帝国の総督府は

 帝国の総督府はイシュラーバードの街で中心寄りの北側にあった。総督府ということだが、それはドワーフ族によるイシュラーバード議会が認めたものではない。いわばマグナスレーベン帝国の傲慢の表れであり、公的な官府がイシュラーバードに置かれているその事実を誇示すべく、自ら総督府と名乗っているにすぎなかった。

 街中の広い用地にある総督府は日乾煉瓦の二階建てで、庭には草木が植えられ調和の取れた外観である。周囲には高い壁。職員の数は一四名。うち警備要員が四名、現地人の雑役夫が二名となっている。在駐するほとんどは帝国軍の所属だった。そのごく小さな帝国の内部ではイシュラーバードにおけるドワーフ族の動静が常時監視され、精察を受けたのち本国へ伝えられる。

 一般に帝国人は堅物で仕事熱心なうえ、警戒心が強い。しかしさすがに、隣家の地下室から自分たちの足下へトンネルが掘られていることになど、気づく者はいなかったろう。

 穴掘りはドワーフ族の特技である。彼らはそのために身長が低く、肉体能力に秀で、暗闇を見通す視力を備えたともいわれる。モサラとその仲間たちは二日前から空き家に忍び込んでトンネルを掘りはじめた。距離にすれば一〇メートル強。さいわい土壌が砂土質だったので騒音も少なく、掘削作業は容易だった。

 その日の深更、トンネルは総督府の地下室へ到達した。突然、煉瓦の壁が崩れてぼろぼろと床にこぼれた。湿った冷たい空気が淀む地下の貯蔵庫。乾物が入れてある籠や発酵食品の壺が棚に並んでいる。明かりがあれば芋類を詰めた麻袋、不要になった家具なども見えたろう。

 壁にぽっかりと開いた潜入口となるトンネルから、ずんぐりした人影が姿を現す。すぐにあとから武器を手にした仲間がわらわらとつづいてきた。いずれも覆面で顔を隠した一団で、まもなく地下室は彼らでいっぱいとなる。総勢で二〇人ほどだ。あらかじめ手はずを調えていたドワーフたちは、速やかに行動を起こした。

 一階にいた不寝番のふたりは、ドワーフたちによってあっさりたたきのめされた。強い酒を喰らってカード遊びに興じていた警備員は縄で縛られ、その場に放置された。

 つづいて二階。そちらは職員用の宿舎となっている。全員が寝込みを襲われた。ドワーフに武器を突きつけられて脅された者らは、寝間着姿のまま一階の会議室のような広い部屋へと連れてゆかれた。

 大きなテーブルが壁際に寄せられ、室内の空いた場所に総督府の職員がすべて集まった。床に座った男女は一様に怯えた表情をしている。その周りをドワーフが威圧するように取り囲んだ。手燭の小さな光に浮かびあがる覆面の侵入者を前に、職員たちは震えあがった。


「いちばん偉いのはどいつだ」


 リーダーらしき手斧を持ったドワーフ──モサラが、部屋の一同を見渡しながら訊いた。

 しばらく誰も声を発しなかった。みんな互いに顔を見合わせて戸惑うばかりだ。が、そのうちひとりの男が、


「わたしです……」


 片手を挙げてゆっくりと立ちあがった。前頭部がきれいに禿げあがった初老の男は、駆け寄ってきたふたりのドワーフに両側から腕を摑まれ、モサラの前に引き出された。


「名前は?」

「オットー。ここの政務官です」

「お目にかかれて光栄だ、オットー。いいか、よく聞け。イシュラーバードおよび、大陸全土で行われている帝国の横暴は許しがたい。よって我々は、真の力によりこの建物を占拠する」

 困惑するオットー。そんな話を自分にされても困るとでも言いたげだ。モサラは彼の反応を見て、手斧を揺らしながらにやりと笑った。

「安心しろ、おまえたちに危害を加える気はない。だがひとつだけ、やってもらいたいことがある。マッチムト鉱山の強制収容所と連絡を取れ」

「ど、どうやって?」

「とぼけるな。向こうに連絡するとき、狼煙を焚いたり伝書鳩を飛ばしてるわけじゃねえんだろ。ここにはそう遠くない場所なら、すぐに連絡をつけられるモノがあると聞いたぞ」

「……念話通信装置なら、わたしの事務室にあります」

「いいぞ、そこへ案内しろ」


 オットーを伴い、数人のドワーフは別室に移動した。

 事務室というだけあり簡素な部屋だった。書棚と机、あとは簡単な応接用の長椅子くらいしかなかったが、年季の入った書棚にひとつだけ目を引くものが置いてある。モサラはオットーとそちらへ歩き、木製の箱に顔を寄せると眉をひそめた。

 やや大きめな宝石箱といった印象だった。宝石のイメージがモサラの頭に浮かんだのは、上面に透明な水晶をはめ込んであったからだ。念話通信装置はその部分が念話石となっており、箱の内部に励起させたエーテルを蓄えるための仕組も収まっている。モサラは知るよしもなかったが、この装置はヘイル・アインロールが強制収容所にいたとき考案し、作られたものである。


「こいつか。どうやったら動くんだ」


 モサラが興味深げに訊ねると、オットーは装置の上に見える念話石を指さして、


「ここに触れれば作動します」

「強制収容所にもこれと同じものがあるのか」

「そうです。向こうでは係の者が昼夜を問わず待機しているはずです」

「よし、じゃあやれ」


 命じられはしたものの、オットーはおずおずと背後のモサラを顧みた。


「なにを伝えればよいのです?」


 するとモサラは、ああそうか、まだ送信する文言を決めてなかったと気がついた。彼はしばらく、宙に視線をさ迷わせながら考えたあと、


「イシュラーバードの総督府が、武装した頭のおかしいドワーフに襲撃されている。敵は三十人以上だ、すぐに助けにきてくれ──こうだな」

「救援の要請を? どうしてまた?」

「うるせえな、いいからやれってんだよ!」


 モサラが斧を振りかざすと、オットーはただちに念話通信装置を操作しはじめた。

 オットーにしてみれば夜襲をかけたにもかかわらず、なにも奪わずに警備隊を呼び寄せるなど理解できなかったろう。だが理由はどうあれ、命は惜しい。オットーはドワーフの短気を知っていたので、おとなしく従った。そして救援要請の念話が終わったあと、彼はふたたび大部屋に戻された。

 人質のために少数の見張りを残し、ドワーフたちは別な作業に取りかかりはじめた。


「いいかおまえら、ここの窓と出入口を塞ぐんだ。全部だぞ。外の正門も閉じろ。収容所の連中がくる前に終わらせろ」


 モサラの指示を受け、配下のドワーフは総督府の窓を塞ぎ、すべての出入口の内側に障害物を積んで外からの侵入を防いだ。

 あとはクリスピンから言われた通り、ここで籠城すればよい。駆けつけた警備隊と小競り合いになったとしても、こちらに分がある。いざとなれば地下のトンネルを使って逃げるだけだ。

 なにもかもがうまくいっていた。モサラの顔に満足げな笑みが浮かぶ。これで五〇〇万ドドルが手に入るとは、ラクな仕事だ。

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