第154話 ラストステージ


「うごご……ま、マジで考えれば考えるほどやっちまいましたわね……」


 お優雅アピールでお紅茶を口にしながら階層間を繋ぐ階段を下りながら、カリンは先ほどやらかしてしまったお優雅でない攻略に時間差で頭を抱えていた。


 なにせ髪飾りとドレスを奪われたうえ、一部とはいえお優雅でない戦闘を配信してしまったのだ。半ば苦肉の策でお紅茶を持ち出したはいいものの誤魔化せているとは言いがたく、あとから効いてくるボディーブローのようにカリンのお優雅メンタルを苛んでいたのである。


 だがそうしてカリンが先ほどの(本人にとっては)やらかしに頭を抱える一方……カリンの反省と反比例するように同接はとんでもないことになっていた。



〝切り抜きから来ましたわあああああ!〟

〝無傷で深淵ラストまで突入したってマジですの!?〟

〝もうTVの中継じゃ我慢できねぇですの!〟

〝すげぇ勢いで同接増えてておハーブ大繁殖ですわー!〟

〝同接4000万ってマジ!?〟

〝数字バグってんだろ!?〟

〝草。マジでワールドカップじゃねえか!〟

〝これでサーバー落ちないとか事前準備に日本政府ガチの全力投球してんな!?〟


 

 同接4000万オーバー。

 

 もともと切り抜きなどで人は増え続けていたのだが、先ほど新たに提供されたホラー映像とラスト階層無傷突入というインパクトはあまりにもでかすぎた。深淵ソロ攻略、そしてそれに伴う未曾有のダンジョンテロ阻止という間違いなく歴史に刻まれるだろう偉業を生で目撃しようと多くの人々が集まってきているのだ。


 同接4000万の大台を超えてもその勢いは衰えず、むしろ時間経過で情報が拡散するに従い増してさえいる。そしてそれに伴い、コメントの勢いと盛り上がりも凄まじいものになっていた。



〝うおおおおおおお! いよいよラスト階層ですわあああああ!?〟

〝ダンジョン核までマジでもうちょいですの!〟

〝マジでここまで到達しやがったこのお嬢様……!〟

〝しかも無傷! 無傷でしてよ!〟

〝マジで信じらんねぇ……〟

〝確実に歴史の教科書に載るだろこの配信……〟

〝@四条光姫:ほのかさんからにげてこのこめんとをうっていますかりんおじょうさまほんとうにさいこうすぎますさいごまできをつけてぶじにもどってきてくださ〟

〝光姫様が穂乃花様から逃げ出してて草〟

〝ミツキガニゲテル!〟

〝脱獄おハーブ〟

〝途中で捕まってるっぽいのさらに草〟

〝光姫様を捕まえるなんて穂乃花様も成長しましたわね……〟

〝脱獄してきたのは光姫様だけじゃありませんわ!〟

〝仕事投げ出して視聴しにきました! お嬢様マジで最後まで気をつけて応援してますわ!〟

〝なんならわたくしは職場で同僚や上司と視てますわー!〟

〝働けw〟

〝まあここまできたらかなりの業種に少なからず影響出るだろうから業務みたいなもんよw〟

〝おいおいこっちのトレンドもミュータントお嬢様一色なんだがこれは本当に現実なのかい!?(英語)〟

〝我が国の特級戦力らしきアカウントがこの配信に現れたという噂は本当かい!?(英語)〟

〝クソ! 気持ちがあがりすぎて早くスパチャしてぇですわ!〟

〝(まだだ、まだ入れるな、カリンお嬢様が偉業をなしとげたタイミングでお嬢様の通帳とメンタル許容量をパンクさせるんや……!〟

〝油断は禁物ですものね!〟



 サーバーへの負担を考慮し海外からのコメントを中心にかなりの数がそぎ落とされているはずなのだが、それでも凄まじい数のコメントである。


 その多くはカリンへの信頼に満ちており、もちろん油断は禁物としながらも配信開始時とは雰囲気が雲泥の差。カリンを応援する声で溢れていた。


「……! な、なんか改めてすんげぇことになってますわ……!?」


 同接4000万に関してはもうカリンの可愛らしい脳みその許容量を超えていて「????」と最早反応もできないような領域に達しているのだが、流れていく声援は別。


 テロへの不安を払拭するという目的が想定以上の勢いで達成されつつある現状に「反省してる場合じゃねえですわ!」と先ほどのやらかしが吹っ飛んでしまうほどだ。


「ま、まあさっきの事故は改めて反省しないとではありますが……なんだか皆様異様に盛り上がってくださってますし……先ほどのことはいったん忘れて、このままお優雅にいっちゃいますわよ!」


