、このまま消えてなくなっても悔いはない。そのくらい気持ちよかった。鎌ちゃんはさっきのキスが小手調べだったみたいに、情熱的なキスをした。私を殺そうとしてるんじゃないかと思うくらい、強い強いキスだった。
そのキスが終わった時、私はもう何も考えられなくて、鎌ちゃんを引き留めるとか何も考えられなくて、ただぼんやりと鎌ちゃんの名前を呼ぶことしかできなかった。
そんな私に、鎌ちゃんは何故か結婚しようと言った。うーん、思い返してみてもよくわからない。
一回目のキスで全然鎌ちゃんはぴんときてなかったみたいだけど、鎌ちゃんは二回目で急に豹変したし。うーん。もしかして、キスの気持ちよさに目覚めて私でいいやみたいな? でもだとしても結婚は急すぎるし。
「……んふふ」
ま、いっか! 何かよくわかんないけど、鎌ちゃんも私のこと好きになってくれたってことだもんね。つまり両思いだ。両思いの恋人で、キスもとっても気持ちよかったし、リードしてくれる積極的な鎌ちゃんも格好良かったし、いいことづくめだもんね。
鎌ちゃんは心配性で、私が何にも考えずに飛び出してしまって失敗した時、いつもそれをフォローしてくれる。そういう優しくて思慮深いところも好きだし、なのに時々突拍子もないことを言いだして、思考回路の読めないところも好きだった。きっとまた、鎌ちゃんのそう言う私の好きなところが出たんだろう。
結婚なんて考えてなかったけど。ようはずっと一緒にいたいくらい大好きって思ってくれてる訳だし、私も鎌ちゃんとずっと一緒にいたいんだからいいよね。むしろ最高!
「福ちゃん、何にやにやしてるの?」
「えー? んふふ。にやにやもするよ。だって鎌ちゃんとちゃんとした両思いの恋人になれたんだし」
鎌ちゃんと手を繋いで恋人になれた余韻でぽわぽわしながら幸せを噛みしめていると、鎌ちゃんがつんと私の頬をついてきた。鎌ちゃんはさっきから私をからかうように見ている。
「……また、キスしてほしいってこと?」
「っ、か、鎌ちゃん。いや、いやいや、もちろん嫌じゃないし嬉しいけど、そんな、しょっちゅうする物じゃないって言うか。あの、恋人になれたわけだし、もちろんしたいけどー。きょ、今日はもう、お腹いっぱいかな?」
ドキィッ! 心臓が高鳴ったけど、さっきのキスで今までフリーズしてしまうくらいいっぱいいっぱいだったし、ようやく頭がまわってきて現状を受け入れられるようになったのに、今からキスしたらもう親が帰ってくる前に正気に戻れる自信がない
いやちょっと、残念だけど。今日はもう、はい。
「そう? じゃあ、また明日しようね」
「!? う、う、うん!」
あ、明日のことは、明日の私に頑張ってもらう、ということで。はい。
こうして私はキスの日をのりこえて、鎌ちゃんと毎日キスをする最高の恋人ライフを手に入れたのだった。
キスの日 おしまい。
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