第153話 ちょっとした息抜きと見えた勝利


〝い、いやあの……〟

〝装備全部奪われて深淵ボスに勝ったどころか無傷とかマ?〟

〝さ、さすがにこれは集団幻覚かなにかではなくて……?〟



 ダンジョン崩壊を阻止するための荒川ダンジョン攻略配信にて、視聴者たちは混乱の極みにあった。


〈神匠〉製のトンデモ武装をすべて奪われて逆に利用されていたはずのカリンがプレーン状態素手で深淵ボスをなぎ倒したのもそうだが、「不覚でしたわ……!」と再度カメラの前に姿を現したカリンがほぼ無傷で髪飾りとドレスの無事に安堵しており、なんかもういくらなんでも現実味がなさすぎたからだ。


 いちおう髪の毛がぼさぼさになっていたり土埃で汚れたりはしているのだが、それがむしろ「激闘を無傷で制した」感を強めており、戦闘シーンそのものがカメラに映っていなかったこともあって集団幻覚を疑う視聴者までいる始末だった。


 だが、


「って、は!? わ、わたくしとしたことが……ドレスと髪飾りを奪われたことで頭がいっぱいで色々すっぽ抜けてましたわ!?」


 コメントの様子に気づいたカリンが我に返ったように顔を上げて、


「み、皆様! ドレスを奪われるというお優雅でない姿をお見せしたうえにご心配までおかけして申し訳ございませんでしたの! わたくしこのとおりピンポンしてまして、第3層ボス様も無事に討伐ですわ!」


 浮遊カメラを拾って再浮上させたカリンがあわあわと慌てながら討伐宣言すれば――それをようやく現実だと飲み込めたらしいコメント欄が再度爆発した。



〝う、うおおおおおおおおおお!?〟

〝ピンポンってなんだよ!?〟

〝お嬢様慌ててまた変なこと言ってておハーブ〟

〝これは幻覚じゃなくて本物お嬢様ですわ!?〟

〝てかじゃあこれマジで深淵ボスに無傷かつ素手で勝ってんのかよこのお嬢様!?〟

〝なんか色々とホラー映像が紛れ込んでましたけど終わってみれば圧勝でしたわ!?〟

〝お嬢様鬼つええええええ!(いやあの、マジで……?)〟

〝〈神匠〉装備奪ってくるボスまで余裕でぶっ潰してるとかもう敵なしだろこれ!?〟

〝ドレスなし 拳のみ 勝者あり〟

〝ドレスなしだとどんだけ強いんだろうって言われてたけどここまでとは思ってませんでしたわよ!?〟

〝深淵第3層も無事に突破ですわああああああああああ!?〟

〝最強最強お嬢様! (ちょっと怖いくらいに)最強無敵のお嬢様!〟

〝ちょっと……?〟

〝なんにせよ頼もしいことこのうえねぇですわああああああああ!〟

〝これが、お嬢様の力ァ!〟

〝もう何も怖くないですの!〟



 ただでさえ多かったコメント数が天元突破の大盛り上がり。

〈神匠〉持ちのカリンにとって相性的に恐らく最大の難関と思われるボスを圧倒したという事実はこれまでの快進撃を上回る勢いで視聴者の不安を吹っ飛ばしていたのだ。


 が、そんななか、


「ふ、ふぅ……! ちょっと色々やらかしてしまいましたが、どうにか皆様の不安を助長したりはせずに済みましたわ……って、ああ!?」


 消えゆくボスが落とした〈神匠〉武器を回収していたカリンが突如歓声をあげた。


「これは……〈神匠〉武器を奪って使ったボス様の素材がドロップしてますわー!」



〝え〟

〝え〟

〝ゑ〟



 瞬間、ついいましがたまで歓声で埋まっていたコメント欄がフリーズする。

 なぜなら、


「やりましたわ!? この素材を分析加工すれば〈神匠〉で作った武器やアイテムをほかの方も使えるようになるかもしれませんの!」



〝あかん!〟

〝しまったまだその〝脅威〟が残ってましたわ!?〟

〝真の脅威じゃん!?〟

〝ボスが倒されたと思ったらその背後から裏ボス登場……少年漫画かな?〟

〝やべーぞ!?〟

〝ダメお嬢様! その素材はぺっしなさい!〟

〝あかんあかんあかんあかん〟

〝誰でも使える無法アイテムボックスが爆誕しちまうー!?〟



 カリン謹製トンデモ装備が誰でも使えるようになりそうとかいう世界の大混乱待ったなしな展開にコメント欄が悲鳴で埋まる。が、幸いというかなんというか、

 

