第157話 山田カリンの神髄

「……!? この状況で、一体なにを言っているんですかこのイカれた女は……!?」


 アジトの薄暗い部屋にこもって人造奈落級モンスターを遠隔憑依操作していた猫屋敷忍は、思わず愕然と声を漏らしていた。


 なにせ奈落級の強烈な一撃を食らったはずの山田カリンが――突如現れた圧倒的格上を前に自慢の魔法装備を封じられ手も足も出せずにぶっ飛ばされたはずのカリンが、そんな状況でケタケタと笑いはじめたばかりか「圧倒的成長チャンス!」とばかりに目を輝かせていたのだ。


 そしてその異常な光景に困惑を浮かべるのは当然、猫屋敷1人だけではない。



〝! お嬢様無事!?〟

〝あの一撃食らって立った!?〟

〝お嬢様生きてる! 生きてるよ!〟

〝お嬢様ご無事でしたの!?〟

〝いやこれ無事かなぁ!?〟

〝頭打ってない!? なんか頭おかしいこと叫んでるけど頭打ってない!?〟

〝錯乱してねぇかこれ!?〟

〝お嬢様これ正気ですの!?〟

〝普段から頭おかしいから区別つかねぇよ!〟

〝いやでもこれはさすがに錯乱してるだろ!?〟



 立ち上がったカリンに安堵すると同時、それを上回る勢いで「お嬢様頭打って錯乱してねえかこれ!?」という声がコメント欄に溢れていたのだ。


 そしてそれは猫屋敷忍も完全に同意だった。いくら山田カリンがイカれているとはいえ、命の危機が迫るなかでテンション爆上げなどどう考えても正気ではない。


 ダンジョン崩壊阻止が失敗に終わりそうな重圧、命の危機、叩き込まれた強烈な一撃――それら複数の要因が重なったがゆえの錯乱としか考えられなかった。


 と猫屋敷忍は視聴者と心をひとつにしていたのだが――、


「では……もう一度ですわあああああああああああああああああ!」


「っ!?」


 ドッ! ゴオオオオオオオオオオン!


 次の瞬間カリンが見せた動きは――喜色満面の喊声をあげながらの突撃は、どう考えても錯乱して心身の制御を失った者のそれではなかった。


 いやそれどころか、ズババババババババ!


「な――!?」


 巨人の周囲を縦横無尽に駆け回るカリンの動きは、明らかに先ほどよりも洗練されていたのだ。確実に身体にダメージが入っているにもかかわらず、圧倒的に。


(隠し持っていた身体強化スキル!? ……いやこれは、動きから迷いが消えただけ!?)


 フェイント、駆け引き、視線誘導、動きのキレが増したことによる瞬発力――錯乱して冷静さを失ったどころか老獪さすら感じさせる歴戦の挙動がカリンの速度を現実以上のものに錯覚させる。


 それはまるで、カメラの存在が頭からすっぽ抜けたカリンがドレスに次ぐ第二の枷「視聴者の前でのお優雅な攻略」を脱ぎ捨てたかのような――。


(ならまさかこいつは先ほどの妄言を本気で――!?)


 と猫屋敷が驚愕に困惑を重ねていたところ、ドッゴオオオオオオオオオオオオン!


「っ!? かっ!?」

 

 動揺していた猫屋敷の腹に衝撃が突き抜けた。


 先ほどまで防戦一方だったカリンの拳が、巨人の腹にアッパーの形でめり込み硬皮を打ち砕いたのだ。安全のために100%そのままが伝わるわけではないものの、巨人と感覚をリンクしている猫屋敷にも相応の痛みが伝い目を見開く。


「こ、の……調子に乗るんじゃありませんよおおおおおおおおおおおおおおお!」


 しかし一撃もらったという驚倒も衝撃も一瞬だった。


 強烈な攻撃を食らったとはいえ、所詮それは反則装備も使っていない生身の一撃。

 巨人の硬皮と魔力の防壁を突き抜けて明確なダメージを与えてきたのは流石だが……こちらには強力な再生能力があるのだ。


 そしてそれはある程度拮抗した戦いにおいて、これ以上ないアドバンテージとなる。


「いくら上手く立ち回ろうが、お前の攻撃など無意味だと思い知らせてやりましょう!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 一撃もらった衝撃で逆に冷静さを取り戻した猫屋敷忍は現実を叩きつけるように、即座に傷を癒やした巨人を操り突撃。動きの変わったカリンへ半ば捨て身のような怒濤の反撃を開始する。