 この事態を解決できる戦力ならほかにいくらでも控えているだろうが、そんななかでも人々の不安を払拭できるのは配信者として多くの実績を叩き出してきたカリンだけとまさかの総理直々に依頼されたのだ。


「やらかしを気にしすぎて下手をこいてしまうのが一番の悪手。仕事をきちんをやりきるのがもっともお優雅ですものね! それではいよいよラストステージですわ!」


 とカリンが視聴者たちの怒濤の声援に気合いを入れ直しつつ「まあでも念のため髪飾りはしまっておきましょう」と先ほどの失敗を踏まえて油断なく備えていれば……ちょうどそこで階段が終わった。


 そして汎用装備として〈魔龍鎧装・カゼナリ〉と〈モンゴリアンデスワーム〉を装備したカリンが浮遊カメラとともに視線を巡らせれば――そこに広がるのは巨大な大広間だった。


「これは……また1フロア丸ごと大きな空間パターンですわね。となると――」


 とカリンがその強大な気配に視線を向ければ――ピシャアアアア! ゴロゴロゴロゴロォ!!


 空間をねじ曲げて地下に存在する大部屋。

 天井さえ視認しづらい高さにあるその広大な空間の上空に……無数の稲光を奔らせる巨大な雷雲が渦巻いていた。



〝!?〟

〝なんだアレ!?〟

〝黒い入道雲!?〟

〝ダンジョン内に雷雲!?〟

〝これもしかしてまた1フロア丸ごとボス部屋パターンか!?〟

〝え……おいじゃあまさかがボスとか言わねえよな!?〟



「そのまさかですわね」


 視聴者たちの悲鳴をカリンが肯定する。

 フロア全体に張り巡らせた感知スキルが、頭上の雷雲から莫大な魔力を感じとっているのだ。

 あの雷雲が、あるいはその内部に潜むナニカがダンジョン核に辿り着くための最後の関門で間違いないだろう。


「これは最後になかなか派手なボス様が出てきてくれましたわね! それでは、荒川ダンジョン深淵第4階層、攻略開始していきま――」


 とカリンがカメラに向けて戦闘開始の口上を述べようとしたそのときだった。


 ピシャアアアアアアアアアアアアアアア! ゴロゴロゴロゴロ!


 その舐めた発言を後悔させてやるとばかり紫電が轟き――文字通り雷速の先制攻撃が空間を爆ぜた。


 瞬間――バギィ! バチバチバチバチィ! 


「!」



〝え〟

〝なんだ!?〟

〝え、ちょ〟

〝モンデスが折れてる!?〟



 配信画面を強烈な光が埋め尽くした次の瞬間、カリンの握る大刀〈モンゴリアンデスワーム〉の刀身が真ん中から完全に叩き折られていた。


 しかもただ折れただけではない。


 バチバチバチ……シュウウウウウッ……!


 カリンは平気で握っているが……その刀身と柄は凄まじい熱を内包するように真っ赤になって溶け崩れ、白煙まであげていたのだ。


 第2層ボスの刀剣によって先端を砕かれたときとはわけが違う。色々な意味で武器としては完全に駄目にされていたのである。一体なにが起きたのかといえば、


「やられましたわね……! なるほど、ここのボス様はまさしく意思ある雷とでもいったところでしょうか」


 ピシャアアアアアア! ゴロゴロゴロ!


 そう。〈モンゴリアンデスワーム〉を直撃したのは黒雲から放たれた電閃。刀身を焼いた熱の正体は電熱。


 そしてその稲光は「ようやく力の差がわかったか?」とばかりにいまなおボス部屋を縦横無尽に奔り回ってはダンジョン壁を粉砕。雷雲から放たれた勢いのまま莫大なエネルギーをまき散らすように暴れ回り、文字通り目にも留まらぬ速度で破壊の限りを尽くしていた。



〝!?!?!?〟

〝は!? なんじゃこれ!?〟

〝雷で武器破壊されたの!?〟

〝はぁ!? なんかデスワームが煙あげて溶けてんのそういうこと!?〟

〝意思ある雷ってマジで言ってる!?〟

〝おいおいおいおいおいおいおい!?〟

〝なんだあの雷?の軌道!?〟

〝いくらなんでも無茶苦茶すぎんだろ!?〟

〝いやいやいやこれさすがに無理では!?〟



 先ほどまでカリンの勝利を確信していた視聴者たちが一気に浮き足立つ。


 なにせ画面を断続的に照らす稲光はまさしく雷そのもの。

 画面越しに戦闘を見守る一般人をしてその速度は雷そのものと直感できるほどで、実際にカリンがろくに反応すらできず武器を完全破壊されているのだ。


「ほっ!」


 ピシャアアアアアアアアアア! ゴロゴロゴロゴロ!