「って、あれ……? なんだ……これじゃダメですわ……」


 素材をじっと観察していたカリンがふと落胆したような声を漏らした。


「この方、〈神匠〉武器を奪ってそのまま使ってると思ったら、奪った武器の能力をコピーして贋作を作ってる感じの能力っぽいですわ……。どう頑張っても一時的なものなうえに結局自分でしか使えない感じで……がっかりですわ」


 そう。大蜘蛛は奪った武器をそのまま使っているのではなく、ワンクッション加えることで〈神匠〉武器の使用を可能にしていたのだ。無論、問答無用で武装を奪ったあげくアイテムボックスの中身まで再現していた辺り破格の異能ではあることには違いないのだが……カリンの期待に応えるタイプの能力ではなかったのである。



〝セ、セーフ!?〟

〝よ、よかったですわ……〟

〝アーニャ「せかいはへいわになった」〟

〝2層ボスの剣といいバフモンスといいお嬢様のパワーアップスルーが続いてたけど今回ばかりはダンジョンに1日1万回感謝の正拳突き〟

〝世界中の指導者層が受けた緊張と安堵の落差で精神崩壊してそう〟

〝てゆーかなんで素材を観察するだけでそこまで正確に分析できてるんですね……〟

〝お嬢様だからな!〟



 カリンの落胆に反して視聴者たちは全力で胸を撫で下ろす。

 一方、無自覚に世界中の指導者層へ精神攻撃を行ったカリンの災難は肩すかしドロップだけではなかった。



〝最後の最後までホラーでしたわねこのボス部屋……〟

〝なんでボス部屋最大のホラー要素がボスじゃなくてお嬢様のほうなんですかね……〟

〝ホラーといえばお嬢様の形相が画面一杯に広がるあの映像が早速切り抜かれて魔除けのお守り扱いされてるのほんま草〟

〝さっきの映像こんなの映ってたんですの!?〟

〝チンピラ通り越して悪鬼羅刹でおハーブ〟

〝マジで魔除けになりそうな迫力で草ァ!〟

〝これお嬢様のほうが〝魔〟では?〟

〝毒をもって毒を制すってやつだな!〟



「ん? ……おぎゃ!?」


 なにやら妙なコメントが目についてさっとスマホをイジったカリンの口からお優雅でない声が漏れかけた。


 先ほどカリンがジャージで突撃をかました姿がギリギリ映像に残っており、鬼のような勢いでバズっていたのである。


 これまではスパチャを筆頭にカリンのメンタルを削るような行為は自重されていたのだが……映像の絵面があまりに衝撃的だったことに加えてあまりにもカリンが規格外だったことで安心感が炸裂したのか、なんかもう凄い勢いである。


 それ自体は当初の配信の目的である「テロへの不安払拭」に思い切り合致するので歓迎すべき流れではあるのだが、それはそれとして!


(ちょっ!? お優雅でない姿を見せないようにするためにも全速力で動いてたのに、カメラに正面から突っ込んだせいでより酷い絵面になっちゃってますわー!?)


 幸いカメラの角度的にお優雅でない戦闘の一部始終は映っていないしひたすら無言でボコったため最初の「返せオラアアアアアア!」以外にアレな音声は入り込んでいない。


 それに、場合によっては深淵でお優雅な攻略を続けるのは厳しいだろうと覚悟していたこともあってこういう事態もある程度は許容範囲ではあったのだが……髪飾りを奪われて我を失ったうえにお乱暴な言葉が混じってるのはちょっと違うというか不本意なヤツですの! あとよく見たら髪の毛もかなり乱れてるし! とカリンは心底慌てる。


(ど、どうしましょう……これではまたわたくしの間違ったイメージが拡散して……あ、そ、そうですわ!)