 そしてそれは極めて効果的な立ち回りだった。


 カリンが攻撃と回避を同時に行わなければならない反面、巨人は回復力にものを言わせてダメージ無視の大暴れ。ただでさえとてつもない身体能力を持つうえにカリンの感知すら一部誤魔化す気配隠蔽もあわさり、色々とふっきれたカリンをも圧倒していたのだ。


 ブレスによる目くらましを利用した先ほどの一撃のようなクリーンヒットこそないが、強烈な拳が幾度となくカリンを掠め、それだけで伝わるとてつもない衝撃が確実にダメージを蓄積していくほどに。


 だがそんななかにあって、


「そうこなくてはああああああああああああああああああああ!」


「――!?」


 奈落級が放つ一撃の重さは既に知っているだろうに。

 この状況でさらにクリーンヒットを食らえば致命的だとわかるだろうに。

 そうでなくとも決死の攻撃が瞬時に回復する様を見せつけてやったというのに。


 カリンの戦意がいささかも衰えない。

 どころか、逆に燃え上がってさえいた。


「な、んなんですかこいつは……!?  なぜこの状況で一切怯まない……!? 再生能力を持つこちらよりも果敢に攻めてこられるんですか……!?」


 いよいよ本物の異常者を見る目で猫屋敷が掠れた声を漏らす。

 だがそれはカリンにとって、なんらおかしなことではなかった。


 ――山田カリンの強さを支えているものはなにか。

 わずか16歳でなぜここまでの高みへ上り詰めることができたのか。

 かつて真冬が公安の霞に語ったように、その要因はいくつもある。


 異常なまでの経験値吸収効率。

〈神匠〉というユニークスキルの存在。

 憧れに近づくためのお稽古で発揮される頭抜けた集中力。

 たゆまぬ努力。

 ダンジョンアライブアニメを基準にしているがゆえの慢心のなさ。


 だがなによりカリンを高みへと導いた要因は――頭のネジが外れているとしか思えないその闘争本能。命の懸かったダンジョンへ、初見の領域へ、ろくな情報もなくソロでカチ込んでいく異常性だ。


 命の危機? 

 そんなもの、セツナ様への憧れひとつで何度乗り越えてきたと思ってる。

 この身ひとつで幾度ねじ伏せてきたと思ってる。


「オラアアアアアアアアアアアああああははははははははははははははははは!!!」


 そしてカリンは真冬に見咎められてクソほど怒られてからというもの控えめにしていたその蛮行の日々を思い出すように、これまでずっとそうしてきたように――奈落級を前にしても一切怯まない。


 敵の攻撃が肌を掠め、ドレスとともに肌が千切れ血を噴こうが巨人を狙う拳は止まらない!

 ダメージを受けつつも、しかしその奮戦は防戦一方だった先ほどまでの戦闘とは雲泥の差。


 カメラの存在が頭からすっぽ抜けたカリンは身体を掠める一撃など一切恐れず、むしろセツナ様の背に近づける喜びに歓笑さえあげながらその身ひとつで奈落級との殴り合いを演じてみせる!



〝おいおいおいなんだこれえええええええ!?〟

〝なんかお嬢様めっちゃ笑ってない!?〟

〝バーサーカーお嬢様!?〟

〝やっぱ錯乱してねえかこのお嬢!?〟

〝なにが起きてんですのこれえええええええ!?〟

〝@Captain pizza:クレイジー! クレイジーファッキンジーザス! このお嬢様奈落級と素手で殴り合ってやがる! なんだってんだ本当になにもかも!〟

〝おいおいおいおい速すぎてわけわかんねえけどこれマジでお嬢様素手で殴り合ってんのか!?〟

〝殴り合ってるどころかなんかちょっと押し返してない!?〟

〝うおおおおおおおおおおおおおお!? お嬢様あああああああああああああ!?〟

〝奈落級相手に素手で渡り合ってんぞおおおおおおおおおおおおお!?〟



 その戦いぶりはろくに視認できていないだろう視聴者たちの絶望すら払拭しはじめるほど。

 

「……!?」

 

 猫屋敷本人は奈落級モンスターを遠隔操作しているだけで自身は安全なアジト内にいるというのに、迫り来るカリンに思わず気圧される。だが、


「……! だからどうしたというんですかあああああ!」

 

 気圧されたという屈辱的な事実をはね除けるように猫屋敷は叫ぶ。

 確かにカリンのイカれっぷりには面食らった。

 奈落級と素手で殴り合う実力と胆力は賞賛に値する。


 しかし一度深呼吸して冷静に考えてみれば、それでもなおこちらがここから敗北する可能性など万に一つもないのだ。


 巨人に攻撃を加えられるようになってなおカリンはアイテムボックスの再起動を行うことができていないうえ、こちらは引き続き魔法装備封じのマジックアイテムを何度だって使える状況。