 とカリンが赤熱した〈モンゴリアンデスワーム〉を避雷針のように使って再度突っ込んできた雷をいなすが……それもほぼ気休め。2発目の雷直撃で刀は完全に砕け、溶解し、使い物にならなくなったのだ。武器としてはもちろん、雷の誘導としても3度は使えないほどに。



〝なんか受け流してる!?〟

〝いやでもこれは……〟

〝ほかの武器出してもすぐ破壊されて終わるだろこれぇ!?〟

〝おいおいおいおいマジであかんぞ!?〟

〝お嬢様これは無理だって!〟

〝新しいトンデモ装備でどうにかなるようなもんじゃねえぞ……!?〟

〝どうすりゃいんだよこんなもん!?〟

〝あの雲が本体っぽいからそれを狙うとか!?〟

〝バカ言えそれこそ雷の巣窟だぞ!?〟

〝最後の最後にこんなの出てくるとかマジかよ!?〟



 あまりにも無法すぎるボス。そもそも本体が雷雲なのか縦横無尽に駆け巡る雷のほうなのかすらわからない相手に悲鳴が殺到。連続する稲光でカリンの表情が視認しづらいこともあって不安が増大し、混乱の声が加速度的に増えていく。


 そしてそれはカリンを狙うボスモンスターも同様の見解を有していた。


 カリンは文字通り雷速の攻撃を目で追うことすらできていない。カゼナリから電気が流れていることもあって雷を誘導できたらしい刀も2度の攻撃で完全破壊。もはや雷撃を防ぐことは不可能であり、勝負は決しているも同然だったのだ。


 ゆえに、


「ギシャアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ピシャアアアアアアアアアアアア! ゴロゴロゴロゴロ!


 雷雲からたっぷりと電力を補給したはカリンにトドメを刺すべく獣声と雷鳴を響かせながら突っ込んだ。


 次の瞬間――ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


「ガッ!?!?!?!?!?!?」


 


「ごめんあそばせ」


 カリン以外のすべての者の脳裏に「!?!?!?!?」と混乱が渦巻くなか、当の本人は涼しい顔で、


「本当はもうちょっと配信の見せ場とか作ったほうがいいのかもしれませんが……あなたほどの強さを相手に下手な立ち回りをすると不覚をとって皆様を心配させてしまう可能性が高いですし――先ほどの反省と汚名挽回を兼ねてさくっと討伐させていただきますわ!」


 と、カリンが鉄拳とともに謝罪の言葉を落としたのは――人と同じくらいの大きさをした紫毛二又の狼。


 のちに付けられた名は「雷獣」。


 質量を有しながら雷の性質そのままに駆け回るという反則級の力を持つ獣が、カリンのカウンターを食らって地面に叩きつけられていた。


――――――――――――――――――――――――

こいつ最近出番のない影狼様の代打では? 作者は訝しんだ


雷にカウンターを叩き込めたカラクリなどはまた次回。

またこちらも次で補足入るかもですが、ボスの攻撃で刀が折れてたのは電熱に加えて狼さんが地味に物理攻撃も加えられるからですわ(さすがに雷速で動いてる最中に質量がまんま反映されてるわけではなさそうですが。不思議能力ですわね。ONE 〇IECE黄猿の「光の速度の蹴り」みたいなものだと思ってもらえれば幸いですの)

 

※あと前回のあとがきでも追記修正しておりますが、

前回出てきたお紅茶が日〇紅茶になっていたのは〝作者が〟そっちのほうが安いと気づいたため、以前出てきた5年分進呈あたりのエピソードも含めて銘柄を変えようと思ったからであって、作中でカリンお嬢様が銘柄を乗り換えたからではありませんでした。このあたり該当エピソードが書籍化した際の修正にすべきやつでしたわね…。謎にややこしいことしてしまって申し訳ありませんでしたの……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る