 とカリンのお優雅な頭脳にひとつのアイディアが閃く。


 そうしてアレな映像の印象を少しでもうやむやにすべくアイテムボックスから取り出したのは……こんなこともあろうかとしっかり準備していたお紅茶セットだった。


「ふ、ふぅ。意外と手こずって今回の攻略も随分と長くなってしまってますし、ここらでナチュラルボーンお嬢様らしくお優雅に一服しつつ先へ進んでいきますわね! ふふふ、リ〇トン様は相変わらずお手頃なお値段でいい仕事をしてくれますの。いい香りですわ!」



〝!?〟

〝深淵でいきなりなにやってんですのこのお嬢様!?〟

〝いよいよ深淵でお紅茶飲み始めたんだがこの人!?〟

〝あきらかにあの映像を誤魔化すための強引な一手でおハーブ〟

〝強引すぎんだろうがよえー!?〟

〝そもそもなんでしっかりお紅茶セット持ち込んでんだよ!?〟

〝そりゃこういうときのためですわ〟

〝こういうとき(お優雅さの欠片もないホラー映像をお届けしたことを誤魔化すため)

〝欠片も誤魔化しきれてないんだよなぁ〟

〝隙あらばお紅茶すすり〟

〝お紅茶すすり←完全に妖怪の名前でおハーブ〟

〝深淵で隙あらばお紅茶しばくのはまあ妖怪よ〟

〝ホラーにホラーを重ねないでくださいます!?〟

〝お嬢様のムーブがことごとく無茶苦茶すぎてテロの不安が本格的に霧散してきてんのほんまおハーブ〟

〝実家のような安心感〟

〝お前の実家随分と物騒ですのね〟

〝これもう勝ち確やろマジで……〟

〝いくらボス討伐後とはいえ深淵でお紅茶飲むこの非常識なバケモノに喧嘩売ったテロリストどもはいまどんな気持ちなんやろなぁ〟




 と、バラバラ死体状態で消えていくボスの残骸を背景に御髪を整えたカリンがお紅茶を嗜みながら先へ進んでいく様子に再度コメントが殺到。


 カリンの狙いに反してアレなイメージが払拭されるようなことはまあ当然のようになかったのだが……そのぶんなんやかんやで配信は大盛り上がり。


 いよいよ最終階層ということもあって異次元の同接増加が観測されるなか、深淵攻略配信はカリンが想定よりも遥かに強烈な勢いでテロへの不安を払拭しながら進行していくのだった。


      ※


 と、カリンのトンデモ攻略が盛り上がりを見せる一方。


「あは……あはははははははははははははははは!」


 今回の騒ぎの元凶である猫屋敷忍は闇の中で高笑いを響かせていた。


 カリンが見せたトンデモ攻略を見ていよいよ頭がおかしくなった……わけではない。


 むしろまったくの逆だった。


「ここに来ていい試金石となるボスが出てきてくれましたねぇ。なるほど。特殊能力特化で比較的素の戦闘力が低いとはいえ、深淵ボスまで殴り倒すとはさすがですが……そうですか。拘束具ドレスのない戦闘力はそのくらいですか」


 既存の武器だけで深淵を駆け抜けるカリンにドン引きはした。第3層に出てくるピエロがドロップをほとんど落とさないことはがそれでも冷や冷やさせられたし、手札もほとんど暴けず、消耗もそこそこに見受けられ、犬飼洋子が機嫌よく笑っているのが見えるような展開に苛立ちは募るばかりだった。


 だが……アレがドレスを着用していない山田カリンの素の戦闘力だというのなら。音声からでも十分に観測できた身体能力がカリンの真の実力だというのなら――。


「たとえどんな装備を隠し持っていようが関係ない。待っていなさい山田カリン、そして能天気に盛り上がる視聴者ども。すぐに絶望を届けてあげましょう」


 闇のなか、この日のために用意した秘密兵器とのを完了した猫屋敷忍はその具合を確かめるように準備を整えて――。


 自らの研究及び〝祖国〟の勝利を確信するように邪悪な笑みを深めるのだった。



―――――――――――――――――――――――

カリン党&猫屋敷忍「「勝ったな! ガハハ!」」

という死亡フラグVS死亡フラグがぶつかるなかお嬢様は引き続きお紅茶を飲んでますわ(渋いドロップが続いて揺り戻しが怖いですわね…!)


※あとがき追記

すみません! 作者が以前「あれこれリプ〇ン様より日〇紅茶様のほうが安い…? カリンお嬢様なら安いほうを愛飲してたはず…」と気づいたため5年分もらったエピソード含めて最初からカリンお嬢様が愛飲してた銘柄を変えようとしてたのですが、書籍版とかで直せばいいものをここでいきなり変えるというわけわかんないことしたせいで混乱させてしまいましたわ…!(前のあとがきでの説明も不十分でしたわね…!)

なのでカリンお嬢様が作中で銘柄を変えたわけではありませんの…!(普通にややこしいことこの上ないので銘柄直しておきましたわ!)

なんでこんなわかりにくいことしてしまったのか…以後気をつけますわ!

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