 一見して巨人と互角に渡り合っているように見えるカリンのラッシュは半ば捨て身の攻勢であり、先のクリーンヒットをはじめとしてカリンの身体には確実にダメージが蓄積している。


 こちらに圧倒的な再生力がある以上ダメージ差は歴然であり、ご自慢の〈神匠〉製トンデモ兵装が使えないカリンにその差を覆すだけの決定打は存在しないのだ。


 つまりこのまま戦い続けていれば確実にこちらが削り勝てるのである。

 それも圧倒的な大差で。


「いくら善戦しているように見えてもそれはまやかし! 仮にもこうして殴り合えている以上は末恐ろしいとしか言えませんが……いまこの場では確実にこちらが上! 偽りの希望で地上の連中を勘違いさせて――その落差で世界中をより深い絶望に叩き落とすがいい!」


 冷静な思考で自らの勝利を改めて確信した猫屋敷が再度凄まじい攻勢を仕掛けようとした――その矢先のことだった。


「――なるほど。やはりまだまだこの状態で安全に殴り勝つのは厳しいですわね」


 それまで巨人相手にゴリゴリのインファイトを演じていたカリンが突如として距離を取った。それはアイテムボックスに莫大な魔力を込めて使用可能にするにはまったく足りないほどの距離。だったのだが、 


「ですが大体わかってきましたわ! あなたのスペックや動きの癖が! なのでここからは……わたくしの〝本気〟が奈落級にどこまで通じるか、勝負ですの!」


「………………………………………………………は?」


 猫屋敷の口から、今度こそ愕然とした声が漏れた。

 なぜなら――ドッボオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


 突如、そんな音さえ聞こえてきそうな勢いで。

 これまでの戦いは腕試し兼様子見だったとばかりに、凝縮した災害のような魔力がカリンの〝体内〟から噴き上がったのだ。


「は……!? は……!? な……んですかこれは……!?」


 隠しスキル!? いや、違う!

 いままさに山田カリンの体内から噴出しているこれは――持ち主の身体能力を強化するバフ効果のついた魔法装備の気配!?


「バカな! あり得ません! だって魔法装備封じはまだ発動してるんですよ!? アイテムボックスから装備を取り出した素振りもない! なのになぜ体内からこんな気配が――!? ……ッ!」


 体内、から……?


「ま、さか……!?」


 自分の口から飛び出したその言葉を聞いて、魔道技師でもある猫屋敷の脳裏に最悪の仮説がよぎる。

 

 それは完全なる盲点。


 思い出されるのは、影狼砕牙から魔法装備封じを食らったカリンが〝ある場所〟から取り出したガトリング砲やパイルバンカーを問題なく使用できていたあのトンデモ映像。

 

 魔法装備封じの効力がということを示す確固たる証拠。


 そこから導き出される結論とはすなわち――〈体内収納〉スキルで飲み込んでいた〈神匠〉製トンデモ装備自己強化の効果がついた魔法装備が、体内で発動している!?


 第3階層のバフピエロの素材などハナから必要なかったとばかりの圧倒的な強化性能を伴って!?


「それではいきますわよ……! セツナ様のような探索者となるために積み続けてきたお稽古の成果、いまのわたくしが撃てるお優雅の極地がひとつ!」


 そうして愕然とする猫屋敷の眼前で、噴出し続ける異次元の魔力がカリンの小さな身体へ恐ろしいほど濃密に凝縮したかと思えば、



原作再拳げんさくさいげん NO.ナンバーナイン――!」



 自身の身体能力を跳ね上げる破格の魔法装備を多重発動したときにのみ使える荒技。憧れを追い続けて辿り着いたその「必殺技」が、固めた拳で唸りをあげた。




―――――――――――――――――――――

この技のためにやってきたと言っても過言でもない深淵編。

引き続き週2更新で次回は水曜更新ですわ。


というわけで、もし面白いと思っていただけたらお嬢様の大暴れをより多くの方に届けられるよう、☆やフォローなどで応援していただけますと助かりますわー! これらの数字によってランキングで浮上すると、たくさんの人の目に触れやすくなりますので!


※ちなみに「体内には魔法装備封じが届かない」となるとカリンお嬢様は魔法装備封じ環境下でも体内で武器を起動させてお口から魔弾や炎を噴出することも理論上可能なのでは? と思いましたが、お嬢様の名誉のためにも恐らく作中で披露されることはありませんわー!

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